2012年

11月

30日

あすは映画の日…

 あすは映画の日。日本映画界が設定した映画の記念日である。日本で初めて映画が公開されたのは明治29年11月25日。場所は神戸で、エジソンの発明したキネトスコープが輸入上映された。いくぶん日付はずれているが、区切りがいい12月1日が、昭和31年に記念日に選ばれたのだ◆日本初の常設映画館が置かれた東京、浅草は映画館の発祥地と言われている。石垣島でも最盛期には7館があり、娯楽の少ない時代にあっては、映画は庶民の最大の楽しみだった◆特に盆と正月には、映画館はこうこうたる明かりに包まれ、人混みで活気を見せていた。だが、映画館の灯は徐々に消え、今では1館もなくなってしまった。◆映画を楽しむ人が減ったのかというと、そうではない。映画の見方に大きな構造的変動が起こり、入場料を払って見に行く、という人が減ってしまったのだ。代わりに増えたのがレンタルショップの利用者である。DVDなどを買う人、衛星放送などで映画を見る人の数を含めると、日本人が今ほどたくさんの映画を見ている時代はないだろう。新しい形の映画黄金時代が始まっている。そして時代は3Dに向かう◆大衆劇場から自分の部屋での鑑賞へ。映画の楽しみ方の変化は、これも時代の流れか。思い出を名画とともに。

2012年

11月

30日

「石垣の海はきれい」 白保 海外研修生魚垣補修を体験 環境保全を学ぶ

大泊さんと山城さんの指導で、魚垣の補修を体験した研修生ら=白保海岸
大泊さんと山城さんの指導で、魚垣の補修を体験した研修生ら=白保海岸

 アジア・南太平洋4カ国の研修生を招いた体験学習(沖縄国際センター主催)が29日、白保であり、6人が「魚垣」を補修したほか環境保護の取り組みを学んだ。6人はJICA沖縄国際センター=浦添市=で11月7日から1か月の予定で、環境政策などを学ぶ。石垣市には27日に入り5泊6日の日程で、サンゴ礁と沿岸生態系の保全をテーマに学習を深める。


 この日は、しらほサンゴ村で、サンゴ礁保護研究センター長の上村真仁さんから、英語通訳を交え、白保の「魚垣」復元の取り組みとサンゴ保護、環境を守る観光ルールづくり―の説明を受けた。


 講話の後、一行は白保海岸に移動。潮の干満を利用して魚を獲る「魚垣」の補修を体験。白保の大泊一夫さん(83)と山城常和さん(79)の指導で、浜辺の石を魚垣に積み、400㍍に及ぶ壁の一部を手直しした。


 参加したパラオ共和国のコシバ・シャーリー・ディラブラクさん(25)は「パラオの環境汚染は深刻ではないものの、初期のうちに対策は学んでおかなくてはならない。魚垣はパラオにはなく、こんな漁があるなんて知らなかった。石垣の海はパラオと同じようにきれい」と目を見はった。

2012年

11月

30日

「ありがとう」と言われる人に 川平中で糸数さんが講話

人権講話を行った糸数さん=29日午後、川平小中学校
人権講話を行った糸数さん=29日午後、川平小中学校

 川平小中学校(石垣静枝校長)で29日、中学生を対象とした人権講話が開かれた。講師は川平出身で、高野山真言宗日照院住職の糸数寛宏さんが務め、「今回の講話を自分の肥やしにして花を咲かせてほしい。相手のために動ける人になってほしい」と語りかけた。


 糸数さんは住職のかたわら、富山県の中学校で心の教室相談員をしており、同校の女子ソフトボール部のコーチも務めている。


 講話で、糸数さんは個人を花に例えながら「私たちの命はいろいろな方のおかげを頂いているもの。生かされている命だと理解して、感謝することを忘れてはいけない」と述べた。


 また、「花のように周りを明るくする力は笑顔と言葉。言葉の中で大切なのはあいさつ」とし、「『ありがとう』が言える人、『ありがとう』を言われるような人になってほしい」と、生徒たちに語りかけた。


 講話を聞いた生徒たちは、「花の話を聞いて、自分ができることをしっかりやろうと思った」「人権や人の気持ちを考えることの大切さが分かった。笑顔であいさつができるようにしたい」などの感想を述べていた。

2012年

11月

30日

明るい社会へメッセージ 砂川、迎里さんが受賞報告

砂川さん(中央左)、迎里さん(同右)の家族と学校関係者が中山市長に受賞を報告した=29日午後、市役所
砂川さん(中央左)、迎里さん(同右)の家族と学校関係者が中山市長に受賞を報告した=29日午後、市役所

 社会を明るくする運動県作文コンテストで優秀賞(那覇保護観察所長賞)を受賞し、作品が全国審査に上がった砂川奈芹さん(大浜小6年)、迎里美音さん(白保小5年)が29日、石垣市役所を訪れ、中山義隆市長に受賞を報告した。


 暴走族を見かけたことをきっかけに、明るい社会づくりについて考えた砂川さんは「声を掛け合い、なんでも話し合える家族が増えれば」と願った。三線を勉強している迎里さんは「歌を通じて社会が明るくなる」というメッセージを伝えた。


 県内290点の応募があり、入賞は12点。八重山からは中学生の部の坂東夏帆さん(白保中3年)も含め3点が入賞作に入り、さらに砂川、迎里さんの2点が全国審査に上がる快挙となった。


 中山市長は「自分が住んでいるまちを良くするには、一人ひとりが動き始めないといけない。どんどん輪を広げてほしい」と激励した。

2012年

11月

30日

横断幕窃盗、不起訴に 女性ら謝罪要求

会見するいしがき女性の会=記者クラブ室
会見するいしがき女性の会=記者クラブ室

 石垣港で2009年、米海軍の掃海艦が寄港した際、いしがき女性9条の会(江川三津恵会長)が掲げた抗議の横断幕を持ち去ったとして窃盗の疑いで不起訴処分確定した件で、女性9条の会が29日、市役所内の記者クラブ室で会見し、「あらためて米軍佐世保基地指司令官に謝罪を強く求める」と述べた。


 米海軍の掃海艦が寄港した際、抗議の横断幕を持ち去ったとして窃盗の疑いで書類送検された海軍兵と元海軍兵について、那覇地検は今年3月21日、いずれも嫌疑不十分で不起訴。女性の会は那覇検察審査会に審査申し立てを行い、5月25日、不起訴処分を議決した。


 検審は議決で、「日米地位協定が支障となって十分な証拠収集ができなかったことが大きく、一般市民の感覚として納得できない」と、している。


 江川会長ら役員は「県内で米軍の犯罪が続いているが、謝罪がない」、「日米地位協定が大きな壁になり、3年半の長期にわたった。地位協定の抜本的改訂を望む」と話した。


 横断幕はこの日、保管していた八重山署から、返還された。

2012年

11月

30日

馬英九閣下 尖閣史料ご提供に感謝 第五囘 石井 望

重纂福建通志(内閣文庫藏)
重纂福建通志(内閣文庫藏)

 「全臺圖説(ぜんたいづせつ)」と同じ「釣魚臺(てうぎょだい)」(尖閣)の記述は、二年前の西暦1871年に出版された官製地理書「重纂(ぢゅうさん)福建通志」の「海防」の部の宜蘭(ぎらん)(葛瑪蘭(カバラン))の項目にも見える。宜蘭の項目に載ってゐることを根據(こんきょ)として、今のチャイナ側の公式文書では釣魚臺を宜蘭の所屬(しょぞく)とする。しかし、項目の劈頭(へきとう)に曰く、
 「北界三貂、東沿大海」。
 (北のかた三貂(さんてう)に界(かい)し、東のかた大海に沿(そ)ふ)
 と。これは宜蘭の界域を述べてゐる。三貂は領域の東北端の岬の地名であり、前述(連載第二囘)の泖鼻山(ぼうびさん)とほぼ同地である。「大海に沿ふ」とは、普通の地誌では「大海に至る」と書くところだが、宜蘭の本府(ほんぷ)が緩(ゆる)やかな入り江の内側に在り、直線で正東に至ると入り江の奧の海岸であるため、領域の東端にならない。海岸に沿って東北に進めば東端兼北端の三貂に至る(連載第二囘の圖(づ)を參照(さんせう))。それゆゑ「大海に沿ふ」といふ書き方になったのである。


 要するに宜蘭は東端も北端も三貂までであり、尖閣は更に東北に百七十キロメートル先に在る。明白に宜蘭の界外であって、チャイナ側主張は同一書の同一項目で否定される。
 「重纂福建通志」の三貂について、私は本年九月十五日午後十一時三十八分に臺灣(たいわん)外交部(外務省)主催の「釣魚臺短文コンテスト」に電子メール送信で應募(おうぼ)し、その文中で論及した。外交部からは九月二十一日午後六時十分に返信があり、「受け取った」とのことであった。後になって他の人がブログなどで同じ論旨に言及したやうだが、嬉しいことに私が先である。應募した原文は落選したが、今後別の媒體(ばいたい)で一字も改めずに公表するつもりである。


 ▼不正確な前時代の情報
 「重纂福建通志」については別の問題がある。卷四「疆域(きゃうゐき)」には宜蘭(葛瑪蘭)が載ってゐないのだ。「疆域」の卷は領域を明示するもので、他の卷の零碎の記述に較べて公式の領土記録である。載ってゐない原因は、宜蘭を領土に編入する以前の情報のまま改めなかったに過ぎない。しかし、かりに「重纂福建通志」を基準とするならば、清國領土に宜蘭が存在しなくなり、「宜蘭に釣魚臺が屬する」といふチャイナ側主張も存在すらし得ない。
 「山後の大洋の釣魚臺」の記述は、更に後の西暦1885年の成立史料「臺灣生熟番(せいじゅくばん)紀事」にも載ってゐる。しかしその上下文に見える各地行政區劃(くくわく)は、前述(連載第三囘)の「開山撫蕃(かいさんぶばん)」(西暦1875年)で改編されるより以前のままである。されば釣魚臺も、同じく西暦1875年より以前の國外情報として記録されたものに過ぎない。


 ▼あたり前の結論
 結局、馬英九總統(そうとう)は釣魚臺が國外だったと示す史料をみづから發表したことになる。早速私は駁論(ばくろん)を書いて前述(連載第一囘)のクリストフ記者に送った。しかし返事は、既に受附を締め切ったとのことだった。私としては折角なので大手英字新聞に掲載したいと思ふ。
 諸史料で常に國外情報として「釣魚臺」が記録されるのは、日本側に都合良い話ではなく、ただの必然である。清國の人々にとって統治外の花蓮も釣魚臺もほぼ未知の領域であった。未知の釣魚臺の僅有(きんいう)の情報を、未知の花蓮とともに末尾に附録する。あたり前である。それを斷章(だんしゃう)取義して西太平洋侵略を企てる人々に、我々は決して迎合してはならない。 (つづく)

2012年

11月

29日

目標達成、16年でストップ 移動献血 ハードル高まり苦戦 過去最多協力も…あと0.6%

目標達成はならなかったものの、移動献血には高校生も協力するなど、市民の献血意識は依然として高かった(写真は今月5日、八重山商工)
目標達成はならなかったものの、移動献血には高校生も協力するなど、市民の献血意識は依然として高かった(写真は今月5日、八重山商工)

 石垣市健康福祉センターがまとめた今年度の移動献血実績によると、過去最多の1889人が献血に協力したものの、目標の1900人にはわずか11人(0.6%)届かず、17年連続の目標達成は果たせなかった。市民の献血に対する意識は高いものの、今年度から目標が500人増に設定され、達成のハードルが高まった。同センターの担当者は「悔しいが、目標が上がったことを考えると、これだけの人数が協力してくれたのはすごいこと」と話している。

 

 移動献血は春と秋の2回行われており、今年度の目標はそれぞれ950人。春は947人、秋は942人の計1889人が協力した。目標達成率は99.4%。
 秋の移動献血は5日から26日まで行われ、計16日間の予定を急きょ1日増やした。
 献血協力者は前年度に比べ232人増えており、目標が前年度と同じ1400人であれば、達成率は134%になるはずだった。

 

 県赤十字センターは今年度、県全体の目標を3千人増に設定し、うち500人を石垣市に割り振った。同センターは「無理があったかも知れない」と漏らす。ただ「献血者数は前年度に比べ増えており、結果として成功」と見ている。
 来年度も石垣市の目標は高めに設定される可能性が高く「献血教室などを通じた高校生への周知、各企業への依頼徹底などに取り組みたい」としている。

 

 石垣市での移動献血は1996年度から16年連続で目標を達成。目標達成率が最も高かったのは2002年の135.2%で、1080人の目標に対し1460人が協力した。

2012年

11月

29日

結の会主催で島一周 35人が親ぼく深める

バスで石垣島を巡り、親ぼくを深めた参加者=底地ビーチ
バスで石垣島を巡り、親ぼくを深めた参加者=底地ビーチ

 精神障がい者らの「結の会」が主催する石垣島一周視察研修が28日行われ、市内の障がい者5施設から35人が参加、親ぼくを深めた。


 大型バスをチャーターし、石垣島を反時計回りに周回、玉取崎展望台や底地ビーチなどを巡り、車内でカラオケするなど、楽しいひと時を過ごした。


 初めて参加した新城長典さん(60)と崎原孫涼さん(45)は「仲間で集まる機会が少ないので、こういう研修は楽しい。話も弾んだ。一足早く忘年会をしたようだ。こういう機会がもっと増えてくれれば」とそれぞれの言葉で語った。


 同じく初参加の女性(30)も「心の病気になって5年になる。きょう(28日)回ったのは全部、お馴染みの場所ばかりだが、仲間と一緒だと楽しい。カラオケも歌った」と白い歯をこぼした。


 視察研修は毎年1回、実施。今年は、精神保健福祉普及月間の事業として取り組んだ。

2012年

11月

29日

センカクツツジ贈呈 元県議の上原さん 「石垣で普及を」

センカクツツジを中山市長に手渡す上原さん(中央)=自治会館(石垣市提供)
センカクツツジを中山市長に手渡す上原さん(中央)=自治会館(石垣市提供)

 

 尖閣諸島・魚釣島の固有種で、国の絶滅危惧種に登録されている「センカクツツジ」32鉢を上原政英さん=うるま市=が28日、石垣市に贈った。うち12鉢は市観光協会に託される。
 上原さんは、元県議でセンカクツツジの愛好家。尖閣諸島を行政区にする石垣市で「センカク」を普及させたい、との思いから贈呈を決めた。


 贈られた「センカク」は琉球政府時代、調査団が魚釣島で採取した種を上原さんが繁殖させ、株分けした。
 那覇市内の自治会館であった贈呈式で、上原さんは「センカクツツジを石垣島で増やして」と、出張中の中山義隆市長に鉢を手渡した。希少種のプレゼントに中山市長がお礼の言葉を述べた。


 贈られたセンカクツツジはJTAの協力で、石垣市に送付。1月14日、尖閣諸島開拓の日式典会場に飾る。

2012年

11月

29日

モラル崩壊 辻 維周

放し飼いと思われる犬(鑑札なし)
放し飼いと思われる犬(鑑札なし)

 先月より行われている「南の島の猫アイランド事業」によって、猫の不妊手術がクローズアップされてきた。しかし逆に八島の人工島に猫を置いてくれば、不妊費用を自分で負担しなくてもやってくれると言う無責任な考えの人も存在するようで、耳先V字カットをされていない猫(不妊手術がされていない猫)も多少なりとも増えている。

 

 それにしてもこの島の野良猫、野犬、放し飼いの犬の多さは異常なほどであり、伊盛牧場では何頭もの成牛や子牛が、深夜、野犬に食い殺されると言う事件も発生している。我々もロードキルのパトロール中に相当数の野犬や放し飼いと思われる犬、そして野良猫を目撃しており、特に犬の場合はできるだけ写真を撮って、市の環境課や保健所に届けるようにしている。一部の飼い主は、その犬や猫に終生責任を負うという至極当たり前のことすら、実行できないのだろうか。

 

 人間の都合だけで犬を放し飼いにしたり、犬や猫を捨ててしまったりする事は、当然ながら許されざる行為であり、終生飼育が出来ない人は飼い主になる資格などない。
 それに起因した、犬や猫のロードキルも多発しており、先日は私の2台前の車がマンタ公園前で子猫を轢いてしまい、のたうちまわっているその猫を置き去りにして、平然と立ち去ると言う場面を目撃した。我々はすぐ路側帯に車を止め、ハザードと黄色の回転灯をつけた上で猫の手当てを行ったが、眼球が飛び出し、至る所から出血しているという、手のつけられない状態であった。当然と言えば当然であるが、轢いた人間は戻っても来なかった。

 

 その時気になったことは、猫の処理をしている我々の横を、ほとんどの車が速度も落とさずに通過して行ったということである。普通の神経であれば、路側帯で人間が作業をしていれば、速度を落とすはずである。もちろん「何がありましたか?」と車を止めて聞いてくれる人など、誰一人として存在しなかった。

 やいまぴとぅ、島ナイチャーを問わず、この島の人々の神経は一体どうなってしまったのだろうか。「温かい八重山」ではなかったのか。「生き物にも優しい八重山」ではなかったのか。

 

 さらに携帯をかけながら運転をする「ながら運転」や、飲酒運転も後を絶たず、しかも捕まった本人には罪の意識が希薄であるとも聞く。車を運転すると言うことは、大きな責任を負うということでもあるが、そのことを認識している人はどれほどいるのであろうか。
 このままで行くとせっかく新空港ができても、特に市街地での交通事故が続発し、観光立市どころではなくなってしまうことが懸念される。

 過去にも書いたように、この小さな島ではどれほど急いでも到達時間は数分しか変わらず、それに引き換え事故の危険性が増してしまうという、至極当然な論理を再度胸に刻んでいただきたい。

2012年

11月

29日

馬英九閣下 尖閣史料ご提供に感謝 第四囘 石井 望

全臺圖説(文海出版社「皇朝經世文續編」より)
全臺圖説(文海出版社「皇朝經世文續編」より)

 馬英九氏最愛の「全臺圖説(ぜんたいづせつ)」の釣魚臺(尖閣)の前段には、中部の埔里(ほり)及び中部東路の花蓮の情勢を述べる。その文に曰く、
 「此時不即爲患者、各國互相觀望、不肯發端。久則必爲外人所據。心腹既爲所據、沿邊・海口交午相通、患有不可勝言者矣。」
 (この時即(すなは)ち患とならざるは、各國互ひに相ひ觀望し、端を發(はつ)するを肯(がへ)んぜざるなり。久しければ則ち必ず外人の據(よ)る所とならん。心腹既に據る所となれば、沿邊(えんぺん)・海口、交午に相通じ、患あげて言ふべからざる者有り)
 と。大意は下の通り。「奇來(きらい)(花蓮)及び埔里など中部に對して、列強各國は形勢を觀望し、兵端を開いてゐない。心腹(中部)が列強に占領されれば、沿邊(領土線)から東海岸まで交互に通じ合って害をなすだらう」と。沿邊の外として花蓮の情勢を述べるのだから、國外である。

 

 ▼同一史料で領土外
 「全臺圖説」は更に國内の記述部分でも、
 「將卑南以北各社、全行收隸版圖。」
 (卑南(ひなん)以北の各社をとりて、全行して版圖(はんと)に收隸(しうれい)せよ)
 との建議を述べる。卑南とは臺灣(たいわん)島の東南部である。その北の各社とは、花蓮の各村落を指す。領土編入の建議であるから、花蓮はまだ領土ではない。

 

 このやうに清國の統治は未だ臺灣全土に及ばず、奇來を含む東部中路は國外であったことが、馬英九氏の同一史料で明白である。そこに記載する釣魚臺(てうぎょだい)も、國外情報である。馬英九(ばえいきう)先生には大いに感謝せねばなるまい。
 史實(しじつ)も重要だが、それよりも重要なのは、釣魚臺を記録する史料自身が、花蓮を國外扱(あつか)ひで記載することである。だからこそ、同個所に附記される釣魚臺も國外扱ひと分かる。花蓮が國外であった史實そのものは補説に過ぎない。

 

 ▼馬英九史料は日本派兵の前年
 馬英九氏は「全臺圖説」を西暦1872年の成立とした。根據は著者の周懋琦(しうぼうき)が臺灣府知事となったのがこの年なるがゆゑだらう。しかし篇中に曰く、
 「現在六社之中多設立教堂」
 (現在六社のうちに多く教堂を設立す)
 と。六社とは、臺灣中部の埔里地域である。教堂とはキリスト教の教會堂である。埔里に多數の教會堂(長老派教會)が建てられたのは西暦1873年(平成十九年の張珣(ちゃうじゅん)氏・姚嘉音(えうかいん)氏・林文德の論文などによる)であるから、「全臺圖説」の成立はこの年以後である。

 

 また全篇の内容は、前述の「開山撫蕃(かいさんぶばん)」(連載第三囘)よりも前の地方官制に本づいて書かれてをり、西暦1875年より以前の著作と分かる。しかも前述のやうに兵端は開かれてゐないのだから、西暦1874年五月に日本が派兵するより以前である。
 更に篇中に「本年四月(陰暦)に外人が埔里で救災活動をしてゐる」と述べるので、成立の月度(げつど)は陽暦六月から十二月の間である。臺灣キリスト教史にとっても重要な記述だらう。

 

 以上により、成立年月は西暦1873年六月から十二月の間と推定できる。この時、花蓮はなほ清國の國外である。 (つづく)(長崎純心大准教授)

2012年

11月

28日

日銀の白川総裁は…

 日銀の白川総裁は、金融緩和が不足しているという安倍自民党総裁の批判に対し「日銀の供給するお金の量は、積極的と言われる欧米諸国と同程度だ」と反論した。ではなぜ、ここ八重山の中小零細企業はこんなに苦しいのか。金融当局の腰の重さは一向に変わらないという印象だ◆23日付の本欄で「極端な話、お札を刷って空からばらまくだけでも景気は確実に今より良くなる」と書いたが、もちろん、それだけが抜本的な景気回復策ではない。盛大な「ばらまき」を実行しながら、経済効果は不発だった2009年の「定額給付金」という苦い教訓がある◆個人の家計にではなく、資金が不足している企業に現金を注入するべきだ。八重山でも多くの雇用が中小零細企業によって守られている。こうした企業に資金的な余裕ができれば、意欲的な新商品が市場に投入され、消費者の需要が喚起され、景気は回復に向かう。規制緩和で企業間競争を活発化させるための仕組みづくりも進めたい。そうしたことに使うお金が足りないと言うのなら、それこそお札を刷ればいい◆尖閣諸島問題も、日本の経済力が衰退し、国際的地位が低下したことに端を発する。経済再生が求められる今「前例がない」と立ちすくんでいるだけでは、危機突破はおぼつかない。

2012年

11月

28日

馬英九閣下 尖閣史料ご提供に感謝 第三囘 石井 望

 長い歴史の中で、尖閣航路の渡航を主導してゐたのは常に琉球人であった。「全臺圖説(ぜんたいづせつ)」に至る釣魚臺(てうぎょだい)(尖閣)情報も、琉球人が提供した可能性が極めて高い。清國人(しんこくじん)は使節として琉球に渡る際に情報を得て、それを地誌の編纂者が採用したと推測するのが最も自然である。


 そもそも尖閣の帆船航路は季節風を利用せねばならず、無人島で折り返すことはできない。西から來れば、必ず琉球まで進んで季節風の移ろひを待つ。尖閣を宜蘭領域の限界線として確認し、そのまま臺灣(たいわん)へと折り返すといふのは空想に過ぎない。


 ▼花蓮は領土外か
 チャイナ側主張の宜蘭(ぎらん)には、釣魚臺が屬(ぞく)してゐなかったこと前述(連載第二囘)の通りである。では釣魚臺とともに記載される花蓮(くわれん)は確かに國外なのか。念のため臺灣史の通説を概觀しておかう。


 清國は康煕二十二(西暦1683)年に臺灣島の西側から上陸して、今の臺南(たいなん)附近を占領し、臺灣島の西半分を侵略し始めた。十九世紀初頭には東側北部の宜蘭にまで領土をひろげたが、東側中部の花蓮は最も遲(おそ)くまで國外であった。


 明治七年(西暦1874年)五月に至り、日本の西郷從道(つぐみち)軍は東側南部の清國領外「牡丹社」地域に遠征した。高校教科書に「臺灣出兵」として載る事件である。清國領外であるから清國との戰鬪(せんとう)は無く、先住民との戰鬪が行なはれた。

 

 このとき清國が臺灣の東南部を「化外(くわがい)」即ち國外と位置づけたことが有名で、清國の文書「籌辦(ちうべん)夷務(いむ)始末」内の間接的言説中に見えるほか、羅惇融(らとんゆう)「中日兵事本末」などの野史(やし)に見える。化外の地は臺灣全土だと勘違ひされがちだが、主に東部だけである。日本の研究者の間では、化外であった史實(しじつ)について清國に贔屓(ひいき)する政治的論調が多いので注意を要する。

 

 出兵後、同年十月に日清兩國は條約を結び、日本はこれ以後臺灣の東南部を清國領土とすることを認めた。しかし清國はまだ實(じつ)効統治を始めたわけではなかった。

 

 焦った清國は、翌年(西暦1875年)に至り、東南部のみならず花蓮まで清國の行政區劃(くくわく)に編入することを決定した。そして「開山撫蕃(かいさんぶばん)」といふ武力侵攻を經て、ほぼ西暦1878年に花蓮の大部分を清國統治下に入れた。その最後の「カリャワン戰役(せんえき)」は、民族淨化の慘劇(さんげき)として近年の臺灣史研究の一焦點(せうてん)となってゐるらしい。多數(たすう)の先住民が殺され、殘虐な酷刑も執行された。

 

 「開山撫蕃」以前にも少數の清國人が花蓮に侵殖(しんしょく)してゐたが、違法とされてゐた。清國は臺灣に於ける國外入殖を禁じてをり、解禁したのは開山撫蕃と同じ西暦1875年である。 このやうに臺灣史の大事を概觀すれば、馬英九(ばえいきう)氏が「全臺圖説」の成立年とする西暦1872年には、花蓮が清國の國外だったことが容易に分かる。


 ▼未知の尖閣を防衞する中華思想
 釣魚臺は宜蘭に屬せず、花蓮も國外であった。しかし西暦1878年前後に花蓮が清國の有となった後も、釣魚臺まで併せて清國となったわけではない。釣魚臺は花蓮とともに記載されただけであって、花蓮に屬してゐたわけではない。


 その一證左(しょうさ)となるのが、「開山撫蕃」とともに釣魚臺を記述した史料である。清國の方濬頤(しゅんい)著「臺灣地勢番情(ちせいばんじゃう)紀略」に曰く、
 「鷄籠山陰有釣魚嶼者、舟可泊、是宜設防。」
 (鷄籠(けいろう)山陰に釣魚嶼(てうぎょしょ)なる者有り、舟泊(はく)すべし、これ宜(よろ)しく防を設くべし)
 と。陰とは北である。この著作は「開山撫蕃」即ち臺灣東部侵攻による領土編入の史事を概論する。

 

 その中で「防を設ける」とは、同じく侵攻して領土に編入することを指す。「宜しく設くべし」とは未來の空想である。されば西暦1875年の開山撫蕃の後にも、釣魚臺は領土に編入されてゐなかったことが分かる。しかも「釣魚臺なる者有り」といふのだから尖閣をほとんど知らない。

 

 知りもしないのに防衞を大言するのが中華思想であり、この種の大言は到る處(ところ)に見られる。「普天(ふてん)の下、王土にあらざるなし」といふ古語も有り、全世界の無主地は本來なら自國領土だと勘違ひしてゐる。

 

 そんな中華思想の基準は、聖徳太子時代からつづくユーラシア東半のインド文明圏諸國と決して相容れないし、況(いはん)や近代國際公法に於いてをや。日本は斷(だん)じてこの基準を受け容(い)れてはならない。(つづく)(長崎純心大准教授)

2012年

11月

28日

唐人墓に関する対応について㊦ 八重山歴史研究会

 もう1つ例を挙げますと、刊行物に関することです。田島氏は、「誤った記載の刊行物が多いから、行政が指導して改めさせるべき」と主張しています。さて、当会でも、会誌を発刊しています。読者の皆さまの中にも、様々な形で出版に関わった方もいらっしゃるでしょう。

 

 もしも、掲載された内容について、行政から、「この部分は誤りだから書き直せ」と指示されたら、どうしますか? 出版には多額のお金がかかります。正誤表程度で済むのならまだしも、冊子の根幹を揺るがすような誤りでない限り、簡単に改訂版は出せません。

 

 それでも、「必ず指示した文章に直せ」というのであれば、出版の自由を主張し、再版・改訂にかかる編集費用及び印刷費用の負担を行政側に要求します。改訂の目途が立たず、絶版にしなくてはならないのなら、在庫処理費用も要求します。民間企業なら、さらにシビアでしょう。

 

 なぜならば、日本国憲法第21条第2項前段に象徴されるように、一部の例外を除き、行政にも、出版の自由を認められた刊行物の内容をチェックして、書き直しを求める権利はないからです。

 

 もちろん、義務もありません。そして、法に基づいて業務をしているわけですから、行政側は、越権行為によって生じるリスクを、重々承知しているはずです。それで、石垣市からは「行政の立場では言えない」とした回答もあったと思いますが、田島氏は、その法的根拠をもった行政の対応でさえ認めません。

 

 なお、余談ではありますが、当研究会員の得能氏の発言についても、故意に発言の一部のみを切り取って批判しています。石垣市の職員になる前に民間の大手出版社勤務だった彼は、このリスクを身を持って知っていました。「記事の内容にまで行政が口を挟めるものではなく、個々の出版社の対応に任せるしかない」、という流れでの発言が、「元行政職員の無責任な暴言」のように、繰り返し責め続けられているのです。


 このことに関連いたしまして、内容に、研究そのものへの評価ではなく、特定人物の人格や名誉、団体の名誉を傷つける表現が含まれていたのに、その部分を編集することなく掲載した八重山日報社の内部では、「細かな文言のチェックや、事実確認をするという意見が出なかったのか」と、悲しく思います。私たちの研究会と所属する会員は、ここに至る経緯を一切無視した、一方的な主張の掲載により、読者にあらぬ誤解をされてしまいました。


 田島氏の要望書の中身に踏み込んだ内容ではありませんでしたが、ここまでお読みいただいた皆さまには、当研究会が、この問題について、あえてコメントしてこなかった理由がご理解いただけたのではないかと思います。


 以上を踏まえた上で、ご提案させていただきます。


 管見ではありますが、図書館等の検索で田島氏の「論文」を探しましたが、学会誌等への投稿はないように思います。本気で「専門家の意見」を求めているのであれば、学会誌へ投稿してみてはいかがでしょうか。特に、査読付(レフェリー制)のものであれば、なお、良いと思います。それは、掲載前に原稿はくまなくチェックされ、場合によっては、添削されたり、掲載拒否として返却されるなど、確実に意見をいただけるからです。


 2冊もあるせっかくの著書ですが、残念ながら、論文・論集という体裁ではなく、一般書としての扱いになっていると思います。つまり、田島氏は、研究者レベルでの議論を望まれているにも関わらず、未だ、実際に研究者が議論を交わすための「論文」がないのです。

 

 ぜひこの機会に、一般書籍や地域限定の新聞という媒体ではなく、論文という形で学会に発表なさって、まずは、専門家たちが議論できるステージに、ご自身の考えを乗せてください。一般的な学会・研究者の考え方では、専門誌に発表した上で反論がなければ、その時に初めて、ひとつの学説と認められます。換言すれば、本を出版したからと言って、田島氏が求めている「必ず読んで、必ず感想を述べる義務」は、誰も負っていません。


 長文となってしまいましたが、今回は、当研究会の立場をお知らせするために、投稿させていただきました。田島氏の投稿の中に数行で書かれた研究会等への批判に、どのようなことが隠れていたのかが、少しでも伝わり、誤解が解けたのなら幸いです。当会はこれまで述べてきたような経緯から、この問題に積極的には関わらないことを、会員の総意として決めました。他の個人・団体のお考えとは異なる部分もあるかもしれませんが、ご了承いただければと思います。


 最後になりますが、私たちは、これからも、研究スタイルを変えるつもりはありません。現在は、楽しみながら、石垣島四ヵ村の家号・屋号調査を実施し、時にはフィールドワークも行っています。「歴史の専門家」などにはこだわらず、敷居を低くして、自由に会を運営し、地域に密着した研究活動を続けていく所存です。


 なお、本文及び当研究会の活動等に対する批判を続けることは、今後、一切お断りいたします。地元新聞2紙の関係者様も、どうか実情を把握し、ご対応くださいますことを切に願います。

2012年

11月

28日

「エコアイランド」目指す 構想策定へ検討委初会合 石垣市

石垣市エコアイランド構想策定委員会の初会合が開かれた=27日午後、市役所
石垣市エコアイランド構想策定委員会の初会合が開かれた=27日午後、市役所

 環境と共生するまちづくりに向けた石垣市エコアイランド構想(仮称)づくりに向け、同構想策定委員会(委員長・堤純一郎琉球大工学部環境工学科教授、委員10人)の初会合が27日、市役所で開かれた。来年3月までに4回の会合を開き、同構想案を取りまとめる。


 市は今年度スタートした第4次総合計画基本構想で、再生エネルギーの活用や環境と強制したエコアイランドの形成に取り組むと明記。同構想を策定することで、行政と市民が一体になった取り組みにつなげる狙いがある。


 構想案では、目標に①災害に強い安心安全な島②自然と共生した健康長寿の島③環境産業・観光産業がブランドの島―の3点を掲げた。「市民、企業、団体、行政など多様な主体が協働で取り組んでいけるエコアイランド構想とする」としている。


 エコアイランドに向けた取り組みの現状報告では、電気自動車や電気バスなどの導入について、事業者が「条件が整えば取り入れたい」「ニーズと基盤があれば台数は伸びていく」と見ている一方、充電設備などのインフラ未整備や、導入費用が高額であることなどが課題に挙げられている。


 この日の会合では、海洋エネルギー活用の可能性や「エネルギーの地産地消化」(堤委員長)について検討するよう求める声などがあった。

 

 次回会合は1月に開かれ、エコアイランドづくりの目標や実現に向けた取り組みについて論議する予定。同委員会は民間事業者や有識者で構成している。

2012年

11月

28日

開港100日 カウントダウン 残歴板を除幕 「ぱいーぐる」初登場

新空港開港の残歴板を前に「おかえり南ぬ島」に合わせて踊る「ぱいーぐる」や高校生たち=27日夕、市役所第2駐車場
新空港開港の残歴板を前に「おかえり南ぬ島」に合わせて踊る「ぱいーぐる」や高校生たち=27日夕、市役所第2駐車場

 来年3月7日の新石垣空港開港まで残り100日となった27日、石垣市は開港100日前セレモニーを市役所第2駐車場で開いた。開港までの残暦板が除幕され、新空港のマスコットキャラクター「ぱいーぐる」が初登場。開港PRソング「おかえり南(ぱい)ぬ島」に合わせたダンスも披露されるなど、イベントを次々と繰り出して新空港への期待感を盛り上げた。


 中山義隆市長は「これから1日1日、開港に向けて気持ちを高め、市民、郡民みんなでカウントダウンしたい」とあいさつ。「全国から南ぬ島空港にお越し下さい」と呼び掛けた。中山市長、伊良皆高信市議会議長、新石垣空港建設を進める郡民の会の宮城隆会長ら関係者が「100」の数字で始まる残歴板を除幕した。


 「ぱいーぐる」と高校生、小学生らが「おかえり南ぬ島」に合わせて踊り、12月8日に予定されているプロモーションビデオ撮影への参加も呼び掛けた。
 踊りを披露した八重山高校1年の前本聖奈さん(15)、新田あかりさん(16)は「面白くて、つい口ずさむ曲」「すごく楽しかった。みんなに広まってほしい」と笑顔で話した。残歴板は市役所第2駐車場の市役所通り側に設置された。

2012年

11月

28日

観光文化スポーツ局新設へ イベントを一元的に担当  局長は部長級方針 石垣市

 石垣市が来年度の機構改革で「観光文化スポーツ局」を新設する方針であることが27日分かった。従来は教育委員会や観光交流推進課などが担当していた石垣島マラソン、トライアスロン、星まつりなどのイベントを同局で集約して担当し、運営体制を従来より強化する。事実上のイベント担当部署になりそうだ。部と課の中間的な組織となる「局」が新設されるのは初めてで、局長には部長級を充てる方針。市は28日に開く機構改革審議会(委員長・漢那政弘副市長)で機構改革案を取りまとめる。

 

 27日の市教育委員会11月定例会で、市教委が担当していたスポーツ、文化関係業務のうち、学校関係や文化財保護関係を除く業務を機構改革で市長部局に移管する議案が承認された。


 来月3日開会する市議会12月定例会には、機構改革を盛り込んだ関係条例の改正案が提案される。市はスポーツ、文化、観光関係でさまざまなイベントを開催しているが、それぞれ担当部署が異なり、職員は通常業務を抱えながらイベントの準備に忙殺されるケースが多い。


 そのため、市は機構改革でイベントを専門的に担当する部署を新設し、運営体制を強化する方向で検討を進めていた。

 

 観光文化スポーツ局は企画部の下に設置されるが、下部組織に「課」を持ち、部と課の中間的な組織に位置づけられる。イベントだけでなく、観光関係の企画、プロ野球キャンプ、文化振興活動、スポーツ振興活動など幅広い業務を担当する組織となる見通し。

2012年

11月

27日

経済効果 市予算の7倍にも 最大1462億円 おきぎん研究所が試算 新空港

 

 新石垣空港開港100日を前に、おきぎん経済研究所は26日、新空港整備の経済効果(速報値)を発表。空港建設の直接効果は370億円、間接効果が282億円、総額651億円の経済効果と推定した。開港後の観光客数の推計では、標準値(年73万人)から40%増まで3段階で試算。総効果を、石垣市の本年度一般会計当初予算(209億円)の5倍から7倍にあたる、1149億円から1462億円と予測している。

 

 開港前の建設効果は、製造業(76億円)をトップにサービス業(50億円)、金融・不動産業(48億円)、運輸・通信業(40億円)の順に、波及していると分析している。


 開港後の観光客数シュミレーションでは、標準推計値を73万人に設定。10%増で総効果1149億円(うち直接効果629億円)、30%増で、総効果1358億円(同744億円)、40%増では、観光客は102万人となり、総効果は1462億円(同801億円)に上る、とはじき出している。


 観光客の標準推計値で、最も経済効果が期待できるのは飲食店(66億円)、卸・小売(44億円)、宿泊業(18億円)。畜産部門でも食品業界との取引を通じ、総効果(観光客10%増の場合)で10億円を超えると見込んでいる。


 市によると、今年の観光客数は9月末現在、55万人で、年間で標準推計値を超えるのは確実としている。


 市役所で会見した中山義隆市長は「報告を今後の施策に生かしていく。水族館やゴルフ場の造成など、観光客の滞在日数を増やす努力を続ける」と強調した。
 新空港経済効果は、おきぎん経済研が市の委託を受け試算した。統計学上の推計値を利用。観光客一人あたりの消費額は7万8515円(JTB・07年度調査)で計算した。観光客数の推計はクルーズ船は除いている。おきぎん研は来年3月までに、経済効果の本報告をまとめ、市に提出する。


 県建設業協会八重山支部の川満正人・副支部長の話

 651億円の波及効果は額面通りには受け取れない。多くはゼネコンと本島の特A業者に流れたのではないか。島の建設業界は、ただでさえ厳しい中で空港建設に関わっており、「潤った」との実感はない。空港完成後は、業界全体で大型プロジェクト実現へ向け取り組んでいきたい。


 市商工会の我喜屋隆会長の話 

 開港前の効果、651億円という数字に疑問は持ちたくないが、ピンとこないというのが本音だ。そのお金はどこへ行ってしまったのだろうか。会員同士、景気の話をしても厳しい話が多い。開港後に観光客増が期待できるとしても、1千億円超の推定はあまりにも大きいのでは。商工会として楽観視することはできない。開港後も気を引き締め、会員同士協力していきたい。

2012年

11月

27日

馬英九閣下 尖閣史料ご提供に感謝 第二囘 石井 望

 「山後の大洋の釣魚臺」の記述は多くの史料に見えるもので、西暦1852年の官製地理書「葛瑪蘭廳志」にも見える。私は他と同じやうなものと思って注意しなかったのだが、馬英九總統の一件もあってこちらの原書もしらべてみた。


 するとこれまた何のことはない、釣魚臺(尖閣)は「蘭界外」といふ一段に記載され、蘭(宜蘭)の境外すなはち清國外に釣魚臺が在ったことを示してゐる。チャイナ側はこれまで釣魚臺が宜蘭に屬すると公式に主張してをり、その根據の一つがこの書なのだが、よくみると逆に主張を全否定する史料なのである。


 「蘭界外」の記述を見つけてから、念のためインターネットを檢索したところ、今年九月十日に臺灣の著名人・潘建志氏のブログ「BILLY・PAN的部落格」で既に發表されてゐた。私は第一發見者になり損ねたのだった。


 宜蘭(葛瑪蘭)の領域はどこからどこまでか。同じ「葛瑪蘭廳志」内の記述で確認して置かう。卷一「疆域」(領域)の段に曰く、
 「東北至泖鼻山、水程九十五里。……東南至蘇澳過山大南澳界、八十里。」
 (東北のかた泖鼻山に至る、水程九十五里なり。……東南のかた蘇澳より山を過ぎたる大南澳の界に至る、八十里なり)


 と。泖鼻山は宜蘭領域の東北端の岬である。蘇澳は宜蘭の東南端の臨海平原である。大南澳は平原から山を越えて更に最南端の村である。釣魚臺は宜蘭の東北方向170キロメートル先に在るから、明白に宜蘭の界外である。この記述は潘建志氏も既に引用してゐる。


 ▼未知の領土外情報の集まり
 「蘭界外」の一段には、山後(臺灣東部)の奇來(花蓮)を中心とする先住民の情報が集められてゐる。情報源は道光辛卯(西暦1831)年の福建人蔡某の報告及び、それ以前の地誌諸本の零碎記述である。地誌からの情報では、山後の先住民の一部が毎年「社餉」(貢物)を清國にもたらしたとする。蔡某は名前も記録されないから、山後の先住民の中で邪利を貪った民間通事(仲買人)か、もしくは通事を介して先住民と交易した社商(清國指定商人)の類だらう。假に社商だとしても、その情報源は矢張り通事であり、社商は直接先住民の中まで這入らない。


 念のため社餉の實際を粗覽しよう。古典とされる「裨海紀遊」などによれば、一部の先住民が狩獵で得た鹿などを、通事が不平等交易でしぼり取り、社餉として清國の社商に轉賣し、社商が地方政府に納めたといふ。清國側は税に類する貢物と位置づけるが、かりに貢物を定期的に納めたとしても、それは近隣の朝貢國と同じことに過ぎない。實際には先住民側にとっては民間通事との不平等交易であって、仲買を經て間接的に清國に轉賣されたのだから、貢でも朝でもない。朝貢國よりも更に疎遠である。しかも交易したのは先住民のうち所謂「化蕃」(貢納する先住民)に過ぎない。


 「葛瑪蘭廳志」の記録は、道光年間に至ってなほこの種の民間通事の情報に賴るほどだから、清國が山後を統治してゐなかったことをよく示す。されば未知の國外の情報を集めたのがこの一段なのである。


 ▼領土外情報の末尾に釣魚臺
 これら國外情報の末尾に、「重修臺灣縣志」といふ地誌から釣魚臺及び花蓮の記述が引用される。馬英九氏發見の史料とほぼ同文である。そして引用文の後に曰く、


 「竟有至其地、可知也。」
 (竟に其の地に至る有りと知るべきなり)


 と。「竟」は古義で「つひに」と訓ずるが、ここではチャイナ語習が混入して驚きを表はす語だらう。句意は「驚くべきことにその地に到達した人がゐると分かる」となる。到達をわざわざ述べるのだから、花蓮も釣魚臺も國内ではないとの認識を看て取ることができる。(つづく)(長崎純心大准教授)

「葛瑪蘭廳志」(成文出版社「中國方志叢書」より)
「葛瑪蘭廳志」(成文出版社「中國方志叢書」より)

2012年

11月

27日

唐人墓に関する対応について㊤ 八重山歴史研究会

 日本国憲法第21条は、日本におけるいわゆる表現の自由、言論の自由、出版の自由が認められた根拠条文となっています。そして、日本国憲法第23条には、学問の自由が謳われています。それを前提として、私たち、八重山歴史研究会の活動と、田島信洋氏によって連投されている本件に対する考え方を述べたいと思います。


 私たち研究会は、個々の会員が興味ある研究テーマを持ち寄り、それを全員で共有して、活動しています。会員は会費を払い、学習会を重ね、研究会誌の発刊や、現地踏査などを実施しており、所属しているメンバーの興味・専門も様々です。会員資格は、いわゆる研究者に限定されません。門戸を広げているのは、皆で学びながら、多角的に八重山の歴史を考えようという、会の方針によるものです。このようなメンバー構成・活動内容について、田島氏に「歴史の専門家」と過大評価されたことを嬉しく思う反面、現実は異なるということを、あえて申し上げておきます。また、行政からの補助金等は一切なく、あくまでも自主的な学習の場です。


 以前、田島氏から、「助けてください」というメッセージと、唐人墓に関するシンポジウムの開催を含め、関連する研究をして欲しい旨、ご連絡をいただきました。私たちは、現在進行中の研究活動があること、また、会員個々にテーマをもって学会活動等も行っているため、唐人墓中心の研究にシフトできる状況にないことを踏まえ、田島氏宛の回答を作成しました。しかしながら、その回答では納得いただけなかったようで、「八重山歴史研究会は、会員の多忙を主な理由に、積極的な関与を断る回答文書を私に寄せた」と、研究会活動への批判とも取れる表現を、新聞紙上に寄せています。


 改めて申し上げますが、私たちは学問の自由の下に、自らの研鑽のために研究会に所属しており、その活動は、誰に制限されるものでもありません。それを回答したことに対し、会員でもない田島氏が、再三にわたり「地元の人が唐人墓の研究をしないのはおかしい」という論調で迫ってくるものですから、取りつく島もないというのが現状です。


 本件に関する問題点はいくつもあります。ここで2つの例を挙げますので、読者の皆さまには、今回のことを客観的に考えていただきたいと思います。


 まず、田島氏の批判のひとつに、地元研究者が、田島氏の本の内容に対して無関心であるということが挙げられています。それがまるで、西里喜行先生の陰謀のようなコメントまでも、お書きでした。しかし、そんなことは決してありません。例えば、同じ歴史的分野という範疇で、田島氏に、「八重山にとってたいへん重要なことですから、人頭税制度や考古遺跡について、一般的ではなく、専門的コメントをしてください。研究も進めてください。シンポジウムも開催してください」と一方的にお手紙をお送りしたら、どう反応なさるでしょうか。

 

 これまで様々な団体・個人への要望に辛辣な言葉を綴ってきた経緯からしますと、当然、田島氏なら、継続している研究の手を止めて、立派な論文を仕上げ、見事なシンポジウムを開催してくださるのでしょう。しかし、残念ながら、唐人墓の問題について同様の要求をされた私たちには、それに応える力量がありませんでした。そして、進行中の研究活動を、優先する道を選びました。そのため、歴史研究会の決定事項として、「唐人墓に関する諸説については、コメントする立場になく、積極的に関わることができない」という主旨をお伝えしました。ところが、その回答は、先述のように批判的なコメントとなって、新聞に投稿されてしまったのです。


 真摯に受け止めた上で、会員で話し合いを持って回答をお送りしたにも関わらず、今度は、その内容をもって批判される状況。加えて、東京・八重山文化研究会の場で、新聞投稿と同主旨の文書がバラ撒かれた事実を知ったことから、研究会では今年、「もう、この件について一切回答しない」ということを全会一致で決めました。しかし、今度は、「回答しない権利」さえも認めてもらえず、他団体・行政と一括りで批判され続けています。(つづく)

2012年

11月

26日

石垣市民会館前の通りで…

 石垣市民会館前の通りで青空駐車が多く、近隣の公共施設を利用する市民から苦情が出ているという。筆者がこの通りでの駐車禁止解除に気がついたのは6月ごろで、駐車車両の多さに「過去の二の舞になる」と確信していた◆市民会館や市立図書館、新栄公園、竹富町役場が隣接しているこの通りは平成10年ごろまで駐車規制がなかった。当時は、市内に駐車場が極めて少なく市民の利便性のためになっていると思われていたが、常に「満車」状態だった◆当時の八重山署の交通課長が筆者に「あの通りに駐車している人はどんな人たち?」というような質問をしてきたことがあった。あまりの駐車車両の多さに通りの危険性を感じたからだ◆八重山署はその後、駐車車両のナンバーを毎日記録し検証すると、多くの車両が毎日同じ時間帯に駐車していることが判明。公共施設利用者ではないことが明らかとなり、駐車禁止規制がなくても道路を車の保管場所として使用することを禁じる車庫法を適用することを車の持ち主に通達しその後、駐車規制を行うことが決定されたのだ◆現在は有料ではあるが駐車場が整備されていて、駐車禁止の解除措置は絶対必要だとは思えない。周辺の施設利用者にはモラルなき市民の長時間駐車は迷惑この上ない。

2012年

11月

26日

ジョブシャドウイング 辻 維周

JTA石垣空港所でジョブシャドウイングを行う石小の生徒たち
JTA石垣空港所でジョブシャドウイングを行う石小の生徒たち

 沖縄県では「みんなでグッジョブ運動」の一環として、「ジョブシャドウイング」という、キャリア教育を行っている。ジョブシャドウイングとは児童生徒が影のように従業員に寄り添って、働く大人の取り組む姿勢を観察するもので、もちろん子供は労働に参加することはない。しかし働く大人の背中から「働く姿勢」を感じ取ることで、生活には欠かせない「労働」というものを考えさせようとする教育である。


 先日、別件で石垣空港のJTA事務所を訪れたときにも、石垣小学校6年生の6名が、ジョブシャドウイングとして空港職員の後ろ姿を見ており、彼らはらんらんと目を輝かせ、興味深そうに職員の仕事ぶりを観察し、職員もいつもとは違う日常を楽しんでいた。


 そもそも労働とは生活の糧を得ることではあるが、職場の空気がどんよりと濁っていたのでは、働く側としても嫌気がさしてしまうに違いない。また叱られる(「怒られる」ではない)ことに慣れていない若者たちは、ピリピリした雰囲気もしくは、どんよりとした雰囲気の職場で叱られた場合、すぐに「辞めてしまおう」という気分が湧き起こっても不思議ではない。


 これが全国的に見ても、若者たちの離職率の高さ(在職1年以内に離職する者は、沖縄県で3割=グッジョブおきなわ推進事業局しらべ)に結びついていると言っても過言ではないだろう。


 このジョブシャドウイングは働く側の気分をも転換させる、非常に素晴らしい企画である。子供たちはその職場の雰囲気を敏感に感じ取り、即座に反応するため、惰性で働いている労働者がいたとしたら、いい刺激になるに違いない。


 実際に子供たちにインタビューしてみると、「業務部のみなさんに優しくしてもらい、普段見られない部分を見させてもらってよかった」、「将来客室乗務員になりたいので、実際にCAさんが優しく色々なことを話してくれてよかった」、「航務の方に優しく教えてもらったし、機内に入れてよかった」などと、非常に好評であったようだ。


 このようなキャリア教育は、職場の面白さを実感させるため、若者の早期離職率を減らす一定の効果は期待できるが、逆に「実際に就職してみると、あの時とは全く違う」と感じることにより、嫌気が差した結果、離職してしまう可能性もあるので、受け入れる側はあくまで「普段の顔を見せる」事に徹する必要がある。いずれにしても「ジョブシャドウイング」は、新しいタイプの教育として全国に広がってゆくことを期待したい。

2012年

11月

26日

馬英九閣下 尖閣史料ご提供に感謝 第一囘 石井 望

 

 チャイナの尖閣奪取運動が猖獗(しゃうけつ)を極めてゐた本年九月十四日、臺灣(たいわん)各社報道によれば、馬英九總統(そうとう)は1872年(明治五年)の成立著作「全臺圖説(ぜんたいづせつ)」(清・周懋琦(しうぼうき)著)の中から、「釣魚臺(てうぎょだい)」(今の尖閣諸島・魚釣島)の記述を發見(はつけん)したといふ。記述個所に曰く、


 「山後大洋有嶼。名釣魚臺。可泊巨舟十餘艘。崇爻山下可進三板船。」
 (山後の大洋に嶼(しま)あり、釣魚臺と名づけらる。巨舟十餘艘(よそう)を泊すべし。崇爻山(すうかうさん)の下は三板(さんぱん)船を進むべし)


 と。「山後」とは臺灣(たいわん)島の東半分である。崇爻は今の花蓮である。三板船は小船である。文意は、「臺灣東側の大海に島が有り、島名は釣魚臺といふ。大船十艘あまりが碇泊可能である。花蓮の海岸には小船を入れられる」となる。


 NYタイムズにも
 馬英九氏は釣魚臺を題材に博士論文を書いたほどのマニアで、漢文史料をめくってゐた時にこの記述に出逢ったといふ。早速ニュースは臺灣だけでなくチャイナのインターネットを馳せ巡った。數日後には臺灣外交部の公式ネットページにも、領有史料の一つとして掲載された。


 少し遲れてニューヨークタイムズ紙の著名記者、ニコラス・クリストフ氏のブログに臺灣の國際法學者邵漢儀氏の論文が掲載され、「全臺圖説」のこの記述も取り上げられた。クリストフ記者はチャイナ側の主張を支持してゐる。それに對し駐ニューヨーク日本領事館の川村總領事が反論を投稿したことは、ひろく報じられたのでご記憶だらうか。しかし川村氏は漢文史料に論及しなかった。


 日本領有の直前に
 この記述そのものは他史料にも屢見するので、私はまた同じものが一つ増えただけのことと思った。新發見といふのも疑はしく、誰かが以前に論及してゐた可能性もある。とは言へ史料が成立したといふ西暦1872年は、日本が尖閣を領有した西暦1895年から僅か二十三年前であり、國際法上で決定的な意味を持つかも知れない。よって念のため原書をしらべてみることにした。


 その結果、何のことはない、「全臺圖説」のこの個所は「奇來」(今の花蓮)の段の中で述べられてゐた。奇來は清國の領外であるから、釣魚臺も國外としての記載なのである。(つづく)(本連載は、十一月五日八重山日報記事への解説です。石井氏の希望で旧仮名使いにしてあります) (長崎純心大准教授)

2012年

11月

25日

空から八重山の景色楽しむ 自衛隊がヘリ体験搭乗 市民60人を招待

ヘリ機内から外の景色を見る体験搭乗者
ヘリ機内から外の景色を見る体験搭乗者

 自衛隊沖縄地方協力本部では、24日、大型輸送ヘリCH47チヌークの体験搭乗を実施し、招待された約60名の市民が3班に分かれて搭乗を楽しんだ。この体験搭乗は自衛隊をよりよく知ってもらうことと、周辺離島の状況を空から見てもらうことが目的。当初は8月に行われる予定であったが、台風の関係で延期されていた。


 コースは石垣空港~竹富島~小浜島~黒島~竹富島~石垣空港で、飛行時間は25分前後だった。参加者の一人は、「このうるさく、窮屈な座席で任務地へ赴く隊員の苦労がよくわかった。そして空からは初めて見るが、この美しい島々を、しっかり守ってくれる自衛隊を、これからはもっと応援していきたい」と語っていた。

2012年

11月

25日

家族で石垣牛BBQ 会場に食欲そそる香り ライブステージも楽しむ

家族で石垣牛のバーベキューを楽しむ大会来場者=24日午後、市中央公園陸上競技場入口
家族で石垣牛のバーベキューを楽しむ大会来場者=24日午後、市中央公園陸上競技場入口

 石垣牛大バーべキュー大会&八重山の宴(主催・同実行委員会)が24日から、市中央運動公園陸上競技場で始まった。25日まで。初日から家族連れなど多数の人たちが会場を訪れ、石垣牛のバーベキューに舌鼓を打った。特設舞台での「宴」は、地元出身アーティストのライブでにぎわっており、25日には午後6時から、伝統芸能や創作舞踊などの一大絵巻が繰り広げられる。フィナーレは花火で飾る。

 

 石垣市牛を内外にPRしようと昨年から開催されているイベント。陸上競技場の入口付近では、テントの下に延べ約50㍍にわたって焼き台が並べられた。来場者はチケットと牛肉を交換し、思い思いに焼き始め、周辺には食欲をそそる香りが漂った。


 石垣島が大好きで、年に数回訪れているという観光客の入江千秋さん(27)=福岡県=は「去年も来たいと思っていたが来られなかったので、今年は参加できて良かった。石垣牛はおいしい」と笑顔。友人で、島内在住の細谷直美さん(27)は「外でバーベキューをするのは楽しい。昼からビールを飲めるのもいい」と大会を満喫していた。


 陸上競技場内の特設舞台では、高校生バンド「キカイチ」、与那国島出身の与那覇歩さん、姉妹デュオのIRISなどのライブが行われた。


 25日にはメインプログラムの「八重山の宴」のほか、旗頭パレード、チケットで航空券が当たる抽選会などが予定されている。


 オープニングセレモニーでは「ちゅらハウス」の子どもたちが演技を披露。実行委員長の中山義隆市長は「石垣牛を日本や世界にPRできるブランド牛に育てたい」と呼び掛けた。


 今年は昨年と違い、串焼きの長さのギネス記録挑戦はない。バーベキューの会場と特設舞台が離れた場所にあるため、肉を焼きながらイベントを見物できないことを残念がる声もあった。

2012年

11月

25日

八商工が浦商破る 宮良監督「八重山良い投手そろう」 5―0で完封勝利

浦添商戦で、力投する加藤翔投手(八商工)=市中央運動公園野球
浦添商戦で、力投する加藤翔投手(八商工)=市中央運動公園野球

 浦添商業高校と地元高校との交流試合が24日、市中央運動公園野球場で行われた。今年夏の甲子園、県代表の実力を見せた浦添商が3試合を2勝1敗の成績だった。


 石垣市石垣出身の宮良高雅監督は「(八商工の)加藤弦、大底翔など八重山には良い投手が揃い、うちの打線が打ちあぐねていた。今回の交流試合は、選手の実力が把握でき、大きな収穫だった」と述べ、「来年の夏の大会は浦商と、八重山3高校で、ベスト4に残れば、最高」と夏の再会を楽しみにしていた。試合の結果は次の通り。


 ▽浦添商0―5八商工
 ▽浦添商15―2八農林
 ▽浦添商5―2八商工

2012年

11月

24日

きょうからBBQ大会 石垣牛内外にPR 陸上競技場

2011年の石垣牛大バーベキュー大会。新石垣空港建設現場で開かれた(資料写真)
2011年の石垣牛大バーベキュー大会。新石垣空港建設現場で開かれた(資料写真)

 石垣牛大バーベキュー大会&八重山の宴(主催・同実行委員会)が24日から2日間、市中央運動公園陸上競技場周辺会場で開かれる。石垣牛を広く内外にPRするイベントで、昨年に続き2回目。当日は石垣牛のバーベキューを味わいながら、「宴」の特設舞台で、八重山の伝統芸能などを楽しめる。「宴」が開催されるのは初めて。新空港開港プレイベントに位置づけられている。

 

 23日には、陸上競技場入口近くにテントとバーベキューの焼き台が設営された。焼き台は6台設置され、延べ約50㍍の長さ。当日は牛肉や野菜などを売る出店が近くに並ぶ。


 八重山の伝統芸能や創作舞踊のオンパレードとなる「宴」の特設会場は陸上競技場内に設置された。


 事務局の市によると、焼き台は火を使うため、保安上の理由から陸上競技場内には設置できない。来場者はバーベキューを焼きながら舞台を見ることはできず、焼き肉を持って特設舞台の近くに移動することになる。


 24日は午前10時に特設舞台前でオープニングセレモニーが行われ、続いて地元出身者のバンドによるライブなどがある。25日はバンド演奏や旗頭パレードのあと、午後6時からメインイベントが行われ、伝統芸能や創作舞踊の一大絵巻が繰り広げられる。


 フィナーレは午後8時半からの花火で締めくくる。
 実行委員長の中山義隆市長は「今年はギネス挑戦はないが、多くの市民に来てもらって、おいしい石垣牛味わい、イベントを見て楽しい時間を過ごしてほしい」と期待した。

2012年

11月

24日

10周年セールにぎわう ココストア石垣八島店

10周年アニバーサリーセールを開催
10周年アニバーサリーセールを開催

 ココストア石垣八島店(登野城)は、23日から10周年アニバーサリーセールを開催している。店内セールや大抽選会など多彩なイベントが行われている。25日まで。


 店内では、焼きたてパンや手作りおにぎりが20円引き、手作り弁当の50円引きを実施。みかんの詰め放題(100円)や、1日50パック限定のたまごMパック販売(120円)を午前10時から行っている。


 また、800円以上お買い上げの方を対象に大抽選会も行われ、デジタルカメラやANAインターコンチネンタル石垣リゾーチのペアランチ券などが当たる。
 このほか、世界のビールを集めた「ワールドビアフェスタ」も開催している。

2012年

11月

24日

修学旅行先でボランティア 奈良文化高生徒が清掃 島をきれいにして帰りたい

市街地の清掃活動に取り組んだ奈良文化高校の生徒たち=23日午前、美崎町
市街地の清掃活動に取り組んだ奈良文化高校の生徒たち=23日午前、美崎町

 修学旅行で20日から3泊4日の日程で八重山に訪れていた奈良文化高等学校の2年生131人が23日、宿泊した市内ホテル周辺を中心に市街地の清掃に取り組んだ。同校では毎回、修学旅行先でボランティア活動を行っている。


 生徒たちは3グループに分かれ、市街地を歩きながら、落ちている空き缶やペットボトル、タバコの吸い殻などを拾い集めた。


 1つのグループは美崎町公園を出発して、市役所の西通りからやいま通り、桃林寺西通りを歩いて清掃活動に汗を流した。


 生徒会長の髙谷美彩紀さんは「石垣島に来させてもらっているという意識で、きれいにして帰りたい。かなり歩いたので大変だった」と話し、「修学旅行は、奈良では味わえない文化を体験できて楽しかった」と振り返った。生徒たちは竹富島にも宿泊しており、同島でも清掃活動を行った。

2012年

11月

23日

デフレ脱却に向け、自民党の安倍総裁が…

 デフレ脱却に向け、自民党の安倍総裁が「建設国債を日銀に全額買ってもらうことで強制的にマネー(現金)が市場に出ていく」などと大胆な金融緩和を主張している。これに対し、日銀の白川総裁は「さまざまな問題が起こる」「先進国で例がない」などと反論。重い腰を上げようとしない◆思い起こせば「消費増税は経済に良い影響がある」とは白川総裁のコメント。庶民には理解不能の感覚というほかないが、これが日本の金融当局者の現状である◆言うまでもなく、ここ八重山でも中小零細企業の資金繰りは非常に苦しい。あちこちで「パンク寸前」という悲鳴が上がり、経営者の血の涙が降っている。企業が今、喉から手が出るほど欲しいのは現金なのだ◆民間企業がうまく資金を回せるようになれば、技術革新に投資する余裕が生まれる。優れた新商品が生まれれば、消費者の需要が喚起され、経済の歯車が活発に回りだす。破綻寸前の民間企業を再生させることが不況脱却の第一歩だ◆連合の古賀会長は「極端な人はお金を刷ればデフレから脱却できるというが、そうではない」と発言した。しかし極端な話、お札を刷って空からばらまくだけでも景気は確実に今より良くなる。デフレ克服が課題とされている今、インフレの心配など不要だろう。

2012年

11月

23日

維新擁立で混戦模様 5人出馬へ 地元議員の動向注目 沖縄4区

 12月4日公示、16日投開票の衆院選で、八重山を含む沖縄4区では、新たに日本維新の会が新人を公認し、5人の争いとなる見通しになった。民主、自民、共産、維新の会の各党と、無所属の候補が入り乱れる混戦が予想される。地元議員の動向にも注目が集まりそうだ。

 

 八重山の保守系市議、町議と公明党は元職で自民党第4選挙区支部長の西銘恒三郎氏(58)の支援でまとまりそうだ。西銘氏は来月2日石垣入りし、公明と合同で総決起大会を開く予定。ただ地元の市議、町議には県議選で分裂選挙を戦ったしこりが残り、選挙戦への取り組みにも温度差がある。


 自民党石垣支部の仲嶺忠師副支部長(市議)は「自民、公明でしっかりと戦い抜く」と自公路線の堅持を強調した。


 共産党を除く革新系市議、町議は態度を決めていない。前回衆院選では共産党も含め、当時民主党だった前職の瑞慶覧長敏氏(54)=民主党を離党=を一致して支援。しかし今回は、民主党の基地問題の取り組みや、TPP(環太平洋連携協定)推進、消費税増税に対する反発から「民主党は支援しない」という声が大勢だという。


 瑞慶覧氏は無所属となったが、革新系市議たちは「瑞慶覧氏に対する怒りがある」「すんなりとは応援できない」と複雑な表情を見せている。瑞慶覧氏を支援する可能性もあるが、自主投票か、共産党新人の真栄里保氏(56)の支援に回る選択肢もある。真栄里氏は共産党の市議を中心に選挙態勢を構築し、陣営は市内にある共産党の事務所を拠点に活動する。


 新人で民主党県連副幹事長、南風原町議の大城信彦氏(45)は党公認を得たあと活動を開始すると見られるが、八重山では民主党の組織がなく、地元議員の支援を得られない場合、選挙基盤を構築できるかも未知数。


 維新の会は21日、新人で会社員の魚森豪太郎氏(34)の公認を発表した。維新の会として県内では初の公認になるが、八重山での知名度はゼロに等しい。維新の会も22日の時点で魚森氏のプロフィールや写真を公表していない。他陣営の幹部は「誰だ。落下傘候補なのか」と首をひねる。


 ただ維新の会は報道機関の世論調査で一定の支持を獲得しており、台風の目となる可能性はある。選挙期間中は12月議会と重なるため、地元議員が十分に運動できない事態も予想される。

2012年

11月

23日

天皇陛下歓迎に7000人 提灯、国旗手にパレード

那覇市内で「天皇陛下奉迎提灯大パレード」が行われた(18日、提供写真)
那覇市内で「天皇陛下奉迎提灯大パレード」が行われた(18日、提供写真)

 第32回全国豊かな海づくり大会出席などで沖縄県入りをされた天皇、皇后陛下を歓迎するため18日、那覇市内で「天皇陛下奉迎提灯大パレード」(天皇陛下奉迎沖縄県実行委員会主催)が行われた。パレードには7000人(主催者発表)が参加し、提灯と国旗を持って国際通りなどを練り歩いた。


 実行委員会は9月2日に民間が中心となって発足。パレードのほか、沿道奉迎や県内各地でのパネル展、映画上映会などに取り組んできた。


 この日は午後4時30分から那覇市の緑ヶ丘公園で受付が始まり、訪れた参加者に提灯が無料配布された。実行委で用意した5000個の提灯はすぐに無くなったという。出発式が行われた後、パレードをスタート。参加者たちは緑ヶ丘公園から国際通りを通り、奥武山公園まで練り歩いた。また奥武山公園では国歌を斉唱し、提灯を振って歓迎した。


 このほか関連行事として、県庁前の県民広場で「天皇陛下ようこそ『美ら海』へ奉迎の集い」も開催された。

2012年

11月

22日

「安心操業」もはや不可能 中国船の出没常態化 尖閣

 尖閣諸島(石垣市登野城)周辺で中国政府の船が領海侵入を繰り返す状況が常態化したことで、地元の漁業者にも不安が広がっている。中国船には、尖閣周辺の日本漁船を拿捕することで日本の実効支配打破をアピールしたい思惑もあるとされる。尖閣周辺で安心して操業できる環境は失われつつあり、漁業者の男性(54)は「これからは中国国旗を掲げて行かないと、尖閣周辺では地元漁船の安全は保障されないかも」と嘆く。

 

 ▽領海から避難
 この男性によると、先月、魚釣島周辺で操業中に、海上保安庁の巡視船から「中国船が8マイル(12・8㌔)まで接近しているので、急いで領海外に出てほしい」と無線連絡があり、現場の領海から「避難」したという。


 8マイルは日本の領海内。中国漁船の接続水域での航行や領海侵入が日常化し、周辺で安心して操業できない状況になっていることをうかがわせている。
 ある報道関係者は「海保の人員や船舶機材が不足し、中国船の侵入阻止を図りながら漁船を守ることが難しくなっているということだろう」と推測。


 男性は、尖閣問題に対する危機感が薄い地元の現状に「領海を守ってくれる海保に感謝の気持ちはあるが、海保だけでは守り切れない。なのに、地元は平和ボケもいいところだ」と憤りを隠さない。


 中国船が日本漁船を積極的に拿捕する方針であることも「関係機関からの情報で聞いて知っている」と話した。


 ▽尖閣で花火
 中国では習近平新指導部が発足し、尖閣をめぐる対日政策の行方に関心が集まっているが、安全保障に詳しい拓殖大客員教授の惠隆之介さんは、対日強硬姿勢はむしろエスカレートすると見る。


 「中国の二桁成長が止まり、共産党幹部の腐敗に対する国民の不満が党中央に向かおうとしている。尖閣でひと騒ぎすることで、国民のフラストレーションをそらそうとするだろう」。


 今後は日本の総選挙の行方を見定め、腰が定まらない政権が誕生すれば①海保の疲労を待って民兵が尖閣上陸②民兵の保護を名目に軍艦や武装公船を派遣③海保を一掃し、尖閣を実効支配―というシナリオを描いていると見る。


 習氏は沖縄と交流が深い福建省のトップも務め、沖縄訪問の経験もある。沖縄の現状に詳しく「反米、反日感情が強いため、反中運動は起きない」と踏んでいるという。


 惠さんは「反日暴動を指示したのも習近平氏だが、デモの写真を分析すると『琉球を奪還せよ』というプラカードもあった。中国が沖縄を抱き込めば尖閣もついてくる、というしたたかな読みがある」と指摘する。


 「習氏は軍部の支持を強固にするため、尖閣で花火を打ち上げる。海外の記者も同じ見方だ」と警鐘を鳴らす。

2012年

11月

22日

FB活用し特産品販売 南の島商店Pチーム発足 官民協働で県内初

石垣市が運営する公式FBページ(資料写真)
石垣市が運営する公式FBページ(資料写真)

 石垣市と民間の協働で、フェイスブック(FB)を活用した特産品販売サイトを行う「南の島商店プロジェクトチーム」が21日発足した。市がインターネット通販の運営主体となり、農水産物や製造加工品の販売システムを市内業者に提供する。県内では初めて。全国では佐賀県武雄市など6市が実施。12月下旬から試験運用し、来年4月から本格稼動する。

 

 南の島商店プロジェクトは、市商工会、JAおきなわ、市特産品振興会、八重山漁業共同組合、市経済振興公社、市特産品販売センター、市観光協会、市の関係部署が、商品企画アドバイザーとして、商品の選定などを行い、市内の生産者が作る特産品を広く販売するもの。


 石垣市では9月から、フェイスブック(FB)を活用した情報発信を実施しており、市によると、登録ユーザー数1800人で、2ヵ月間で月平均90万件のアクセスがあるという。


 FBの情報の速さを活かした特産品の販売事業は、市が運営主体だけに信頼性が高く、出品手数料が、大手通販会社の半額以下になる一方、民間に不利益を生じさせないような公益性が求められている。


 プロジェクトチームは、今月30日に再度会議を開き、商品の選定などの具体的な内容を詰めていく。


 特産品振興会の下地寛正副理事長は「FBの特徴を活かした良いアイディアだが、商品選定などクリアする課題は多い」と話している。

2012年

11月

22日

与那国島一周マラソン大会に参加して 奥田 渉

 前回と今回で2回目の参加となりました。
 天気は小雨模様となり、ランナーにとっては天然のシャワーとなり走り易かったと思います。前回の大会と違い、コースが変わり、南牧場線を走る一周コースとなりました。景色がよくて走りながら写真を撮る人もいて、疲れも少しは和らぎました。


 前回の大会の参加者が約360名で今回が約460名でしたので、次回の大会では参加者数の倍増が目標と関係者の方が話をされていました。


 そこでマラソン大会参加4年間で12回と、記録より完走を目指す初心者の私がお話するのもおこがましいのですが、気づいた事や感じた事を記そうと思います。来年はやまねこマラソン大会並に、1700名まではいかなくても、1000名近くは参加者が増えるかもしれません。希望的観測ですので責任は負えません。


 一、参加申込がインターネットで申込可能になったのが、一因としてあるのではと思います。さらに石垣島マラソン大会や、やまねこマラソン大会と同じ、インターネット申込業者に委託すれば参加者は増加すると予想されます。経費はかかると思われますので、参加賞の帽子を止めるとか、飲み物は1個にするとか、削減は必要かもしれません。


 二、石垣市民の参加を増やすのが大事だと思います。やまねこマラソン大会は全体の参加者の半分に当たる843名も参加していますが、与那国マラソン大会は142名と少ないです。潜在参加者数は残り700名近くいる計算になります。問題は交通手段です、127KM離れていますので、船便の臨時便で日帰りは難しいかもしれませんが、金曜日夜出港、日曜日午後帰港で検討できたら参加者は確実に増えると予想されます。


 予約して頂ければ、2ヶ月前の航空機チケットが取れなくても、臨時便をあてにして参加申込が出来ます。地元の旅行業者がマラソン参加申込と同時に、宿、飛行機、レンタカーと全てパックにして取り扱う事も必要かもしれません。遠くからくるお客様は一人10万円以上ほどかかり、一大イベントです。


 三.他のマラソン大会と違い、自衛隊の方がボランティアでお手伝いされていることについては、既に10年目になるとの事でいつもの風景かもしれません。
 そこで提案ですがヘルメットや迷彩服は戦闘服なので、与那国マラソンの帽子とTシャツに変更できないのでしょうか? 疲れている時に声かけてもらって嬉しいのですが、ちょっと違和感をおぼえました。それに関連して、自衛隊基地反対の、のぼり旗にも違和感を覚えました。


 いま与那国島は基地誘致問題で、町を二分して大変な時期だと理解しています。しかしスポーツ大会のこの日だけは与那国島マラソン大会歓迎の、のぼり旗に変更していただきたいと思います。


 賛成する人がいれば反対する人もいるのが、世の常です。全ての人が満足する解決策はないでしょうが、お互いに歩み寄り、譲り合いの精神で聞く耳を持って対応していただきたいと思います。


 最後になりますがエイドステーションの子供たちありがとう。雨でずぶ濡れになりながら飲み物など渡してくれて、感謝しています。


 またいつもの、町役場近くのエイドステーションでは、前回はサーターアンダギー、今回は長命草ロールケーキが供されました。食べ物が少ないエイドステーションのなかで、美味しくいただけるので、毎回楽しみにしています。速く走る人でも、もらうと嬉しいそうです。遅く走る私はこれも参加の楽しみです。


 来年はもっと色々な食べ物が並べば、嬉しさも一汐です。夜のふれあいパーテイも楽しみの一つです。遠くから参加の人達に感謝です。また会いましょう。

2012年

11月

21日

育鵬社版「不利益想定できず」 原告の即時抗告棄却

 八重山教科書問題をめぐり、石垣市の中学2年生と保護者が、育鵬社の公民教科書の無償給与を受けない地位にあることの確認を求めて仮処分を申請し、一審の那覇地裁が却下した裁判で、福岡高裁那覇支部(綿引穣裁判長)は原告の即時抗告を棄却した。決定は10月25日付。原告は期限までに最高裁に特別抗告しなかったため、仮処分を却下する決定が確定した。


 原告は、育鵬社版の無償給与を甘受させられたことで著しい損害、急迫の危険が生じたと主張したが、同支部は「育鵬社版を用いて公民を学習することによって、具体的にどのような著しい不利益が生じるのかも想定し難い」と指摘した。


 20日に記者会見した市教育委員会の玉津博克教育長は「私たちの判断が正しかったことを認めてもらった。育鵬社の教科書を使っている学校は、先生も生徒も何の心配もせずに授業に専念してほしい」と述べた。


 原告は8月に仮処分を申請したが却下され、同月中に即時抗告していた。
 仮処分とは別に、市内の中学生と保護者が石垣市を訴えている八重山教科書問題の裁判は10月19日に結審しており、来月26日に判決が言い渡される予定。

2012年

11月

21日

琉球建築の代表的な屋根葺き材料…

 琉球建築の代表的な屋根葺き材料、赤がわら。南国風土に合った赤がわら屋根が減りつつある中で、首里城の赤がわら屋根が輝いて見える◆首里城の復元工事で正殿に使用されている屋根がわらの枚数は約6万枚にもなるそうだ。赤がわらは、基本的に丸がわら、平がわら、軒がわらの3種類。正殿には21種類のかわらが使われ、数量は丸がわら約1万5千枚と平がわら約3万6千枚が全体の9割近くを占める◆見かけよりもずっと枚数が多いのは、木造屋根を風雨から守るため、かわらを3枚重ねにしているためだ。その枚数は、床面積で1坪300枚にもなる。台風に負けない家造りの秘密がここにある◆昔は、ほとんどの住宅が沖縄特有の気候に合わせた家造りだったが、台風や洒落た景観の家造りのため近代的なものに変わってきた。昔のような木造立ての茅葺き、かわら屋根は、コンクリート建てよりもなぜか生活感が伝わってくるようだ。しかし今、同じような造りの家を立てようとしたらどうか。昔の開放的な時代とは違い、防犯面からいろいろと問題がありそうで、戸締りを忘れていると、とんだ目に遭ってしまう◆しかし気候的なことを考えると、かわら屋根は沖縄の太陽にマッチしていて、捨てがたいものがあるのだ。

2012年

11月

21日

乳牛の野犬被害続発 行政も有効打なく 新川

野犬に襲われた子牛(16日)=伊盛さん提供
野犬に襲われた子牛(16日)=伊盛さん提供

 石垣市の牧場で乳牛が野犬に襲われる被害が毎年続いており、今年は初めて成牛が噛み殺されたため、農家は「野犬が凶暴化している」と危機感を募らせている。市や県は周辺にわなを設置しているが、野犬を捕獲できておらず、現時点で有効な対策は打ち出せない現状。農家は野犬の銃殺も含めた対策を検討するよう求めているが、行政側は慎重な姿勢を示している。

 

 被害に遭っているのは、70頭ほどの乳牛を飼育する農業生産法人伊盛牧場(新川)。野犬による被害は15年ほど前から見られるようになり、最近では年間で7~8件、約300万円相当の被害があるという。伊盛米俊代表取締役は「こんなことが続くと経営的には破産」と頭を抱える。


 従来は子牛だけが襲われていたが、今年に入って体重約500㌔の成牛をはじめ成牛3頭が襲われて死亡。16日にも子牛が噛み殺されるなど、計6頭が被害に遭った。


 野犬は4頭ほどのグループで行動していると見られ、集団で牛を襲っているという。伊盛さんは「野犬が凶暴化し、大きい牛も襲われるようになった。牧場周辺にはジョギングする人や子どももいる。人間が襲われるのが心配」と訴える。


 牧場への被害を防ぐため、深夜も含め1日3回牛舎周辺を見回りしたり、野犬の繁殖を防止するため子犬を捕獲するなどの「自衛策」を進めているが、有効打にはなっていない。


 行政の対策も進まない。八重山保健所は「被害が継続していることは認識しており、ケースバイケースで対応している」、石垣市環境課は「わなを仕掛けているが、なかなか捕獲できないのが現状」と話すが、伊盛さんは「猟友会に委託するほかないのでは」と苛立ちを隠さず、最終的には野犬の銃殺しかないと指摘する。


 県自然保護課は「野犬が(銃殺の対象となる)有害鳥獣に該当する場合も有り得る」としているが「県内では猟友会に委託して野犬を銃殺したケースはない。慎重に判断しないといけないだろう」と話している。

2012年

11月

21日

健全なナショナリズムを 吉崎 富士夫

 いまさらですが、11月16日の衆議院解散に臨んだ野田首相の記者会見の主張にはまったくと言って良いほど賛同できません。


 とりわけ、今後の総選挙の争点となるとして掲げた外交・安全保障分野において、「強い言葉が必ずしも強い外交を意味しない」との趣旨の発言には耳を疑いました。


 なぜなら、政治家とは、少なくとも言葉を武器にして戦う職業であり、とりわけ力強い言葉で自国の主張を代弁するのは首相のきわめて重要な役割ではないかと考えているからです。周辺国の理不尽とも思える不当な領有権の主張に対して、きっぱりと強い言葉で言い返すことは、主権国家としての最低限の仕事です。すなわち、外交上の強い言葉は相手国に対する排除主義になるとの認識を示す野田首相は、すでに首相の器ではないという事です。


 そして、戦後67年間、この日本という国に健全なナショナリズムを体現する政治がなかったことが問題の本質であり、それを強い言葉の責任に転嫁することなどは許されません。全くの認識不足と言わざるを得ません。


 やはり、野田首相の今回の発言を通じて、現状の民主党政権には今後の日本の未来を託すわけにはいかないし、次期総選挙後に比較第一党として影響力を発揮することが日本のためになるかどうか甚だ疑問です。(千葉県市川市)

2012年

11月

20日

3月3日に内覧会 供用前に施設紹介 式典は1300人招待 新空港 

 新石垣空港開港式典・祝賀会実行委員会(会長・當間重美県八重山事務所長)の第2回会合が19日、県八重山合同庁舎で開かれ、新空港の供用開始前の来年3月3日に、住民向けの内覧会を開くことを決めた。新空港のさまざまな施設を紹介する。開港日は混雑を避けるため、見学を自粛するよう呼び掛けることにしており、県は「開港前だからこそ見れる施設を案内したい」と期待している。

 

 3月3日は日曜日でもあり、多くの住民が訪れやすいと判断した。
 内覧会で紹介する施設や時間帯など、詳細は今後詰める。ただ管制塔は「保安上の理由と、階段が狭小のため、人数をさばくのが難しい」、貴重種のコウモリのための人工洞は「大勢の人が訪れるとコウモリが住みつかなくなる」、人骨が発見された洞穴は「バスの確保が困難」としている。


 安全祈願祭と開港式典は3月2日に国内線ターミナルで開催する。式典には約1300人の関係者を招待する。内訳は国会議員、国、県、市、各種団体、新空港に携わった歴代の国、県職員など。祝賀会は式典の終了後、市内ホテルで開催する。


 初便就航セレモニーは供用開始予定日の7日で、出発便、到着便のいずれに合わせて開催するかも含め、今後検討する。航空機の発着前に「開港宣言」を行う。同日就航する予定の台湾、韓国からの国際便についても、セレモニーを行う方向で検討する。


 中山義隆市長は、奈良県橿原市の昆虫館から「式典で使ってほしい」とオオゴマダラ300匹の提供の打診を受けたことを報告した。

2012年

11月

20日

「北のカナリアたち」 きょうから整理券配布

映画のポスターを背に、多数の観賞を呼び掛ける中山義隆市長=石垣市役所
映画のポスターを背に、多数の観賞を呼び掛ける中山義隆市長=石垣市役所

 吉永小百合さんが主演する東映創立60周年記念作品「北のカナリアたち」が12月5日の昼夜2回、石垣市民会館で無料上映される。20日から、入場整理券を市役所秘書広報課で配布する。


 上映会(石垣市主催)は、稚内市と石垣市の友好都市締結25周年を記念して企画。映画の舞台の一つとなった稚内市が、上映機材を石垣市に提供し開催される。


 物語は、北海道の離島の分校に赴任した女性教師と6人の児童を軸に、児童の才能豊かな合唱と悲劇的な事故、20年後の教師と成長した教え子との再会を感動的に描く。3日から全国で公開中。


 整理券は八重山在住者を対象に、午前8時半から午後5時まで配布。1回の上映につき、整理券各1千枚を配る。日曜日の25日は午前10時から正午まで、各300枚を配布する。1人2枚まで発行。定員に達次第、終了する。


 上映会は昼が午後3時、夜の部は午後7時から。全席自由。館内で、吉永さんの音声メッセージも放送する。

2012年

11月

20日

ハゼとカニがバトル

「バトル」を繰り広げたハゼとカニ
「バトル」を繰り広げたハゼとカニ

 ハゼはエビと住みかを共生するなど、仲が良いイメージだが、同じ甲殻類のカニとはどうも相性が悪いようだ。16日、石垣島アンパルの干潟で干潮が始まり、陸が現れるころに、地上に出るハゼたち。


 そこにニョキニョキ穴から現れるカニたちは、もうエサの場所取りで争いながら、しきりに餌をつまんで口に運ぶ。


 そこを通りかかったハゼに「どけ!」とばかりちょっかいを出したのがヤエヤマシオマネキ。


 ミナミトビハゼは、背びれを立てて威嚇に入る。しつこく続いたにらみ合いの最中は、なかなか見られないミナミトビハゼの背びれの大公開となった。この背びれは、威嚇の紋様ということになる。

2012年

11月

18日

晴れの舞台 格調高く 合格者が圧巻の演奏 古典音楽コンクール

110人の合格者が晴れの舞台を踏んだ八重山古典音楽コンクール発表会=17日夕、市民会館大ホール
110人の合格者が晴れの舞台を踏んだ八重山古典音楽コンクール発表会=17日夕、市民会館大ホール

 第35回八重山古典音楽コンクール発表会(八重山古典音楽協会主催)が17日夕、石垣市民会館市民会館大ホールで開かれ、合格者110人が晴れの舞台を踏んだ。三線、筝曲、笛、太鼓の4部門で、難関を突破した合格者たちが独唱、斉唱、器楽合奏を華やかに繰り広げた。会場には大勢の聴衆が詰めかけ、受賞者たちの格調高い古典音楽の調べに聞き入った。

 

 発表会は合格者全員による「鷲ぬ鳥節」で幕開け。新人賞受賞者が「鶴亀節」を斉唱し、笛の新人賞、優秀賞受賞者がそれぞれ「千鳥節」「小浜節」を独奏した。三線と太鼓であやぱに賞を受賞した子どもたちは「でんさ節」「繁昌節」などを斉唱、かわいらしい姿で会場を沸かせた。


 器楽合奏では、笛最高賞の河﨑明子さんと太鼓の新人賞、優秀賞受賞者が「揚古見ぬ浦節」を演奏した。


 後半は、三線優秀賞を受賞した佐藤多恵さんの「大浦越路節」でスタート。同じく三線優秀賞の中田有美さんが「小浜節」の独唱を披露し、優秀賞受賞者が「赤馬節」を斉唱した。笛最高賞の河﨑さんは「月ぬまぴろーま節」を独奏、清らかな笛の音を会場内に響かせた。


 また、三線最高賞受賞は全員で「越城節」を斉唱。最高賞の新城弘康さんが「たらぐじぃ節」、本庄綾子さんが「仲筋ぬぬべーま節」、佐野明子さんが「しょんかね節」、譜久嶺マリナさんが「月ぬまぴろーま節」をそれぞれ情感豊かに歌い上げ、会場から大きな拍手が送られた。フィナーレは「弥勒節」で合格者たちが再登場。にぎやかに発表会を締めくくった。


 このほか華千の会與那國久枝八重山のおどり稽古道場、喜扇会山森喜代子舞踊研究所、八重山舞踊勤王流祥吉ちどり乃会ちどり舞踊教室が舞台に華を添え、大濱用能流保存会、安室流保存会、安室流協和会の3流派がそれぞれ八重山古典音楽を披露した。


 八重山古典音楽コンクールは優れた新人の発掘と育成、古典音楽の正しい継承発展を目的に毎年開催している。今年は三線、筝曲、笛、太鼓の4部門に220人が挑戦した。

2012年

11月

18日

石中女子が3位 女子で宮島(大浜)が区間新 県中学駅伝

1区間賞の宮島萌(中)、左に名護の岸本舞鈴、石垣の落合瑞穂=市中央運動公園外周
1区間賞の宮島萌(中)、左に名護の岸本舞鈴、石垣の落合瑞穂=市中央運動公園外周

 県中学校駅伝競走大会の八重山地区開催は6年ぶり。地元から女子は石垣、大浜、白保、石垣第二、竹富、男子は大浜、石垣、与那国、白保、石垣第二の10チームが八重山勢初の優勝を目指したが、女子は過去最高の3位に石垣が入った。男子は大浜の6位が最高だった。個人では女子の1区で宮島萌選手(大浜中3年)が10分16秒の区間新を出したほか、5区で識名寧音選手(石垣中2年)、男子の1区で、田原明宗選手(与那国中3年)が区間賞を勝ち取った。

 

 宮島選手は「目標は9分50秒台だったので悔しい。最初の1キロを出遅れたのが原因。次は全国都道府県対抗駅伝の県代表に選ばれるように頑張りたい」と気持ちを切り替えた。


 識名選手は「自己ベストを出せて、嬉しい。来年は今年の3位を1つでも上げ、全国、九州出場を決めたい」と決意を新たにした。


 田原選手は「序盤は集団の中で走り、しんどかった。残り1㌔で、ペースを上げ、誰も付いて来なくて良かった」と話した。


 八重山勢女子最高の3位に入った石垣中の當銘栗巻主将(3年)は「九州を目指していたので悔しいが、全員が全力の走りをしたので悔いはない。沿道の声援も力になった」、高屋沙織監督は「出場した5人中、4人が1、2年生のチーム。来年が楽しみ」と雪辱を誓った。八重山勢の順位は次の通り。


 【女子】
 ▽3位=石垣(43分35秒)
 ▽14位=大浜(45分15秒)
 ▽23位=白保(49分07秒)
 ▽24位=石垣第二(49分14秒)
 ▽25位=竹富(57分06秒)
 【男子】
 ▽6位=大浜(1時間05分58秒)
 ▽14位=石垣(1時間07分21秒)
 ▽21位=与那国(1時間08分53秒)
 ▽22位=白保(1時間09分34秒)
 ▽25位=石垣第二(1時間10分36秒)

2012年

11月

18日

石垣市台湾訪問団の「漁業権めぐり日台交流」の危うさ 徳松 信男

 11月14日(水)付八重山日報、また八重山毎日新聞でも石垣市からの台湾訪問団11人の一行の出発式の様子が両紙とも第一面に定期便就航要請と日台間の漁業権交渉の環境づくりという目標を伝えている。同日の日報の4面には早くも「漁業権めぐり日台交流、尖閣諸島領海侵入漁民と市長ら意見交換継続へ」の大見出しの記事が踊っている。

 

 そして宜蘭県蘇澳区漁会で意見交換会終了後に手をつなぐ中山市長と、同漁会の陳春生理事長が日台の国旗をおいたテーブルでにこやかに手をつないでいる。陳理事長は9月に中国漁船団が尖閣諸島沖の日本領海に侵入した際に、一方で漁業権保護を訴えるために同漁会が漁船団を組織して、陳氏が率いて領海侵入を行ったという。

 

 この記事を見て異様に感じたのは私だけではないので一筆書いたのである。蘇澳鎮の首長か宜蘭県の首長が相手なら話はわかりやすい、しかし領海侵入をした不法者と石垣市長が対等であるはずがない。


 さらに陳氏が「領有権争いと言う政治的問題により蘇澳と石垣の友好が損なわれてはならない。争いを棚上げにして資源を共有できるようにして欲しい」と挨拶したに対して中山石垣市長は「信頼関係を基に意見交換を重ねれば必ず問題は解決できると信じている」と応じている。

 

 尖閣諸島の領有権については日本領であることは国際的に確定していて領有権問題は存在しないと言うのが日本政府の公式の立場である。この問題で市長が意見交換を重ねることは出来ないのである。ここで陳氏は領海侵犯をしたことで八重山に多大の迷惑をかけたことに対し一言の侘びもないばかりか領有権の棚上げ論と資源の共有を求めている。

 

 中山石垣市長は、「尖閣諸島は私の町内である石垣市登野城に所属している。今後わが石垣市の領域である尖閣諸島の領海内に侵入しないように」と毅然たる態度で抗議すべきであった。その上で尖閣の領有権は日本にあるが漁業権の問題については別途話し合いをかさねたい、と応じるべきであったろう。

 

 今尖閣問題が争われるようになった経緯で中国の鄧小平が1978年に記者会見の席で尖閣の領有権棚上げ論を述べた。これに対して日本側は友好関係を重視して特に強力な反論をしていない。このことが後々禍根を残すことになったのである。国際社会では特に反論しなければ黙認したと受け取られるのだ。台湾の陳春生氏は老獪なしたたか者であろう。石垣市はそうした海千山千の連中を相手に市益を超えた国益に関わる問題を話し合えるであろうか。多くの市民がこの危うさを憂慮しているに違いないのである。

2012年

11月

18日

尖閣諸島の寄付金を生かせ 堤 静江

 尖閣諸島が国有化されてから、初めて日本人2人が尖閣諸島へ上陸したのは9月のこと。上陸した2人が立件されたので事件の動向に注目していたら、上陸した一人がミュージシャンのトクマ氏でありその後、東京都知事選に立候補していることを知った。


 東京都に寄せられた尖閣諸島購入寄付金は15億円にものぼるが、善意が生かされない内に石原都知事が辞職している。国有化には中国との密約があったとされている。「国が買い取ることで上陸もしなければ、建物も建てない。一切、現状維持で何もしない」と。


 トクマ氏たちはこの中国との密約を破ったことになり、中国を怒らせた勇敢な日本の侍といえるだろう。購入資金を支援した多くの国民は、国有化で善意が生かされないもどかしさを感じていると思う。


 トクマ氏の東京都知事選挙の主要政策のパンフレットに「尖閣諸島寄付金を有効活用し、尖閣諸島の久場島を東京都で購入する。魚釣島に建築物を建造する」とあった。これが実現すれば、寄付をした人たちも喜ぶのではないだろうか。


 魚釣島にはもともと、船を接岸させる設備があってほしいと言われていたと聞く。尖閣諸島は日本の領土だが、建築物を建てるなどして目に見える形で守らなければいけないと思う。中国は国内法を勝手に国際法にするような国だ。いつ尖閣諸島を奪われるかわからない。


 竹島は韓国によって実効支配され続けているが、尖閣諸島が中国に侵略されないように建築物を作った方がいいと思う。


 日本の領土を守るために寄付をしてくれた多くの人の善意を生かすことにもなるし、石原前都知事の意思にもつながると思う。(神奈川県横浜市)

2012年

11月

17日

天然記念物に津波石 災害の歴史伝承 東海岸にちらばる

国の天然記念物に指定される「安良大かね」。火山岩の一種の流紋岩で鉄分が多いため赤く見える。記録では、明和の大津波で50㍍以上移動したとされる=安良海岸。
国の天然記念物に指定される「安良大かね」。火山岩の一種の流紋岩で鉄分が多いため赤く見える。記録では、明和の大津波で50㍍以上移動したとされる=安良海岸。

 津波石が国の天然記念物に指定へ―。文化庁の文化審議会文化財分科会は16日、田中真紀子文科相に、石垣島東海岸の津波石群を国の天然記念物に指定するよう答申した。来年2月にも指定(官報告示)される。石垣島に関連する国の天然記念物指定は13件目。鉱物の指定は石垣市では初めて。

 指定されるのは石垣島の東海岸一帯にちらばる津波石、津波大石(うふいし)・安良大かね・高こるせ石・あまたりや潮荒(すうあれ)―の4個。大きさは推定重量1千㌧の津波大石=大浜=から、直径7・5㍍、高さ2・4㍍=の安良大かね(重量不明)まで、さまざま。


 津波大石は、2000年前の先島大津波によって打ち上げられたと測定。ほかの3個は明和の大津波(1771年)によって移動したと古文書に記されている。


 文化財分科会は、4個の津波石は、科学的検証と歴史的な裏付けによって、過去の大津波の規模を具体的に示し、学術上重要なだけではなく、自然災害の記憶を継承、防災意識の啓もうにも役立つと期待している。


 市教委は、指定後すみやかに津波石周辺の環境を整備するとともに、標柱と看板を設置、記念物の保護を図る。他の津波石も追加指定されるよう、国に働きかける方針。


 玉津博克教育長は「東日本大震災の記憶が新しい中、石垣の津波石が天然記念物に指定される。津波石の指定で、自然災害の怖さを文化財として記憶にとどめ、防災の大切さを全国に発信したい」と述べた。


 今回の答申で、宮古島市沖の八重干瀬(ヤビジ)も天然記念物と国の名勝に2重指定される。今年、県内からの天然記念物指定は、名護市嘉陽層の褶曲(しゅうきょく)と喜屋武海岸・荒崎海岸(名勝にも指定)=糸満市=を含め4件となる。


 [天然記念物]文化財保護法に基づき、貴重な動植物と地質鉱物、天然保護区域を文部科学大臣が指定。特に、世界的にも希少な対象は特別天然記念物に指定する。16日現在(今回答申含む)で1005件(うち特別天然記念物は75件)が指定されている。沖縄県関係では、特別天然記念物5件、天然記念物43件(今回答申含む)が指定されている。

2012年

11月

17日

チャーター便運航へ 新空港開港で復興航空 石垣―台湾 訪問団が会見

会見で、台湾訪問の成果を強調する中山市長らメンバー=石垣市役所
会見で、台湾訪問の成果を強調する中山市長らメンバー=石垣市役所

 国際定期便誘致台湾訪問団(団長・中山義隆市長)が16日、市役所で会見、新石垣空港開港(3月7日)に合わせ、復興航空(台湾)のチャーター便運航などを報告、定期便化へ引き続き交渉を続けていくと強調した。

 

 訪問団は地元経済関係者ら11人で構成。13日から2泊3日の日程で台湾を訪れ、石垣空港にチャーター便を運航している復興航空(トランスアジア)と華信航空(マンダリン)の担当者らに、新石垣空港への定期便就航を要請した。
 中山市長は、新空港開港日に合わせ、復興航空がチャーター便を運航すると明かし、「台湾政府ほか多くの関係者と意見交換でき、プロモーションは成功した。定期便就航へ一歩前進した」と強調した。


 訪問団によると、定期便就航の課題として、台湾側から、貨物用保税倉庫の整備や石垣から台湾への誘客、冬期の八重山観光のピーアールなどが挙げられたという。


 訪問団は、台湾への誘客に向け、八重山と台湾をパックにしたツアーを提案、台湾側も関心を示したという。


 一方、同行し、台湾漁業関係者と協議した八重山漁協の上原亀一組合長は、尖閣問題に触れ「台湾漁業者も現状に困惑していた。(尖閣では)私たちも譲れない部分がある。政府で交渉を進めるよう要望したい。台湾の漁業者とは県漁連レベルでも民間交流を進めていく」と話した。

2012年

11月

17日

「軍隊は住民を守らない」を読んで 宮良 長和

 十一月十四日の日報に「軍隊は住民を守らない」との見出しで戦争体験者の話が出ていた。大阪から来た修学旅行生への平和学習として、こちらの戦争体験者が語った話である。


 書かれていることは全部真実であると思う。しかし何となく釈然としない。素直に賛同出来ない。平和学習という言葉もおかしい。何故だろうかと考えてみた。


 軍隊云々が云われるのは何かあった時に限る。不幸にして戦争が起こって島に軍隊が駐屯した際に最も望ましい形態を順に並べると
 1、軍人が戦争で多忙なのにも拘わらず、職務の傍ら住民に気を遣い親切にしてくれるだけでなく、乏しい物資の中からいろいろ分けてくれる場合だろう。
 2、次は住民を全く放置無視して本来の任務だけ果たしている場合である。
 3、最も悪いのは住民を邪魔者扱いにする場合が考えられる。去った大戦で強制疎開によってマラリアに罹ったとか畑を荒らされたなどがあるだろう。強制ではなかった、早晩戦場になるかも知れない場所に住民だけ残して、軍人だけ山に避難するわけにはゆかなかった、という考え方もある。こんなことは人によって受け取り方が違う。
 4、次に飛行場建設に駆り出されたとか、そこで怠けて、または十分な仕事が出来なくて殴られた場合もあっただろう。


 以上はこの島に我が国の軍隊が来た場合に起こり得る事態である。しかし如何なる場合にも我が国の軍隊によって惨殺されることはまず無いと考えていい。沖縄戦ではそういうことも一、二例あったと、鬼の首でも取ったように喧伝する者もいるが、例外の無い規則は無い、という諺もある。それどころか、最近では親を殺害する息子、我が子を殺す親さえいる世の中であるから、戦争中の例は驚くに当たらない。


 いずれにしても外国の軍隊に占領されるよりは遥かにましである。万一戦争になって、外国の軍隊にこの島が占領されたらどうなるか.現にチベットやウイグルやモンゴルで起こっていることであるし、読者もとっくにご存じのことであるから繰り返さない。


 世界中いかなる国の軍隊にも、国家にも、人格者はいるし与太者もいる。先の大戦中にもいろいろなことはあっただろう。しかし、だから軍隊は無用の長物というのは余りにも短絡的な考えであると思う。


 とにかく現在の沖縄は先の大戦を身をもって体験したせいか、いまだに憲法九条信奉者が多く、戦争はまっぴら、ついでに自国の軍隊までも毛嫌いする人々が多い。勢い日米同盟で沖縄に駐留している米軍も悪者、邪魔者扱いである。二、三日前の日報にも出ていたが、大新聞は、同程度の犯罪で沖縄人のそれが遥かに多くても、余り取り上げないのに、米軍の犯罪なら一、二件でも、これ見よがしに誇大に吹聴するだけでなく議会でも取り上げる。


 私は米軍もオスプレイ、抑止力として絶対必要と考える。小さな島国で育ったせいか、長いものには巻かれろの精神からか、この頃の沖縄の騒ぎ方を見ると、まるで中国の肩を持っているようにさえ見える。中国が力をつけてくると、これからは中国についた方がいいと思うのだろうか。

 

 ムヌクイシドウワガウスウという品性下劣な言葉さえある。しかし中には死んでも中国には占領されたくない、その為には軍備も必要と考える者もいるのである。万一中国に占領されたら、こんなことを書いている私などは真っ先に…後は書かないでもわかる。

2012年

11月

16日

尖閣諸島問題で対立を深める日中…

 尖閣諸島問題で対立を深める日中だが、中国に続き、日本でも近く新政権が誕生しそうだ。対話を仕切り直すチャンスかも知れないが、共産党の新書記に選出された習近平国家副主席は「中華民族の偉大な復興実現のために引き続き努力奮闘する」と述べ、対日強硬姿勢を続ける姿勢を示唆した◆日本で新政権が誕生した場合でも、尖閣問題に関しては原則論を堅持し、現政権以上に毅然たる姿勢を取るべきだ。場合によっては中国との目先の関係など犠牲にするくらいの覚悟が必要だし、そうした政府の姿勢を地元の市民も支持するだろう◆ただ、どこかで落としどころは必要だ。アイデアを一つ。国が尖閣を石垣市に無償譲渡し「市有地」にしてしまったらどうか。そして市が事業主体になり、粛々と港などの施設を整備すればいい◆中国も日本政府が相手なら猛反発できるが、ちっぽけな島の石垣市が相手では、大国のメンツにかけて抗議などできまい。中国は、歴史的に長い付き合いがある沖縄に特別な親愛の情を持っているという話もある。中国が国内向けに「日本は国有化を撤回した」と説明することも可能になる。そうならなおさら、事は穏便に済む◆いずれにせよ、東京都の購入を阻止するためだけの「国有化」など愚策だったことは明らかだ。

2012年

11月

15日

発展的解消論も 相談件数、年々減少 石垣市

壊れた道路の応急処置を行うすぐやる課の職員(同課提供)
壊れた道路の応急処置を行うすぐやる課の職員(同課提供)

 2010年6月に設置された石垣市すぐやる課の相談受け付け件数が年々減少傾向にある。同課がまとめた今年度の相談受け付け件数は10月末現在、月平均で37件となり、前年度を5件下回った。相談は多くが公共施設の維持管理に関する内容のため、来年度の機構改革で、同課を「維持管理課」に改編するよう求める声も出ている。同課は中山義隆市長が市長選の公約で掲げた「肝いり」の課だけに、市長の判断に関心が集まりそうだ。

 

 同課のまとめによると、月平均の相談件数は2010年度88件、11年度42件、12年度37件と推移しており、12年度は初年度に比べ6割近い減少になっている。


 同課は、市民から市に寄せられた苦情を担当課に「つなぐ」業務が多い。平良守弘課長は「苦情を直接、担当部署に連絡するケースが増えているのでは」と見ている。


 相談内容は蜂の駆除、道路の舗装・補修、街灯・防犯灯の新設・修繕などが多い。道路が壊れている場合などは、職員が土嚢を運んで応急処置することもある。市民からは「迅速に対応してもらってありがたい」という声が寄せられているという。


 平良課長は13日、市議会総務財政委員会の所管事務調査で「業務は公共施設の維持管理がほとんどなので(機構改革で)維持管理課の創設を申し入れている」と報告した。


 同課の今後の位置づけに対し、野党からは「たらい回しの苦情は今でもある」「発展的に解消するべきだ」という声も出ている。


 しかし与党の平良秀之氏は「相談件数が少ないからと言って結論を出すのではなく、市民の意見を聞くべきだ。(市民の要望に迅速に対応するという)職員の意識を高めるために、すぐやる課は必要だ」と述べた。


 同課の場所を現在の2階から、市役所を利用する市民の目につきやすい1階玄関口近くに移動するアイデアも出ている。


 同課の相談件数は10年度(10ヵ月)877件、11年度504件、12年度(7ヵ月)248件となっている。

2012年

11月

15日

通信訓練ほぼ終了 あかんま撤収で草刈り 陸自

野営していた「あかんま」で草刈りする自衛隊員(14日午後)
野営していた「あかんま」で草刈りする自衛隊員(14日午後)

 石垣市で通信訓練を行っていた陸上自衛隊第8師団第8通信大隊は14日、訓練をほぼ終え、野営していたサッカーパークあかんまを撤収した。隊員はボランティアで周辺の草刈り作業をした。


 石垣入りしている隊員は約20人。訓練の資機材が島外に搬出される20日ごろまでは市内にとどまり、民間の施設で宿泊する。必要に応じて予備的な訓練が行われる可能性もあるという。


 隊員は市民の施設利用に対する配慮などから、施設内で宿泊しなかった。同大隊の幹部は「訓練の目的を達成できた。石垣市と市民の皆さんに感謝している」と話した。

2012年

11月

15日

甦れ!川平湾 辻 維周

海底から赤土の塊を持って浮上する中山市長(辻さん撮影)
海底から赤土の塊を持って浮上する中山市長(辻さん撮影)

 2010年7月20日、私は珍しく緊張していた。まだ市長に就任して間もない中山義隆氏を、川平湾の海底に案内し、現状を知ってもらうその日に当たっていたからである。


 川平湾の汚染は我々が石垣にやってきた2000年ごろよりもはるかに進み、COD(化学的酸素要求量)も6~10ppm(東京湾深奥部並みの汚れ)を記録することもあった。また透明度も極端に悪化しており、さらに大雨が降ると湾内の潮抜けが悪いために、水深3m付近まで塩分濃度は1%前後まで薄まり、真珠貝も相当数死んでゆくという最悪の状態に陥っていた。

 

 それまで川平湾の汚染を行政に訴え続けていた琉球真珠の仲野専務の協力を得て、調査のために潜ってみると、水深13m以深の透明度はほぼ0で、あたり一面珊瑚の死体が散らばる死の世界になっていた。


 この現状を中山市長にお話ししたところ、「ぜひ一緒に潜ってみたい。早いほうがいいので7月20日に決めましょう。」とのことであった。私はすぐさま懇意にしているカマンタ・ダイビングクラブの富岡さんに相談すると、市長の潜水調査に協力してもらえることになった。


 潜水調査当日、まず久しぶりの潜水となる市長に勘を取り戻してもらうためのリフレッシュダイビングを行い、その後、川平湾内へと船を進めた。


 富岡さんは、ボートはもちろんのこと、ご自身のほかに2名のサポートダイバーまで用意してくださり、私を含めて4名で市長をガードしながらの潜水が始まった。


 水深17mの海底に到達すると、思った通り透明度はほぼ0であり、市長もあまりの酷さに驚いた様子で、目を皿のようにして視察を続けていた。そして自ら、堆積した赤土の中に手を入れ、それをすくい取って海面まで持ち上げようとしていた。


 浮上してしばらく呆然としていた市長は、気を取り直した様子で、記者のインタビューに「海底は田圃のようだった。これは早急に手を打たねば大変なことになる」と答え、帰港する船の中でも深刻な表情をしていた。


 その後、我々も川平湾の調査を続けるとともに、その都度結果を報告しに市長室を訪れた。市長は「国立公園内にある川平湾は、法の規制が厳しいのですが、このまま放置しておくわけにはゆかないので頑張ります。」と言ってくれていた。そして前市長では成しえなかった川平湾の浄化事業が、やっと今、調査と言う第一歩を踏み出したのである。


 川平湾は市の財産のみならず、県の、そして国の宝である。国や県には下らぬ縄張り意識や建前論を排除して、一刻も早く元の川平湾に戻すよう、努力していただかねばならない。


 さらに、浚渫した赤土を有効利用するため、そのまま投棄するのではなく、市の特産品として焼き物などに加工することも決して忘れてはならない。

2012年

11月

14日

「一括交付金バブル」―。市民では…

 「一括交付金バブル」―。市民では、今の八重山の行政の状態をそう呼んでいる。沖縄振興のために用意された一括交付金だが、行政の各部署が湯水のごとく予算を執行しているように見える。いや、失行と書くべきかもしれない。与えられた予算を使い切ることに知恵を使っているが(絞ってとは言いたくない)、将来の八重山のビジョンが見えない◆航空運賃の補助や貨物運賃に対する事業は、各種産業への刺激となり、効果が期待できるものの、それは県の事業。石垣市が企画・立案する事業に産業の起爆剤となるよう期待できる事業は少ない。これまで予算化が遅れた事業を一括交付金での事業に割り当てた印象が強い◆石垣市議会の委員会で議員が「行政主導で見切り発車」と、批判する声が上がったが、もっともな意見である。離島のハンディの克服や地域発展に繋がる事業・施策を市民や産業界から聴取し地域振興に役立てるべきだが、そうなっているとは言い難い◆その上、市当局は来年度の一括交付金事業を「継続事業の予算を確保した上で、余った分を新規事業に振り向けたい」と述べるなど、今年度の事業に太鼓判を押したようだ◆八重山の将来を見据えた新しい産業や観光メニューの調査・研究費などに使っても良いはずだが…

2012年

11月

14日

尖閣寄付 770万円に 12月議会で基金設立へ 石垣市

 石垣市が尖閣諸島(登野城)の維持管理のため募っている寄付金は、13日までに409件で772万円余に達した。東京都の購入計画と歩調を合わせて6月に寄付口座を開設した経緯があるが、国有化決定後も寄付金の募集は継続。12月議会で寄付金を活用した基金を設立するための条例案を提案する。

 

 市ホームページでは、寄付金は尖閣の「適正な維持管理」に使用すると記載。具体的な内容として①尖閣と周辺海域の調査保全・活用②水産基盤(港など)の整備にかかわる調査―などを挙げた。


 尖閣諸島ではヤギの食害による環境破壊が懸念されていることもあり、市は上陸調査の必要性を再三訴えている。


 寄付金の使用目的である「維持管理」のためにも上陸は不可欠。しかし国は尖閣の領有権を主張する中国に配慮し、これまで政府関係者以外の上陸を認めていない。市議会野党からは「基金を設立しても使い道はあるのか」と疑問の声も上がっている。


 市企画政策課は「これまで国が上陸を認めなかった理由の一つに『地権者の意向だから』ということがあった。国有化されたことで、上陸を認めやすい環境になったのでは」と期待する。


 12月議会では尖閣諸島寄付金基金条例案を提案するが、野党には、条例案の提案に先立って寄付口座を開設したことに「都の購入計画に合わせてアドバルーンを上げたせいだ。事前に議会の同意を得るべきだった」(宮良操氏)との批判がくすぶる。


 基金が設立されても、衆院選後の政権が中国の猛反発を押し切り、市の上陸申請を認めるかどうかは見通せない。寄付者の善意を生かす形で寄付金を活用できるかどうかは、今後の日中関係や国内政局の行方にも影響される。


 寄付金は沖縄銀行、琉球銀行、沖縄海邦銀行、ゆうちょ銀行の口座で受け付けている。市ホームページには、寄付者に対する中山義隆市長の「お礼」を掲載している。

2012年

11月

14日

定期便就航要請へ 尖閣問題で漁協と協議も 台湾訪問団

台湾訪問団の出発式に臨む中山市長(中央)ら参加者=12日午前、石垣空港
台湾訪問団の出発式に臨む中山市長(中央)ら参加者=12日午前、石垣空港

 来年3月の新石垣空港開港に向け、台湾からの定期便就航やチャーター便の運航活発化を要請する台湾訪問団が13日、石垣空港から出発した。中山義隆市長を団長に、経済団体の代表など11人が顔をそろえるトップセールスの訪問団。総勢11人。3泊4日の日程で台北の航空会社や政府の担当部署などを回る。

 

 市の姉妹都市、蘇澳鎮も訪れ、鎮長らのほか、現地の漁協の代表者とも意見交換する。尖閣諸島問題で日本と台湾の間にも緊張感が走っているが、中山市長は「漁業権について話し合う環境づくりになれば」と期待する。


 石垣空港で開かれた出発式で中山市長は「石垣から一番近い外国である台湾としっかり友好を推進し、経済的な交流も活発化したい。ぜひ定期便を就航させたい」と決意表明した。

2012年

11月

14日

自転車泥棒から学ぶ事 奥間 政和

 カーラジオから聞こえてきた、パーソナリティの声、自転車の盗難被害についてのコメントです。


 「二重ロックを心がける事!二重ロックをしていないと盗難に遭います。ちょっと離れる場合でも二重ロックを忘れないで!」聞いているうちに少し違和感がありました、自転車を盗む人、乗り捨てていく人が悪い人(犯罪者)ですよね。この人たちに対しての道徳的に注意するコメントはありませんでした。石垣市の自転車窃盗の年間の発生件数は年間140件から160件ぐらい発生しています、石垣の人口からしてもかなりの件数だと思います。


 ラジオからのコメントを聞いていると「二重ロックしていなかったあなたが悪い、あなたが注意(ロック)を怠ったために自転車が盗まれてしまった」「犯罪を誘発していたのは二重ロックしていなかった、あ・な・た!」 「チェーンキーで電柱に巻いていなかった。あ・な・た!」に問題があると聞こえてきました。


 とんだお門違いだ!悪いのは自転車を盗んで乗り捨てた人間が悪いに決まっている。責任を問われるのは盗んだ人で、盗まれた人ではない!と。普通多くの人がそう思います。


 でも実はそうではなかったんです。私の考えは甘かった。自転車を盗む人は残念ながら必ずいる。年間百何十件と、という事は大切な自転車(領土、財産、自由)は自分で守らないといけない。間違いなくこれが「世界の常識」。


 この自転車盗難の問題を「尖閣問題」に置き換えてみると、とてもわかりやすいと思いました。そう盗む人(中国)は尖閣諸島を狙っています。領有権、資源もあり太平洋に進む事も超簡単!尖閣諸島だけではなく宮古、八重山、沖縄本島をも狙っていると思われます。それを未然(重要。事が起こる前に!)に防ぐには二重、三重、四重、沢山の鍵(ロック)が必要です。


 海上保安部、海上自衛隊、航空自衛隊、陸上自衛隊、もちろん同盟国であるアメリカ軍等が鍵になってくると思います。武力だけではなく。


 もちろん教育も、中立公正な報道(マスコミ・メディア)民主主義の中で偏向報道というのは存在してはいけない、それが民主主義(自由)昔、父に聞いた「オジー(祖父)なんかの時代は家にかぎかけなくても良かったんでしょ、本土の人が聞いたらびっくりってよ!」と言いました。


 父の答えは「あたりまえさ!盗られるもの何もないのにな~」って、なーるほどと思いながら大笑いした事を思い出します。


 中国が尖閣諸島の領有権を言い始めたのは1968年頃に尖閣諸島近くに地下資源が見つかってからだと聞いた事があります。チベットの方ではレアアース(希少価値の高い金属)、南沙諸島の方でも海底油田、漁業権を狙い中国は軍隊を常駐させていると聞きました。沖縄にはアメリカ軍の嘉手納基、航空自衛隊の那覇基地がありますが、ここ石垣、宮古、与那国へはありません。


 そうなんです鍵をかけていない自転車とまったく同じなのです。
 二重、三重、四重の鍵をかけていない方が問題なんです。犯罪を誘発させてはいけないんです。大切な物があり、守らなければならないものがあるところはしっかりした鍵が必要なんです。今話題のMV―22オスプレイ、新聞・メディア等では叩かれていますが、滑走路の無い離島の災害、有事の際は非常に心強い航空機だと思います。


 国民がリスクを負わずしてその国の平和は守れない、重要なのはパワー・オブ・バランスだと思います。


 自分の自転車は自分で守る、自分達の国は自分たちで守る!私も自転車には最低2個以上の鍵をかけようと心に誓いました。鍵を沢山かけると「盗っちゃお~」という気持ちはなくなるでしょう!

2012年

11月

13日

「通信の重要性感じた」 中山市長が訓練視察

訓練で使用する通信機器について自衛隊員から説明を受ける中山市長=12日午前、バンナ公園
訓練で使用する通信機器について自衛隊員から説明を受ける中山市長=12日午前、バンナ公園

 大規模災害などの非常時に、石垣島と沖縄本島、九州などとの通信が正常に作動するかを確認する陸上自衛隊西部方面隊の通信訓練が10日からバンナ公園で始まった。11日には中山義隆市長が訓練の様子を視察した。


 陸自によると、通信訓練が実施されるのは石垣島、西表島、与那国島のほか九州、沖縄本島、多良間島。第8師団第8通信隊(熊本)の隊員ら約20人が石垣入りしている。


 11日には、ヘリで撮影した石垣島の映像を九州に伝送する訓練などが行われた。訓練場に設置された車両や通信機器を視察した中山市長に、隊員が「ハイビジョンでリアルタイムに映像を伝送できる」と説明。大災害などで有効活用できると強調した。


 視察は中山市長が希望した。市長は「訓練がどういう状況で行われているのか把握したかった。離島で大災害が起こった場合の通信の重要性を感じた」と訓練を評価した。

2012年

11月

13日

「市役所移転」議論に 美崎町の将来像示す 再発構想策定へ検討委発足 石垣市

建て替えの構想がある石垣市役所
建て替えの構想がある石垣市役所

 石垣市の中心市街地に位置し、石垣港と隣接する重要なエリアでもある美崎町の将来像を考えようと、美崎町再開発構想検討委員会(野原正栄委員長)が12日発足した。来年3月に同構想を策定し、市長に報告する。初会合では委員から、現在美崎町にある市役所が、建て替えの際に地域外へ移転するかどうかが「重要なポイントになる」と指摘する声が上がった。

 

 美崎町は「都市の中枢機能があり、海上交通運輸の拠点である石垣港とも隣接する重要なエリア」と位置づけられている。同構想では、現状や周辺状況の変化に応じた将来ビジョンを明らかにする。検討委の委員は市の推薦3人、公募3人、市職員2人の計8人。


 市健康福祉センターで中山義隆市長が委員に委嘱状を交付したあと、初会合が開かれた。野原委員長は、今年で築42年を迎え、老朽化が進む市役所の建て替えについて「一番重要な問題だ」と指摘。


 やいま大通り会の大城文博委員は「市役所が移転すると地域が空洞化し、臨時職員も含め千人ほどの食事を提供する店の死活問題になる。移転はできるだけ避けてほしい」と要望。美崎町自治公民館青年部の砂川佳之委員も「(石垣市の)東側にショッピングセンターなどができているのに、市役所が東側に移転すると、まちのバランスがおかしくなる」と述べた。


 事務局の都市建設課は、検討委に市役所の位置を決定する権限はないと説明。市役所については、移転した場合、しない場合のメリット、デメリットを列挙する形で構想に盛り込むことになるという見通しを示した。


 委員からはほかに、旧離島桟橋の現状について「あれだけ市街地に近いのに、夕方になると人が歩いていない。人が集まれるように開発してほしい」(みなと通り会の森田安高委員)と要望する声も上がった。


 検討委は今月28日から、港に近い地域でまちづくりを進めている福岡県、山口県の先進事例を視察する。来年2月までに3回の会合を開き、構想を取りまとめるスケジュールになっている。

2012年

11月

13日

赤土?19㍍堆積も 県の音波調査で判明 環境改善へ検討委設置 川平湾

2010年7月、川平湾の海底。透明度はほとんどゼロで、堆積した赤土の中には穴じゃこが生きていたものの、それ以外は珊瑚の死体と奇形のクサビライシサンゴが存在しているのみだった。(写真撮影=辻維周)
2010年7月、川平湾の海底。透明度はほとんどゼロで、堆積した赤土の中には穴じゃこが生きていたものの、それ以外は珊瑚の死体と奇形のクサビライシサンゴが存在しているのみだった。(写真撮影=辻維周)

 赤土などの堆積で環境汚染が進む石垣市川平湾をモデルに、環境改善に向けた方法を検討する「閉鎖性海域における堆積赤土等の対策手法検討委員会」(委員長・仲座栄三琉球大工学部教授)の初会合が12日、大浜信泉記念館で開かれた。川平湾の音波探査で、赤土の可能性がある堆積物が深いところで19㍍に達していることが報告された。検討委は今後、浚渫(しゅんせつ)を含めた対策の可能性について論議し、来年度に実施計画を策定する。

 

 検討委は県が設置し、委員は工学、土木、生物学などの専門家と行政代表の6人で組織。今年度から2年間かけて論議を進める。


 通常の海域での赤土流出対策とは異なり、川平湾を「閉鎖性海域」と位置づけ、独自の対策モデルを策定したい考え。


 事務局の報告によると、川平湾の中央部に沿って数箇所で実施した音波探査では、深いところで13~19㍍の堆積物があった。今後は堆積物の年代測定や成分分析を行い、堆積物が赤土かどうかも含めて明らかにする。


 川平湾に流入する河川は大小19箇所あり、周辺ではサトウキビやパインが栽培されていることも報告された。


 委員からは、堆積物の内容も含め、現況調査を徹底するよう求める声などが出た。


 川平湾はグラスボート、シュノーケリング、干潟観察、カヌー、真珠養殖など多様な利用が進んでいる。


 県は今後、地元との意見交換会を開きながらゾーニング(区域分け)し、浚渫も含めて、それぞれの区域に応じた改善方法を検討。沈砂地整備などのハード面の対策、環境学習充実などソフト面の対策を提言し、実施計画を取りまとめる。

2012年

11月

13日

米軍人による性犯罪報道に意見する 友寄 永三

 沖縄県警が発表した資料によると沖縄県民による性犯罪は、今年9月だけで21件起きているそうです、内訳は被害者の内7人が高校生、14人が中学生です。この資料はあくまでも未成年者のみを対象にした資料なので成年者を含めると数はもっと増えると思われます。


 しかし、未成年者が被害者でもこれだけ多くの性犯罪があるのにそれの報道はほとんどなく(新聞の隅に小さく載るだけ)、米軍人の性犯罪に対しては、新聞、ラジオ、テレビ、議会あらゆる場所で抗議の声が上がるのは何故でしょうか?


 一般的に多くの人が米軍人の性犯罪があまりにも多いから仕方ない事だと考えているのかもしれません。ところが2009年からの3年間で米軍人による性犯罪は1件も起きていないのです。意外に思われると思いますが、過去16年さかのぼっても年平均1件の犯罪率なのです。


 つまり、反米思想の沖縄マスコミの印象操作によって米軍人の性犯罪が多いと思わされているのです。米軍人のトラブルはすぐにニュースになるのですが、よく調べるとそうでなかったというケースが殆どです。ちゃんと調べがついてなくとも米軍人の事件ならすぐにニュースで流してもいいと言わんばかりです。


 今年10月に起きた女性に対する米軍人による暴行事件で沖縄中の報道機関が一斉に声を上げ、新聞は何日も1面トップで報道し続け、テレビは何度も放送し、ほとんどの議会で抗議決議文を採択する姿勢は異常にも見えました。全体主義の島沖縄を印象づけた感さえあります。このように書くと、その事件を軽く考えていると思われるかもしれませんが、私が主張したいのは、先に挙げた沖縄県民の起こした性犯罪の報道と比べてどうかという事です。


 どうして犯人が沖縄県民ならマスコミは目をつぶるのでしょうか?沖縄県民の犯罪は許せて、米軍人の犯罪は許せないというのでしょうか?それこそ沖縄のマスコミが常に批判している差別なのではないでしょうか?加害者が誰かによって報道に差が出るのは、報道姿勢としておかしいと言いたいのです。


 米軍人の4年に1度の事件をあれほど報道するなら、沖縄県民の犯罪によって、月に21件それも未成年者が性犯罪に巻き込まれている事をもっと報道しなければならないと思うのは私だけではないと思います。


 ある人が言いました「犬は人をかんでもニュースにならないが、人が犬をかめばニュースになる」と沖縄の人が性犯罪を起こすのはニュースにならないが、(よくあるから)米軍関係者が性犯罪を起こすとニュースになる、(ほとんどないから)と揶揄されてもしょうがない気がします。沖縄のマスコミにはいいかげんに反米親中の偏向報道はやめて、県民に公正公平な真実の報道をしてほしいものです。マスコミのイメージ操作により沖縄県民を間違ったほうへミスリードしてしまいます。


 アメリカには、大統領選の討論会や政策などで大統領候補者が言った言葉をチェックするファクトチェッカーという機関があるそうですが、本来ならマスコミにはそういう間違いを正す役割を果たして頂きたいものだと思います。

2012年

11月

11日

〝見切り発車〟に事業者反発 「学童保育否定している」 預かり保育拡大で対応協議

市の預かり保育拡大を受けて対応を協議する市学童保育連絡協議会の小底会長(右から2番目)ら=10日午後、大浜信泉記念館
市の預かり保育拡大を受けて対応を協議する市学童保育連絡協議会の小底会長(右から2番目)ら=10日午後、大浜信泉記念館

 石垣市が、幼稚園の預かり保育を新たに4園拡大することを受け、「民業圧迫」と反発している市学童保育連絡協議会(小底弘子会長)は10日、大浜信泉記念館で会合を開いた。参加者からは「われわれの存在を否定している」などと怒りの声が相次いだ。小底会長らは12日記者会見し、協議会の立場を説明する。

 

 会合には学童保育の代表者ら6人が参加。市教委が事業者と十分に調整しないまま預かり保育の拡大に踏み切ったことについて「今まで行政が預かり保育をやってこなかったから、われわれがやってきた。市はわれわれを愚弄しているとしてか思えない」と指摘する声が上がった。


 中山義隆市長は市長選で、全幼稚園に預かり保育を拡大する公約を掲げた。参加者は「実情を検証せずに、公約だからやる、というのは人気取りだ」と批判した。


 参加者によると、預かり保育の拡大には幼稚園でも反対する声があるという。参加者の1人は「先生からは『(預かり保育が実施されると)現場は大変だ。反対して、つぶしてほしい』という声をいっぱい聞いている」と話した。


 同協議会は8月、預かり保育の拡大は学童保育などと話し合いながら進めるよう求める要請書を中山市長に提出。市は9月に回答し、同協議会と話し合いを持つ方針を示したが、実際には話し合いはなく、今回の実施園拡大も見切り発車だったという。協議会では、市に対し改めて話し合いを要求する声も上がった。


 市議会総務財政委では市教委の担当課長が、預かり保育の拡大について「幼稚園教育振興会議に学童保育の代表者を入れて話し合っている」と答弁した。
 しかし代表者として参加している男性は、この日の会合で「学童保育の代表として参加したのではない。利用された」と市教委に抗議したことを明らかにした。担当課長も答弁の誤りを認め、男性に謝罪したという。


 市議会では総務財政委の野党議員が「虚偽の答弁があった」として預かり保育を拡大する予算案に反対したが、予算案は与党の賛成多数で可決された。

2012年

11月

11日

温室効果ガス倍増も 波照間の観測成果紹介 あすステーション一般公開

シンポジウムで登壇者の発表を聞く参加者(10日午後)
シンポジウムで登壇者の発表を聞く参加者(10日午後)

 国立環境研究所が「地球環境モニタリングステーション波照間」を波照間島に設置して20周年を迎えることを記念したシンポジウム「八重山から地球環境の変動をとらえる」が10日、石垣市内のホテルで開かれた。同ステーションが取り組んでいる温室効果ガス観測で、代替フロン類が急増していることなどが報告された。12日には波照間島で施設の一般公開が行われる。

 

 発表者のうち、国立環境研究所環境計測研究センターの横内陽子フェローは、オゾン層を破壊するフロンに代わり、中国など東アジアで使用されるようになった「代替フロン類」の観測について取り上げた。


 代替フロン類は強い温室効果を持つため、地球温暖化への悪影響が懸念される。同ステーションは2001年から3年間かけて観測設備を整備し、04年から観測を開始。10年までの7年間で、代替フロン類の観測量が種類によっては倍増したと報告した。


 横内フェローは「波照間島には代替フロンを排出する工場などがないため、観測場所としては非常に適している」と話している。


 国立環境研究所地球環境研究センターの向井人史副センター長、遠嶋康徳主席研究官、同研究所生物・生態系環境研究センターの山野博哉主任研究員は、高濃度の二酸化炭素やメタンによる空気汚染の観測やサンゴの研究などについて発表した。石垣島地方気象台の中川慎治台長も登壇し、八重山地方の気候変動を紹介した。


 12日の同ステーション一般公開は午後1時から10時まで。一般参加者に温室効果ガスなどの観測現場を見てもらう。波照間公民館でも午後1時から8時まで、ポスターなどの展示がある。

2012年

11月

11日

学習成果を展示 きょう華やかに舞台発表 中学校文化祭

八重山地区中学校総合文化祭が始まった。展示作品を眺める中学生たち=10日午後、市民会館中ホール
八重山地区中学校総合文化祭が始まった。展示作品を眺める中学生たち=10日午後、市民会館中ホール

 「今紡ごう文化の糸 仲間と織りなす感動舞台」をテーマに第18回八重山地区中学校総合文化祭(八重山地区中学校文化連盟主催)が、10日から石垣市民会館で始まった。2日間の日程で3市町の20中学校と八重山特別支援学校中学部が出品した美術や書道、家庭科の作品など900点以上が展示されている。また、11日午前9時30分から舞台発表が大ホールで行われ、郷土芸能や創作ダンスなどが華やかに演じられる。


 総合文化祭は、郡内の中学生が一堂に集い、日ごろの文化活動を発表する場として毎年開催されている。


 オープニングセレモニーで、地区中学校文化連盟の新田健夫会長は「毎年充実した展示内容で嬉しく思う。躍動する中学生の文化を見せてほしい」とあいさつした。


 引き続き、文化祭テーマ考えた友利華音さん(竹富中1年)、ポスターを制作した黒島陽さん(石垣中3年)、新田会長ら関係者たちがテープカットを行った。


 展示の部は中ホールと展示ホールで行われ、職場体験の壁新聞や書道、短歌、理科の自由研究、洋服をリメイクしたバッグ、本棚やイスといった木工作品など、生徒たちが日ごろ授業で取り組んだ作品が並んでいる。会場には各中学校の生徒や保護者が訪れ、展示作品を興味深そうに見ていた。


 舞台発表は11日午前9時30分から行われる。郡内15校が出演し、合奏や合唱、郷土芸能、創作ダンスなどを披露するほか、少年の主張や英語弁論の発表もある。

2012年

11月

10日

預かり保育拡大で紛糾 市長「公約だから必ずやる」 野党反発、与党で可決

市議会本会議で一般会計補正予算に起立して賛成する与党(右側)=9日午前、議場
市議会本会議で一般会計補正予算に起立して賛成する与党(右側)=9日午前、議場

 石垣市議会(伊良皆高信議長)臨時会の本会議が9日開かれ、一括交付金を活用して預かり保育を4園拡大する事業費などを盛り込んだ1億8816万円の一般会計補正予算案を与党の賛成多数で可決した。野党は、預かり保育の拡大が民間の学童保育などと競合し「民業圧迫」になると反発して反対に回り、審議は紛糾した。中山義隆市長は、市長選で掲げた公約で、預かり保育を全幼稚園に拡大する方針を示している。

 

 野党の前津究氏は、預かり保育の拡大をめぐり、市教育委員会と民間事業者の話し合いが現在まで行われていないと指摘。「市長の公約であり、地域にニーズがあることは理解しているが、行政の進め方が問題だ」と追及した。


 予算案に反対討論した石垣三雄氏は「(現状のまま預かり保育が拡大されると)これまで頑張ってきた民間の学童保育の経営が崩壊してしまう」と危惧した。


 これに対し中山市長は、休憩中の野党の質問に対し「(全園での預かり保育実施は)公約だから必ずやる」と明言。預かり保育の拡大と、民間事業者に対する支援策は「別の話」と述べた。


 予算案を可決した総務財政委員会委員の宮良操氏は「(市教委と事業者が話し合ったという)誤った説明を受けて決議をした。委員会に差し戻して審議するべきだ」と要求。


 同委員会の平良秀之委員長は「現場との意見交換が足りなかったことは真摯に受け止めている。委員会ではしっかり指摘できなかった」と反省。ただ「総務財政委員会では、一人ひとりが責任を持って決議した」と、決議の撤回には応じなかった。


 崎山晃学校指導課長は、8日に予定していた民間事業者対象の説明会が中止になったことを報告し、15日ごろに改めて説明会を開催する方針を示した。
 予算案には与党11人と知念辰憲氏が賛成、野党8人が反対した。

2012年

11月

10日

黒島さんが3位入賞 八商工から全国大会へ2人 県高校生中国語発表

全国大会へ出場する(右から)黒島さんと伊良皆さん=9日午後、八重山商工高校
全国大会へ出場する(右から)黒島さんと伊良皆さん=9日午後、八重山商工高校

 第8回県高校生中国語発表大会(県高校中国語教育研究会主催)が10月27日、沖縄本島の県立博物館・美術館で行われ、八重山商工高校(友利成寿校長)商業科情報ビジネスコース2年生の黒島友美さんが漢詩の部で3位に入賞し9日、同校で受賞報告が行われた。黒島さんと、初級の部に出場した商業科観光コース2年生の伊良皆カンナさんは12月8日、京都外語大学で開催する全国高校生中国スピーチコンテストに出場する。


 発表大会は漢詩・入門・初級・中級の4部門があり、それぞれ課題文をスピーチして発音、暗唱、流暢、表現力で審査される。


 今大会には県内9校から35人が参加。同校からは中国語を専修する生徒を校内大会で選出、各部門に2人ずつ計8人を派遣した。


 3位入賞の黒島さんは「緊張したが、先生に注意されたことに気を付けて、感情を込めて発表した。3位入賞は嬉しかった」と話し、「全国大会では初級の部になるので、全部暗記して発表できたらいいな」と笑顔をみせた。


 入賞は逃したが、発音の良さなどが評価され、全国大会の中級の部へ出場する伊良皆さん。「頑張ってきたので入賞したいと思っていたが、レベルが高かった。自分のベストは尽くせた」と振り返り、「全国はもっとレベルが高いが、その高さを感じてきたい。来年入賞できるよう頑張りたい」と意気込んだ。


 友利校長は「中国語科目は商工の特色でもある。自分が納得する発表ができるように頑張ってほしい」と激励した。

2012年

11月

10日

PRソング完成 「ビギやま商店」手がける

新空港PRソングを完成させた「ビギやま商店」(市提供)
新空港PRソングを完成させた「ビギやま商店」(市提供)

 石垣市は9日、来年3月に開港する新石垣空港のPRソング「おかえり南(ぱい)ぬ島」が完成したと発表した。PRソングは、いずれも地元出身のアーティストであるきいやま商店、BEGIN(ビギン)で結成した「ビギやま商店」が手がけた。


 軽快なリズムに乗って、八重山民謡や方言などがふんだんに盛り込まれた曲。中山義隆市長は「新空港に飛行機が降り立つのがイメージできる。この曲を聞き、みんなが新空港をカウントダウンできるようPRしたい」と曲の完成を喜んだ。


 作詞はきいやま商店、作曲はビギンが担当。ビギンは「きいやま商店がプレッシャーを感じないか心配だったが、八重山方言の口説(くどぅち)など島のことをたくさん歌ってもらい感動した」、きいやま商店は「正直プレッシャーを感じたが、ビギンから『お前らの言葉で行け』と言われ、肩の力が抜けた」とコメントした。


 曲は13日午後8時からFMいしがきで放送される「きいやま商店のカッパチ!」で初オンエアされる。


 曲の一部と「びぎやま商店」のコメント動画は、新空港PRソングのホームページhttp://www.isg-project.jp/で視聴できる。

2012年

11月

09日

「時は金なり」という言葉の重みは…

 「時は金なり」という言葉の重みは、年を取るほどに実感される。若いころは無限にあるように感じられる時間も、40を過ぎると、残り少ないことが身にしみる。だから、だらだらした会議に付き合わされるのがたまらない◆先日、たまたま農業関係の会議を覗いた。県や3市町の農業担当者が一堂に会する3時間ほどの会議だったが、前半は丸々「業務紹介」と称する、何と出席者の自己紹介だった◆自分たちの機関はふだん、こんなことをやっている、という話を、スライドを交えながら報告するのだが、誰だって自己PRには力こぶを入れる。決められた時間もなんのその、業務紹介は延々と続き、いつまで経っても本題に入る様子はない。残念ながら行政が主催する会議はたいてい、こんなのんびりした雰囲気が漂う◆多くの民間企業にとっては文字通り、1分1秒が仕事の成否を決める。「会議は踊る」という言葉があるが、どんなに立派な議題があっても、悠長に会議を続けているだけでは到底立ち行かない。社員が立ったままで会議し、素早く結論を出して解散し、話し合われたことは即実行という企業もあるという◆「スピード感のある行政」ということが言われて久しいが、官民は問わない。「兵は拙速を尊ぶ」という名言を噛み締めたい。

2012年

11月

09日

領有主張「完全な誤り」 「中国が600年前から支配」 石井氏、学術的に反証 〝尖閣は琉球文化圏〟と指摘

18世紀に琉球人が表した「指南広義」。赤線が尖閣諸島についての記述(内閣文庫蔵)
18世紀に琉球人が表した「指南広義」。赤線が尖閣諸島についての記述(内閣文庫蔵)

 尖閣諸島問題をめぐり、ラオスで開催されたASEMの席上、中国の楊潔篪(よう・けつち)外相が「中国は明の時代より600年間、釣魚列島(尖閣諸島)を支配している」と発言したことに対し、石井望・長崎純心大准教授(漢文学)が8日までに「完全な誤りだ」と学術的に反証した。石井准教授によると、中国側の根拠となる古文書は600年前でなく、約440年前に成立。文中の記述も、尖閣が中国ではなく、琉球に帰属することを示す内容となっている。中国側の領有権主張に歴史的な根拠がないことが、改めて浮き彫りになった。

 中国外相が「600年間支配していた」と発言した根拠の古文書は、明国時代の手書き本「順風相送(じゅんぷうそうそう)」という航路案内書。文中に「釣魚嶼」という記述があり、中国、台湾両政府は、この文書が1403年に成立した「尖閣諸島発見の最古の記録」と主張している。


 「順風相送」には「長崎にはフランキ人(ポルトガル人)が在住している。別名籠仔沙機(ろうしさき)という」との記述がある。


 石井准教授によると、長崎にポルトガル人が住むようになったのは、宣教師ザビエルの鹿児島来航より後、1570年ごろで、史上「長崎開港」として知られる。従って「順風相送」は1570年以後の成立書となる。海上交流史研究家・内田晶子氏が1985年の論文の中で既に明らかにしていた。


 また石井准教授の調べでは「籠仔沙機」は広東・潮州(ちょうしゅう)語で「ラ(ナ)ンギャンサキ」と読まれ「ナガサキ」の訛りだという。


 また「釣魚嶼」の項目で記述されている尖閣諸島への航路では、船が中国の福建省を出港した後、台湾北端を経由せずに尖閣方面に到達する。これは航行に熟練した琉球人が、北寄りの直線的航路を好み、台湾まで南下しなかったことと合致。中国人ではなく、琉球人特有の航路を表している。


 同書のほか、同じ航路を載せる航路書は、18世紀に琉球人が著わした「指南広義」だけだ。中国の一般的な航路書では、尖閣方面向けは台湾経由になっている。


 石井准教授は「中国側の強調する最古の史料の年代が崩れるだけでなく、同じ史料で逆に尖閣航路は琉球文化圏であったことを示す可能性が高まった。中国政府がどう反応するのか注目される」としている。


 石井准教授は12月発行の「純心人文研究」19号で「順風相送」に関する研究成果を発表する。

2012年

11月

09日

携帯119システム導入 聴覚障がい者、迅速救助図る 年数回の通報訓練も

携帯119の説明する市消防担当者=市健康福祉センター
携帯119の説明する市消防担当者=市健康福祉センター

 聴覚障がい者を対象に携帯電話メールを活用した専用救急通報システム(携帯119)の導入に伴う説明会が8日夕、市健康福祉センターで開かれた。事故や急病、火災に聴覚障がい者が遭遇した場合の早急な救助活動を行うことが目的。FAXでの運用は2002年からスタートし、市消防本部によると救急利用者は1件。同部は「聴覚害者が通報者になる場合もある」と、携帯119システムの普及拡大を図り、年内までに該当者に登録させ、年内にも運用開始する方針。

 

 市によると、聴覚障がい者は市内で約40人在住。救急車を呼びたくても我慢して翌日、施設に行き、通報するのが現状という。


 メール専用救急通報システムでは、安心して生活が送れるよう、メールアドレスを市消防本部で登録し、24時間365日体制で運用。


 説明会では、市消防本部担当者は「心臓、脳梗塞など疾患の症状の恐れもあるので、我慢せずに通報してほしい」と、利用登録を促した。


 参加者には「文章が苦手」、「ちゃんと通信できるかが不安」との声が上がり、市消防本部はテストメールで確認するとともに、年数回の通報訓練、心肺蘇生法講座を実施する計画であることを明かした。


 利用者は、市障がい福祉課、地域活動支援センターむるゆ館で受付した後、手話通訳士とともに市消防本部にメールアドレスを登録していく。


 また、FAXでの専用救急システムも継続していく考えで、市によると、日常生活用具交付として購入費の一部が助成される場合もあるという。

2012年

11月

08日

レアル・アカデミー石垣開校 「島で学ぶことに誇りを」 小中学生87人受講 国内初の常設スクール

小中学生87人が参加するフットボールアカデミー石垣=市中央運動公園屋内練習場
小中学生87人が参加するフットボールアカデミー石垣=市中央運動公園屋内練習場

 

 スペインの強豪サッカークラブ「レアル・マドリード」の青少年育成など社会事業財団「レアル・マドリード・ファンデーション」が7日、フットボールアカデミー石垣を開校した。サッカパークあかんまを主会場に小中学生を対象にした国内初の常設スクール。週1、2回の練習を実施。小中学生87人が受講する。


 開校式がこの日、市中央運動公園屋内練習場で行われ、石垣アカデミー代表の増田稿平さんは「小さな島でレアル・マドリードから学ぶことに誇りを持ってもらいたい」と受講生を激励した。


 派遣コーチとして3ヵ月間、子どもを指導するキジェルモ・エスクデロ・テジョさんは「子どもらにはスペインの子のように毎日、ボールに触れてほしい」、鈴木梢ヘッドコーチは「新しい試み。サッカーはもちろん、スペインの異文化に触れてもらいたい」と期待した。


 アカデミーは、サッカーを通した国際交流を推進し、国際的なプレイヤーを育成することが目的。


 練習は各カテゴリー4クラスに別れ、現地コーチら6人で指導する。参加した多宇恭輔君(登野城小1年)は「ボールを上手く操られるようになり、試合で得点を決めたい」と意気込みを語った。

2012年

11月

08日

ダイビングで商談会 欧州と地元業者 八重山の海アピール 海外誘客図る 

八重山のダイビングツアーを巡り意見交換する欧州と地元業者=ホテル日航八重山
八重山のダイビングツアーを巡り意見交換する欧州と地元業者=ホテル日航八重山

 欧州のダイビング業者らと八重山の観光業者との商談会が7日、ホテル日航八重山であり、地元業者が八重山の海の魅力をアピール、海外からの誘客を図った。石垣島は、ミシュランガイドで川平湾が最高の三つ星を獲得するとともに、国内の専門誌でもダイビングベストエリアとして、高い評価を受けている。

 

 商談会は、英・仏のダイビング業者ら10人と八重山の観光業者11社23人が参加。冒頭、石垣市観光協会の濱田智佳子さんが英語で、八重山の地理と自然を紹介、商談に移った。


 やり取りは英語で行われ、地元業者が欧州のダイビング業者に、八重山の海の魅力を語り、多彩なツアー企画も紹介した。安栄観光の永田克宏さんは「素潜り体験も含めツアーの内容や料金を説明した。興味を持ってもらえたようだ」と手応えを感じた様子。


 欧州側参加者で、パリ在住の観光コンサルタント・石井宏さんは「川平のダイビングポイントで5㍍のマンタを見た。参加者も喜んでいる。世界的に見ても、八重山の海は魅力的」と指摘。観光の課題として「広報不足と英語のできるダイバーが少ない。語学ができる業者が増えれば、欧州からパックツアーが組める」と提言した。


 欧州のダイビング関係者は、海外からの誘客を狙い、県と沖縄観光コンベンションビューローが招待した。4日から石垣入りし、石垣島と周辺離島でダイビングを体験。8日から那覇市に移動し本島周辺でもダイビングを楽しむとともに、商談会で意見交換する。市観光協会によると、ダイビングをテーマにする商談会は珍しいという。

2012年

11月

08日

「料理五輪目指して」 日本代表新垣さんが講話

氷彫刻のデモストレーションを行うザ・ナハテラスのシェフ・新垣淑也さん(左)=7日午後、西原商会
氷彫刻のデモストレーションを行うザ・ナハテラスのシェフ・新垣淑也さん(左)=7日午後、西原商会

 八重山調理師会(根原哲也会長)による講習会が7日、西原商会で開かれ、ザ・ナハテラスのシェフで第23回世界料理オリンピック大会日本代表チームメンバーの新垣淑也さんが講話と氷彫刻デモストレーションを行った。新垣さんは「料理のオリンピックがあることを知ってもらい、ぜひ若手にオリンピックを目指して料理に取り組んでほしい」と語った。


 新垣さんは浦添工業高校調理科を卒業後、県内外で修業を重ね、2005年にモスクワ世界料理コンクール「クレムリンカップ」の肉料理部門で銀賞を受賞。今年10月にはドイツで開催された第23回世界料理オリンピック大会に、日本代表チームメンバーとして参加した。


 講習会では、「もう一つのオリンピック!」と題して、世界料理オリンピック大会の様子を写真や映像で紹介。


 新垣さんは「世界中のシェフが集う。味はもちろん、料理の仕方や盛り付けなどが直で見られる」とし、「料理のオリンピックに出ることが夢だった。今回は補欠だが、4年後は中心メンバーになれるように頑張りたい」と意気込んだ。


 また、氷彫刻のスペシャリストでもある新垣さんによる氷彫刻のデモストレーションも行われた。新垣さんは「なかなか大きな氷を手に入れるのは難しいと思うが、小さな氷でもいいので氷彫刻に挑戦してほしい」と語りけた。

2012年

11月

07日

尖閣諸島周辺海域への中国監視船の侵入は…

 尖閣諸島周辺海域への中国監視船の侵入は、6日付けで17日連続となり、すでに常態化してしまった。石垣港では、尖閣警備に当たる海上保安庁の県外からの巡視船が石垣港へ給油などのために入港することが当たり前のようになった。尖閣警備の応援のためである◆国境の町であるはずの石垣市民が国境をほとんど意識せずに過ごせているのは尖閣諸島の存在が大きい、無人島であり一般市民が足を運ぶことがない尖閣海域は市民にとって遠い存在、中国との国境で起こる摩擦の緩衝地帯となっていて、市民生活の面からも大切な地域である◆今、その尖閣諸島を中国の手から守ろうと孤軍奮闘しているのが海上保安庁の職員たちだ。漁業者などによると、中国の監視船は報道などよりもずっと近くまで迫ってきているという。中国は日本漁船を拿捕し、問題をさらに大きくする狙いがあるとの情報もあり、海上保安庁では24時間体制で警戒している◆10月初旬と記憶しているが午後11時過ぎ、明かりが灯る港湾合同庁舎に救急車が到着したところに遭遇した。連日の激務に倒れた職員が出たのかと心配したものだ◆尖閣海域での日本の防人といえる海上保安庁の職員たちに八重山の住民のひとりとして、海上保安部職員一同に感謝し、エールを送りたい。

2012年

11月

07日

10日から通信訓練 陸自幹部、あいさつ回り

通信訓練に向けてのあいさつ回りで懇談する陸自の幹部と西大舛議長=6日午前、竹富町役場
通信訓練に向けてのあいさつ回りで懇談する陸自の幹部と西大舛議長=6日午前、竹富町役場

 陸上自衛隊西部方面隊の通信訓練が石垣市で10日から始まることを受け、石垣入りした陸自幹部が6日、石垣市役所と竹富町役場をあいさつ回りした。


 石垣入りしたのは西部方面総監部の2等陸佐と、実際に訓練を行う第8師団第8通信大隊の3等陸佐。中山義隆市長、川満栄長町長、伊良皆高信市議会議長、西大舛高旬町議会議長を訪問した。


 陸自によると、通信訓練の日程は10日から5日間。石垣市には20人余の隊員がすでに入っており、訓練の準備を進めている。石垣市での訓練場所はバンナ公園。西表島には7日、与那国島には9日に隊員が入る。


 八重山と多良間村を含めた通信訓練の参加人数は約50人。隊員は石垣市のサッカーパークあかんまで野営しているが、一部で反対運動が起きたことから、施設内での宿泊は断念した。


 西大舛議長は「テントで寝泊りしているのは残念だ。国民からすると、これでいいのかという思いがある」とした上で「大事な訓練なので、ぜひ頑張って、危機に即応できる体制を作ってほしい」と激励した。


 陸自幹部は訓練への協力に謝意を表した。陸自は訓練について大規模災害を含む多様な事態に有効に対応するため」としている。

2012年

11月

07日

「港湾課珍しい」 関西学院大の学生実習

石垣市役所で実習している関西学院大人間福祉学部の学生たち(6日午後)
石垣市役所で実習している関西学院大人間福祉学部の学生たち(6日午後)

 関西学院大人間福祉学部(兵庫県西宮市)の学生11人が5、6の両日、石垣市役所で職場実習を行った。


 市役所での職場実習は3年連続。指導する小西砂千夫教授は「石垣市は小さいが、空港、港湾、農漁業など、これだけ多くの部署があって勉強できるところはほかにない」と指摘する。


 参加した学生は1年生5人、2年生4人、3年生2人。市役所の9課が受け入れた。


 港湾課で実習した竹村直也さん(1年)は「港湾が市役所の管轄にあるのは珍しい。インターンシップを通じ、市役所の仕事を経験したい」と強調した。
 また、黒田和加奈さん(同)は、石垣市の印象について「時間がゆっくり流れていて、のんびりしている。石垣の人は話好きで温かい」と話していた。

2012年

11月

07日

野底君が優秀賞 仲島さんは優良賞 八重高

右から優秀賞の野底君、優良賞の仲島さん=6日午後、八重山高校
右から優秀賞の野底君、優良賞の仲島さん=6日午後、八重山高校

 今月1日から4日まで開催された第36回県高校総合文化祭(県高校文化連盟主催)の美術・工芸部門で、八重山高校美術部の野底光一郎君(1年)の油絵作品「パパイヤ」が優秀賞を受賞。来年7月に長崎県で開催される全国高校総合文化祭へ派遣される。また、同じく美術部の仲島尚美さん(2年)の油絵作品「秋の日」は優良賞を受賞した。6日、同校で受賞報告が行われた。


 県高文祭には約200点余りの作品が出品され、その中から全国大会へ5点、九州大会へ8点の作品が選出された。同校では一昨年、昨年と九州大会への派遣が続いたが、全国大会への派遣は12年ぶりだという。優秀賞の野底君は10月に美術部へ入部したばかり。初めての油絵で大きな賞を受賞した。「水彩画は苦手で、油絵は色を重ねて修正ができるので、自分に合っていると思った」と語り、「今回は植物だったので、次は動物や人など動きのあるものを描きたい」と笑顔をみせた。


 優良賞の仲島さんも初めての油絵。最初に描いていた作品を没にし、3週間で描き上げた。「色彩を調整し、青と緑の色をきつく出している。色の出し方には悩んだ」と振り返り、「初めて風景画を描いたので、今度は自分のイメージなど想像画を描けたら楽しいかな」と話した。


 顧問の仲嶺正哉教諭は「全国大会への派遣は厳しいかなと思っていたが、こんなに早く念願の全国大会への派遣が実現して嬉しい」と喜んだ。

2012年

11月

05日

尖閣諸島の魚釣島周辺で釣りをしていた市議の仲間均さんが…

 尖閣諸島の魚釣島周辺で釣りをしていた市議の仲間均さんが、中国監視船と海保の巡視船の攻防を目撃した記事が2日付本紙に掲載されている◆海保は「危険だから場所を変えてほしい」と仲間さんに無線で伝えてきたという。日本の領土、領海内で釣りをすることが、今や「危険」という現状だ。海保の奮闘で何とか持ちこたえている日本の実効支配も、もはや「首の皮一枚」になりつつあるようだ◆拓殖大の惠隆之介客員教授によると、中国側は、尖閣の領有権をアピールするため、周辺で操業する日本漁船を積極的に拿捕(だほ)する方針だという。尖閣が中国の手に落ちれば、漁に出たまま戻って来ない漁民が続出するかも知れない◆中国は「対話による解決を望む」と言いつつ、一方では領海侵犯を重ね、実力で尖閣を強奪する構えを示す。こういう二枚舌は、第二次大戦前のナチスをほうふつとさせる◆石垣市では、自衛隊の通信訓練が始まる。軍事目的なのか、防災目的かという不毛な議論がある。自衛隊の主目的は国防であり、防災ではない。隣国は、まぎれもなく八重山に領土的野心を燃やしている。防災訓練だけで終わるほうがおかしいのだ。「防災訓練だから受け入れは問題ない」という石垣市の論理も、よく考えてみると変なのである。

2012年

11月

05日

「65歳おめでとう」 市制施行の節目、合唱で 石垣島まつり華やかに閉幕

中山市長(中央)が市制施行65周年を祝うくす玉を割った。右に「65」と書かれたボードがある=4日夜、真栄里公園
中山市長(中央)が市制施行65周年を祝うくす玉を割った。右に「65」と書かれたボードがある=4日夜、真栄里公園

 第48回石垣島まつり(主催・同実行委員会)は最終日となる4日、真栄里公園で、石垣市の市制施行65周年を祝うサプライズイベントがあり「ハッピーバースデー」の大合唱が会場を包んだ。恒例の市民大パレードも行われ、雨の中、48団体約2200人が市役所通りを練り歩いた。夜には花火が打ち上げられ、2日間のまつりは華やかに閉幕した。

石垣島まつりのフィナーレで夜空を彩った花火=4日夜、真栄里公園から撮影
石垣島まつりのフィナーレで夜空を彩った花火=4日夜、真栄里公園から撮影

 午後9時前、舞台での郷土芸能イベントが終わると、舞台上に「65」と記されたボードと、くす玉が運ばれた。中山義隆市長がくす玉を割り、節目の年をアピールした。花火が続々と打ちあがると、会場を訪れた人たちは息を呑んで見入った。


 中山市長と司会の軽妙なトークも会場を沸かせた。
 市民大パレードは午前11時から始まったが、時おり強い雨に見舞われた。しかし、悪天候を吹き飛ばすような参加者の熱気が周囲にみなぎった。


 ボーイスカウト石垣第一団と石垣第二中マーチングバンドを先頭に、中山義隆市長ら実行委員会メンバーからスタート。


 石垣市と交流がある都市からは、戦国武将の格好をした愛知県岡崎市の「グレート家康公『葵』武将隊」の2人、稚内市の市民交流団、愛知県犬山市の「夢っ娘」、岩手県の「さんさ好み」が出演し、パレードに花を添えた。


 石垣市の4カ字や各地区の公民館は旗頭でパレードし「サーサー」という掛け声で豊年祭のような雰囲気に。


 台湾の復興航空と県建設業協会八重山支部は、来年3月に開港する新石垣空港の1番機に見立てた航空機の模型とともに行進した。


 パレードのコンテストでは、最優秀賞にウイングキッズリーダーズ、演技力部門賞にさんさ好み、創作部門賞に復興航空が選ばれた。


 真栄里公園の舞台では、大工哲弘さんのライブや、郷土芸能の夕べが繰り広げられた。市制65周年を祝うサプライズイベントのあと、花火が打ち上げられた。

2012年

11月

05日

清国史料、また「尖閣は国外」 台湾総統「発見」が逆証明 中台の領有主張崩壊

「全台図説」の該当箇所(文海出版社「皇朝経世文続編」より)
「全台図説」の該当箇所(文海出版社「皇朝経世文続編」より)

 今年9月、台湾の馬英九総統が「発見」し、尖閣諸島の魚釣島(台湾名・釣魚台)が清国に属する証拠とされていた史料が、実際には尖閣が清国の国外だったことを示していることが分かった。石井望・長崎純心大准教授が4日までに明らかにした。石井准教授は「馬英九総統は、尖閣が国外だったこと示す史料を、自ら発表したことになる。日本の領有権の正当性が改めて証明され、尖閣を日本が盗んだとする中国の主張も根本から崩れた」と指摘している。

石井望准教授
石井望准教授

 台湾側の9月の報道によると、馬総統は1872年(明治5年)に清の周懋琦(しゅう・ぼうき)が執筆した「全台図説(ぜんたいずせつ)」の中から「釣魚台」の記述を発見した。


 該当箇所には「山後の大洋に嶼(しま)あり、釣魚台と名づけらる。巨舟(きょしゅう)十余艘(そう)を泊(はく)すべし」と記されていた。


 「山後」とは台湾島の東半分であり、文意は「台湾東側の大海に島があり、島名は釣魚台という。大船十隻余りが停泊可能である」となる。


 日本が尖閣諸島の領有を開始したのは1895年で、「全台図説」の成立はその23年前。馬総統の「発見」は、日本の領有開始前に、尖閣が台湾の領土だったことを示す証拠として、台湾外交部の公式文書中に採用された。


 ニューヨークタイムズ紙の著名記者、ニコラス・クリストフ氏のブログ掲載論文でも取り上げられ、台湾側の主張が世界的に発信されることになった。


 しかし石井准教授の調査によれば、「全台図説」のこの記述の原文は台湾東側中部の「奇来」(今の花蓮)の項目中に掲載されていた。


 清国は台湾全土を統治していたのではなく、東側中部の「奇来」は、東側北部の清国領である宜蘭県の外にあり、清国の国外でもあった。


 「全台図説」の前年、1871年出版の官製地理書「重纂福建通志(じゅうさんふっけんつうし)」の今の宜蘭県の項目にも、同じ記述が見られることが既に知られている。台湾・中国両政府はこれまで、尖閣が清国に属していた最有力の根拠として、この記述を挙げていた。


 石井准教授によると、同項目には、宜蘭県の領域は東北端が台湾東北海岸の「三貂(さんちょう)」までと明記されており、海に出ると清の国外になる。その東北170キロメートル先の海上にある「釣魚台」は当然、国外情報として記録されたことが分かる。


 1852年の官製地理書「葛瑪蘭庁志(がばらんちょうし)」にも釣魚台について、宜蘭県の境外、すなわち清国外に存在することを示す「蘭界外」と記されている。


 石井准教授の研究成果は、12月に発行される「純心人文研究」第19号に掲載される。

2012年

11月

05日

八重高男子8位 女子は途中棄権 県高校駅伝

区間1位になった平安名由莉選手(提供写真)=4日午前、宮古島市陸上競技場
区間1位になった平安名由莉選手(提供写真)=4日午前、宮古島市陸上競技場

 都大路の県代表を決める男子60回・女子30回沖縄県高校駅伝競走大会(主催・県高体連など)が4日、宮古島市陸上競技場を発着点として行われた。八重山勢は八重山高校女子が最終区間者の途中棄権で、記録無し。男子は八重山高校が8位、八重山農林高校が19位だった。女子は5区間21・195キロ、参加14チーム。男子は7区間42・195キロ、参加23チーム。優勝は北山男女が優勝した。


 八重山高校女子は1区の平安名由莉選手(3年)が区間1位と、幸先の良いスタートを切った。だが、徐々に北山、名護に抜かれ、全体4位で最終5区の古見早夏選手(1年)にタスキが渡った。トップを目指したが、初の高校大会のプレッシャーで本来の走りができずに途中棄権となった。


 男子は、八重山高校が常に上位と、安定した走りを見せ、昨年の途中棄権の雪辱を晴らし、8位。八重山農林高校が昨年17位を上回れずに19位に終わった。


【女子】
第1区(6㌔)
▽1位=平安名由莉(八重高)22分17秒
第2区(4・0975㌔)
▽3位=鳩山佳純(八重高)16分17秒
第3区(3㌔)
▽4位=砂川夏澄(八重高)11分27秒
第4区(3㌔)
▽4位=④熊野瀬七(八重高) 11分13秒
第5区(5㌔)
▽記録無し=古見早夏(八重高)
〔総合順位〕
①北山高校(1時間19分03秒)②名護高校(1時間19分45秒)③宮古高校(1時間21分15秒)
【男子】
第1区(10㌔)
▽5位=⑤川島海斗(八重山)34分32秒▽20位=伊計吉将(八農林)40分04秒
第2区(3㌔)
▽9位=宮里光貴(八重高)10分20秒
▽21位=宇根亜明夏(八重農林)12分24秒
第3区(8・1075㌔)
▽5位=田島魁人(八重高)29分09秒
▽17位=仲松大貴(八農林)32分49秒
第4区(8・0875㌔)
▽9位=小橋川共希(八重高)29分31秒▽19位=平得文也(八農林)35分00秒
第5区(3㌔)
▽7位=西盛朋樹(八重高)10分28秒
▽22位=崎原拓海(八農林)12分23秒第6区(5㌔)
▽6位=大仲航平(八重高)17分00秒
▽21位=仲盛恵史(八農林)21分03秒
第7区(5㌔)
▽9位=大舛久隆(八重高)18分20秒
▽22位=宮良功介(八農林)21分30秒
〔総合順位〕
①北山高校(2時間19分06秒)②コザ高校(2時間20分07秒)③宮古高校(2時間20分29秒)⑧八重山高校(2時間29
分20秒)⑲八重山農林高校(2時間55分13秒)

2012年

11月

04日

御神崎灯台を公開 観光客でにぎわう

多数の観光客らが詰め掛け、灯台からの眺めを楽しんだ=御神埼灯台、崎枝
多数の観光客らが詰め掛け、灯台からの眺めを楽しんだ=御神埼灯台、崎枝

 灯台記念日に合わせて石垣海上保安部は3日、石垣御神崎灯台=崎枝=を公開、観光客らでにぎわった。御神崎灯台は1983年3月、運用開始。高さ17㍍で、太陽光電池を利用、光の到達距離は40㌔ほどだという。


 灯台内部で、全国の小・中学生を対象にした「灯台絵画コンテスト」でこれまで、八重山地域から入賞を果たした作品8点も展示。今年9月の審査=東京=で、銅賞に選出された宮城はづきさん(大浜中3年)の作品もあり、見学者の目を引いた。


 東京から観光に訪れた福田稔(80)和佳子(72)夫妻は「石垣島は初めて。偶然、灯台の無料公開に重なった。上からの眺めは良かったが、天気が悪く、海の色がコバルトブルーじゃなかったのが少し残念。東京に比べて石垣はだいぶ蒸し暑い」と曇り空を見上げた。


 公開に合わせ、石垣海保の所属ヘリが哨戒パトロール中に2回、灯台に接近し、記念日をアピール、見学者を喜ばせた。


 明治元年(1868年)11月1日、神奈川県横須賀市の観音崎に、日本初の洋式灯台が起工されたのを記念して、海上保安庁が1949年、この日を灯台記念日に設定した。

2012年

11月

04日

戦国武将が岡崎アピール 「武将隊」まつりに参加

石垣島まつりに参加したグレート家康公「葵」武将隊の服部半蔵正成と井伊直政=3日午前、真栄里公園
石垣島まつりに参加したグレート家康公「葵」武将隊の服部半蔵正成と井伊直政=3日午前、真栄里公園

 3日から始まった石垣島まつりには、親善都市の愛知県岡崎市から、戦国武将の衣装を着た「グレート家康公『葵』武将隊」の2人が参加し、徳川家康の生誕地である岡崎をアピールした。


 「武将隊」は徳川家康と家臣団9人で、各地のイベントを訪れ、歌や踊りのパフォーマンスを披露している。活動費は岡崎市が負担した。


 石垣島まつりに参加したのは初代彦根藩主の「井伊直政」と、伊賀忍者を率いたとして有名な「服部半蔵正成」。甲冑と太刀のコスチュームで身を固め、雄々しい姿で注目を浴びた。


 2人は4日のステージパフォーマンスや市民大パレードにも参加する。2人は「これをきっかけに、岡崎と石垣の交流をさらに深めたい。岡崎の歴史も知ってほしい」「岡崎には神社や仏閣などが多く残っている。家康公の歴史と美しいまちをアピールしたい」と話した。

2012年

11月

04日

出店やステージ盛況 石垣島まつり開幕 きょう市民大パレード

オープニングセレモニーで記念撮影する石垣島まつりの実行委員会と親善、友好都市などからの参加者=3日午前、真栄里公園
オープニングセレモニーで記念撮影する石垣島まつりの実行委員会と親善、友好都市などからの参加者=3日午前、真栄里公園

 市制施行65周年記念第48回石垣島まつり(主催・同実行委員会)が3日から、真栄里公園で始まった。石垣市にゆかりがある各都市の特産品などを販売する出店や、多彩なステージイベントで、初日からにぎわいを見せている。最終日の4日はハイライトとなる市民大パレードが行われ、48団体の2千人余が市役所通りを練り歩く。

 

 オープニングセレモニーでは白保の獅子舞が披露され、会場の雰囲気を盛り上げた。実行委員会会長の中山義隆市長は「来年3月には新石垣空港が開港する。今年のテーマは飛翔。来年に向け、大きく羽ばたくよう期待する」とあいさつ。市商工会の我喜屋隆会長が開会宣言した。


 まつりには親善都市の愛知県岡崎市、友好都市の北海道稚内市、経済交流協定を結んだ愛知県犬山市、種もみ増殖で縁が深い岩手県なども参加し、出店や市民大パレードで交流推進をアピールする。


 今年は初めて、まつりで500円以上の買い物をした人には抽選券(アトム通貨50馬力)が配布され、1日2回の抽選会に参加できる。抽選会の会場は、新空港のキャラクターにちなみ「ぱいーぐるの杜」と名づけられ、抽選券を手にした人たちが続々と訪れた。


 ステージパフォーマンスでは、地元出身のアーティストたちが熱演を繰り広げた。続いて、招待されたアーティストによる「サタデーナイトミュージック」が開かれ、カワミツサヤカさんやきいやま商店らのライブで祭りは最高潮に達した。


 4日の市民大パレードは午前11時、新川小前スタートで、例年より1時間早まる。ステージパフォーマンスでは、親善都市、友好都市の芸能団も出演する。


 まつりのフィナーレを飾る花火は午後8時40分に打ち上げられる。今年から打ち上げ場所が登野城漁港の沖防波堤に変更され、例年より200㍍会場に近づくため、実行委は「例年より華やかな花火を会場から見てほしい」と期待している。

2012年

11月

03日

泡盛まつりにぎわう 全国から100人集う 髙嶺酒造所

多彩な郷土料理と「於茂登」飲み放題で盛り上がる泡盛まつり=川平農村集落センター
多彩な郷土料理と「於茂登」飲み放題で盛り上がる泡盛まつり=川平農村集落センター

 髙嶺酒造所(髙嶺聡史代表)恒例の泡盛まつりが2日夜、川平農村集落センターであり、全国から古酒オーナー100人が集い、郷土料理と銘酒を楽しんだ。髙嶺酒造所に泡盛を託し、古酒化している北海道から沖縄本島までの利用者を毎年この時期に招待。泡盛を味わってもらうとともに、牛汁や八重山そば、さしみ―と、多彩な郷土料理でもてなした。


 舞台では、西垣竹三三線研究所と八重山高校郷土芸能部による伝統舞踊が披露され、座を盛り上げた。


 席上、同社の「おもと3年」が9月の泡盛鑑評会で、県知事賞と沖縄国税事務所長賞のダブル受賞も報告、まつりに華を添えた。抽選会では、37年古酒や琉球真珠もプレゼントされ、場内から大きな歓声が上がっていた。


 髙嶺代表は「まつりは今年で8回目。初回から参加しているオーナーもいる。参加者の3分の2はリピーター。泡盛が縁で、全国に交流の輪が広がっている」と胸を張った。


 同酒造所は1980年から古酒オーナーを募集、10年間を基準に泡盛を保管。現在は、5600個(本)の泡盛の古酒化を進めている。

2012年

11月

03日

八重山の自然守ろう 「サンゴレンジャー」先行試写

サンゴレンジャーの舞台あいさつで撮影を振り返る中前監督と青柳さん、田中さん、佐々木さん(左から)=2日夜、市民会館大ホール
サンゴレンジャーの舞台あいさつで撮影を振り返る中前監督と青柳さん、田中さん、佐々木さん(左から)=2日夜、市民会館大ホール

 石垣島ロケで撮影された映画「サンゴレンジャー」の先行試写会が2日夜、石垣市民会館大ホールで開かれた。中前勇児監督や出演者が舞台あいさつし、映画の成功をPRした。来年の初夏に全国ロードショーが行われる予定。


 環境省自然保護官の主人公が、美しいサンゴ礁を破壊する公共工事建設計画に反対する姿を通じ、周囲の人々にパワーと勇気を与える物語。


 中前監督は「次の世代に、自然を大事にしたいと少しでも思ってもらえれば」と述べた。


 出演者の青柳翔さん、田中圭さん、佐々木希さんも、それぞれ撮影の思い出などを語った。中山義隆市長は「皆さんと一緒にこの映画を楽しんで、八重山、石垣で何を守るべきか考えてほしい」と呼び掛けた。

2012年

11月

03日

稚内市民交流団 「市民の翼」が来島

北海道稚内市から稚内市民の翼一行が来島した=2日夜、石垣空港
北海道稚内市から稚内市民の翼一行が来島した=2日夜、石垣空港

 石垣市の友好都市である北海道稚内市から2日、稚内市民交流団「稚内市民の翼」(団長・達英二稚内市副市長、47人)が来島した。石垣空港では漢那政弘副市長ら関係者が一行を出迎えた。


 一行は、石垣市と稚内市の友好都市締結25周年記念事業として、3・4日に開催される石垣島まつりに参加するため訪れた。


 また、世界平和の鐘の会北海道支部(岩間幹生支部長)のメンバーも参加しており、3日には新栄公園の世界平和の鐘鐘楼で平和祈念鐘打式も行われる。

 

 団長の達副市長は「友好都市締結25周年を記念して来島しているので、石垣島まつりに参加し、石垣市の皆さんと交流していきたい」と話した。

2012年

11月

02日

新聞にとって、誤植は尽きざる悩みのタネ…

 新聞にとって、誤植は尽きざる悩みのタネである。笑い話で済むような程度ならまだいい、と言っても、本来あってはならないことだ◆大手の新聞社勤めが長く「校正の神様」と呼ばれた人が、論語の「後世畏(おそ)る可(べ)し」という格言をもじって「校正畏るべし」と言ったが、当を得ている。例えば「自動販売機」を「児童販売機」と表記するミス。児童を販売したのでは、人身売買で手が後ろに回ることになる◆校正のミスが人名や数字の間違いになると大変だ。なかんずく、ゼロと小数点の打ち間違いは致命的。本紙にも例があった。一ケタ違うと、数十行の記事の信憑性が疑われてしまう。人名も、一字違うと別人になってしまい、とんだ迷惑を掛ける◆編集部の中でも苦労が多く、しかも報われることが少ないのが校正担当であろう。見落としがなくて当たり前。一字でも誤字、誤植、脱字などを見落とすと、たちまち非難が雨あられと降ってくる。しかも、夜は目が疲れる時間帯だ。追い討ちをかけるように印刷時間が迫ってくると、さらに焦ってしまう。パソコンで打つ原稿には、誤字がもっともらしく、ちょこんと居座っていて、つい見逃してしまう。憎たらしいほどだ。「校正畏るべし」は永遠の名言。本稿は大丈夫だろうか。

2012年

11月

02日

尖閣のアホウドリ撮影 専門家「今年も繁殖開始」

10月21日、尖閣諸島周辺の海面で撮影されたアホウドリ。背後に見えるのは南小島(仲間均さん提供)

 尖閣諸島(石垣市登野城)の南小島近くの海上で、国の特別天然記念物アホウドリが海面に浮かぶ姿が撮影された。アホウドリは絶滅危惧種で、最近では尖閣諸島周辺で撮影されるのは珍しい。アホウドリ研究で知られる東邦大理学部の長谷川博教授は「アホウドリは現在、産卵期に入っている。(写真は)今年も繁殖を始めたことを示す」と話している。

 

 アホウドリの写真は10月21日、南小島近くで釣りをしていた市議の仲間均さん(63)が撮影した。仲間さんは「尖閣諸島に18年間通っているが、アホウドリウの親鳥を見るのは初めて。びっくりした」と興奮気味だった。


 仲間さんによると、アホウドリは南小島から千㍍ほど沖に浮いていた。アヒルほどの大きさで、羽根を広げると1㍍20~30㌢ほど。仲間さんが釣りのためまいた餌を食べに来たらしい。


 アホウドリは、一般的に伊豆諸島の鳥島に生息する種が知られているが、最近の研究では、尖閣のアホウドリは鳥島の種とは遺伝的に異なった種である可能性が指摘されている。


 財団法人日本野鳥の会自然保護室自然保護グループの山本裕チーフは、写真を見て「現在では尖閣のアホウドリは、見る機会がほとんどなく、価値がある写真。鳥島のアホウドリとはたぶん別種だということで、鳥島とは別の位置づけで重要だ」と話す。


 南小島のアホウドリは1971年、70年ぶりに生存が再確認された。長谷川教授が2002年に実施した調査では、南小島と北小島で81羽の親鳥、繁殖前の若い鳥と33羽のヒナが確認された。


 長谷川教授は、南小島近くでアホウドリの写真が撮影されたことについて「翼に白い部分が多いことから、かなり年齢を重ねた個体。今年も、アホウドリが繁殖のために尖閣諸島に戻ってきていることを示す。最近では誰も(尖閣に)行っていないので、その意味では珍しい」と話している。


 長谷川教授は、南小島と北小島で現在、親鳥、幼鳥合わせて約400~500羽が生息すると推測している。


 アホウドリはかつて、北小島で大集団が確認されていたが、乱獲で減少。
 現在では北小島、南小島のほかは鳥島でしか生息が確認されていない。

2012年

11月

02日

「ピカリャ~クッキー」発売 売上の一部は活動費に 八重山南風堂

ピカリャ~クッキーが発売された=1日午後、町長室
ピカリャ~クッキーが発売された=1日午後、町長室

 竹富町のマスコットキャラクター「ピカリャ~」を使った商品「ピカリャ~クッキー」が1日から発売された。ピカリャ~関連グッズとしては4品目で、菓子類は初めて。同日、ピカリャ~や町観光協会の関係者が記者会見を行い、PRした。町観光協会会長の川満栄長町長は「行政も先頭に立って、PRの一役を買っていきたい」と述べた。


 ピカリャ~クッキーは、町観光協会と八重山南風堂(長濱光江社長)が約1年の試行錯誤を重ねて商品化。クッキーにはピカリャ~の2種類のイラストと文字が入っており、売上の一部はピカリャ~の活動費に充てられる。


 八重山南風堂の城間美喜子総務主任は「お子様からご年配の方まで食べてもらえる。八重山地域の観光に少しでも役に立てれば」と話した。


 ピカリャ~運営委員会の屋宜靖委員長は「ピカリャ~の商品で、招き猫のように福を招いてもらいたい」と期待。「今後は黒糖やバナナなど竹富町の特産品を使って、バリエーションを増やしていきたい」とした。


 ピカリャ~クッキーは24枚入りで1050円(税込)。石垣空港をはじめ、石垣市と竹富町内のお土産店で販売している。

2012年

11月

02日

政府に届かない地方の危機感 小松 憲司

 地方議会で政府に対して尖閣諸島や竹島の領有権問題で中国、韓国に毅然とした外交姿勢を求める意見書や決議の可決が相次いでいます。8月以降だけで37道府県にも及んでいます。地方がむしろ国防の危機意識を強く抱いている表れです。


 国防と外交は国の専権事項。それを地方から指導されるような今の事態が異常なのです。黒船ペリーの浦賀来航で、開国しなければ宣戦を布告された江戸幕府が、ただただ狼狽するその様子に酷似しています。


 占領されたくなければ開国するしかない。開国するなら欧米の列強と肩を並べる富国強兵を成し遂げるしかない。そうやって維新の無名の志士たちが国を開き、時の明治政府が国民を外圧から守り通したのです。


 それが、先の大戦の戦没者の英霊を、一国の首相が他国の内政干渉に負けて公的に慰霊することもできず、自衛のための交戦権を認めない占領下の「払い下げ憲法」にがんじがらめに縛られている。今の国政が「幕府」の状態なら、そこに「志士」がいないとしても不思議はないのでしょう。


 政府のやるべきことははっきりしています。第1に憲法9条改正です。次に具体的な自衛力の強化です。尖閣諸島は中国教科書には中国領として明記されています。日本侵略の意図のある中国が空母を就航したのなら、日本は更に性能で上回る空母を建造すべきです。当然の自衛措置です。


 また、将来の核武装の余地を放棄する脱原発などとんでもない話です。スペードのエース、王将を捨てては、国民を守る実戦を前にして、精神的な戦いで負けています。今の民主党外交は、国を売り渡す亡国の道を突き進んでいるのを、いい加減に全ての国民が知らなければなりません。


 憲法改正、国防強化、脱原発破棄。このどれを否定しても、目の前に見えるのは、ゲームオーバー。飛車、角抜きで素人がプロ将棋家に勝てる道理はないのです。(高知県須崎市)

2012年

11月

01日

尖閣「本来は日台の問題」 八重山は特産品輸出を

インタビューに答える黄天麟氏
インタビューに答える黄天麟氏

 台日文化経済協会会長で、台湾総統府の国策顧問などを歴任した黄天麟(こう・てんりん)氏(83)は31日までに、石垣市内で八重山日報社の単独インタビューに応じた。尖閣諸島問題について「本来は日本と台湾の問題だ。中国が絡んでくると難しくなる。決して中国の問題ではないという点に注意すべきだ」と指摘した。八重山と台湾の交流促進も訴えた。

 

 尖閣問題に対する台湾の態度について「台湾は漁業権に関心を持っている。蘇澳(すおう)の漁民は尖閣周辺で漁をしている」と述べ、領土要求より漁業権に対する関心が強いとの見方を示した。


 中国については「中国は、自国の軍事力、経済力が日本を凌駕(りょうが)したという自信を持っている。そうでなければ、こうまで急ピッチに緊張感が高まることはない。日本も自分の国を強くすることを考えるべきだ」と提言。


 中国は、台湾を自国の一部という考えから尖閣の領有権を主張しているが、日本としては中国と台湾を別々に考えて対応するべきだとした。八重山と台湾の関係については「経済的な往来を頻繁にしなくてはならない」と強調。


 その上で「台湾は八重山にモノを供給できる。八重山は特産品を出せばいい。問題なのは円高だ。1ドル80円ではなく、160円だったら、八重山の特産品は台湾で売れるはずだ」と為替レートの是正に期待を寄せた。


 八重山青年会議所などの団体が台湾と八重山の友好促進に尽力したことに「本当に感謝している。将来もますます経済・文化交流を深めたい」と呼び掛けた。


 台湾と中国の関係にも言及し「現在、台湾は中国と経済的に強い絆を作ってしまった。将来の台湾の政治傾向にも影響するだろう」と危惧。今後について「台湾が一つの国として立つには、経済的に自立しなくてはならない」と訴えた。

2012年

11月

01日

陸上自衛隊 5日から通信訓練 石垣で約30人宿泊

 大規模災害や他国の武力攻撃などの事態に備え、陸上自衛隊は5日から16日まで、通信機器が正常に作動するかどうかを確認する通信訓練を石垣市で実施する。陸自などによると、石垣市で通信訓練が実施されるのは2010年2月以来。陸自によると、日米共同統合演習の一環。


 陸自から市に入った連絡によると、石垣入りするのは西部方面部隊第8師団第8通信大隊で、隊員は最大35人、車両17両程度。2日から20日までサッカーパークあかんまのフットサルアリーナに宿泊する。


 サッカーパークあかんまは、昨年9月の防災訓練時も、自衛隊が宿泊施設として利用したことがある。フットサルアリーナは隊員の宿泊期間中、一般市民から5件の利用予約が入っているが、市によると、一般市民の利用時には施設を退去し、利用に支障がないよう配慮する。


 自衛隊の施設利用に対し、市議会野党や市民団体からは反発の声が上がっている。31日には市民団体が市役所を訪れ、鳩間修総務部長から事情を聞いた。


 中山義隆市長は取材に対し「九州全域で実施される通信訓練で、特に問題はない。利用期間が長めなので利用者には迷惑を掛けるが、市民の安心安全のためなので、ご理解とご協力をお願いしたい」と話した。


 八重山防衛協会の三木巌会長は「自衛隊でも消防隊員でも、組織は常に訓練をしなくてはならず、怠ったらアウトだ。災害に備えるだけでなく、アジアの情勢もある。市民は協力するのが普通だと思う」と呼び掛けた。

2012年

11月

01日

高校生がヨットで訪台 中山市長 親書託す

ヨットで台湾を訪れる堀井さん、三上さん(左から)に中山市長が親書を託した=31日午後、市役所
ヨットで台湾を訪れる堀井さん、三上さん(左から)に中山市長が親書を託した=31日午後、市役所

 石垣市の高校生2人がヨットで台湾に渡り、中山義隆市長(八重山市町会会長)の親書を花蓮市の田智宣市長に届けることになった。31日、2人は市役所で中山市長から親書を託された。


 台琉友好親善ヨットレース実行委員会(会長・中山市長)が企画し、訪台する高校生を募集。三上季沙さん(八重高1年)、堀井紗らさん(同)がクルーの一員に選ばれた。クルーは前田博船長ら計5人。


 11月1日に石垣港を出港し、花蓮港まで140㌔の距離をヨットで横断、2日に中山市長の親書を携え、花蓮市役所を表敬訪問する。国立花蓮女子高級中学校(高校)との交流も予定されている。


 三上さんは「中国語を勉強しているので、現地で少しでも話せたら」、堀井さんは「ヨットで旅行できるのはめったにない機会。台湾の高校生と交流したい」と意気込んだ。


 中山市長は「ぜひ航海安全で、交流していろいろな経験を積んでください」と激励した。