2014年

1月

31日

文科省が中学、高校の…

 文科省が中学、高校の教員向けの学習指導要領解説書に、島根県の竹島と石垣市の尖閣諸島を「我が国固有の領土」と明記する改訂を行うと発表した。正当で当然のことであり、国の対処が遅過ぎたと言いたいところだが、一応、拍手を送りたい◆国が国民と国民の財産である領土を守ることは最も優先順位の高い事案で、国民が自国の領土の範囲を認識するためには、学校教育に組み込むべき事柄だ◆これまで他国の主張に配慮して教科書へ明記することを見過ごしてきたことに筆者は、憤りを感じるほどだ。これからしばらくの間は、「アジア」や「東アジア」と誇大表現される中国と韓国の2国からの激しい反発が予想されるが、はっきり内政干渉として跳ね返すべきだ。これまで歴史問題などで、2カ国の反発に過剰反応を示してきたから外交問題になってしまっていた◆韓国は、日本の初代総理大臣の伊藤博文を暗殺した殺人犯の安重根を称える石碑を、暗殺場所の中国ハルピン市に建てることを中国政府に提案し、中国はその提案を「記念館」という形にし、英雄と呼んでいる。そんな状況の国が日本の教育に口を出す資格はない◆日本の教育は子どもたちに事実を教えるべきで、他国への配慮を優先した教育を行えば、国のかたちが変わってしまう。

2014年

1月

31日

今村、新垣氏が出馬意欲 中山、大浜陣営「セット」否定 市議補選

市長選、市議補選の立候補予定者説明会に出席した代理人=30日午後、市役所
市長選、市議補選の立候補予定者説明会に出席した代理人=30日午後、市役所

 2月23日告示、3月2日投開票の石垣市長選とダブル選挙になる市議補選に、元市議の今村重治氏(60)=大川=と元社大党書記長の新垣重雄氏(66)=石垣=が出馬を検討していることが30日分かった。市長選に出馬する現職、中山義隆氏(46)と前職、大浜長照氏(66)の陣営とは調整しておらず、独自の動きと見られる。中山、大浜両陣営はそれぞれ市議補選に候補者を擁立し、セット戦術で選挙戦に臨む方針だが、現時点で人選は固まっていない。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

31日

ロッテが石垣入り あすからキャンプイン

石垣島キャンプに向けて、千葉ロッテマリーンズが石垣入りした=30日夕、新石垣空港
石垣島キャンプに向けて、千葉ロッテマリーンズが石垣入りした=30日夕、新石垣空港

2月1日からスタートする石垣島キャンプに向けて30日夕、千葉ロッテマリーンズの選手たちが石垣入りした。到着便に合わせて、新石垣空港では歓迎セレモニーが開かれ、中山義隆市長をはじめとした石垣島協力会の役員や、新空港マスコットキャラクター「ぱいーぐる」が一行を歓迎。また新空港には選手を一目見ようと、大勢の市民で溢れた。今年は1軍・2軍合同でキャンプが行われる。1軍総勢47人をはじめ、2軍選手やスタッフなど合わせて120人余りが来島。1軍は2月1日から19日、2軍は同1日から14日まで市中央運動公園などでトレーニングに励む。キャンプは今年で7年目を迎え、2月16日には離島で初めてのオープン戦も行われる。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

30日

昨年の観光客数94万人台 過去最高 経済効果も580億円

 県八重山事務所は29日、2013年の八重山入域観光客数が94万2964人だったと発表した。経済効果も約580億円に上ったと推計した。入域観光客数は前年(71万3058人)を22万9906人(32・24%)上回り、過去最高記録だった2007年の78万7502人を6年ぶりに更新した。新石垣空港の開港による路線増やLCC(格安航空会社)就航などが効果を発揮した。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

30日

新たな特産品開発を 空港利用者に開発中の商品試食 パッケージや価格調査も

開発中の商品を試飲食する観光客=石垣新空港
開発中の商品を試飲食する観光客=石垣新空港

 石垣市、竹富町、与那国町の農畜産物を活用した開発途中の非販売商品を試飲食して、アンケートに答えてもらい、更に質の良い、新商品拡大に繋げてもらおうと、八重山地区商工会広域連携協議会(会長・我喜屋隆石垣市商工会長)は29日午後、南ぬ島石垣空港チャレンジ事業を同空港到着ロビーで行った。この日は、石垣市、与那国町の2業者が出展。「特産品にできるように頑張りたい」など意気込んだ。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

30日

大阪で「沖縄ナイト」 観光客誘致でアピール

沖縄ナイトin大阪で伝統芸能が披露された
沖縄ナイトin大阪で伝統芸能が披露された

  大阪市内のヒルトン大阪に700人の来場者を迎えて、「沖縄ナイトin大阪」 (主催・沖縄観光コンベンションビューロー)が28日、開催された。
 沖縄県立芸術大学琉球芸能専攻OB会が舞う「かげやで風」で幕を開けた。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

29日

離島の離島ではオーケストラの…

 離島の離島ではオーケストラのコンサートを聴く機会はほとんどないが、今月5日、地元で練習に励むアマチュアたちを中心に「ニューイヤーコンサート」が市民会館で開かれた。楽しい企画である◆バイオリン教室の受講者を中心に結成されたYAEYAMAストリングスの定期公演だが、今回は石垣市民吹奏楽団や沖縄本島の大学、オーケストラで活動する音楽家をゲストに迎え、大きくレベルアップした◆ヴィヴァルディの「四季」ではプロのバイオリン奏者、屋比久潤子さんがソロを担当し、楽譜にない装飾音を加えた華麗な演奏を披露。おなじみの名曲の世界を心行くまで堪能させてくれた◆市民吹奏楽団が加わったエルガーの行進曲「威風堂々」。英国の第二の国歌とも言われる名曲で、前半はさまざまな楽器がにぎやかに出入りするテンポの速い曲。ぐっとテンポを落とした後半は力強い歩みが印象的で、歌詞もつけられた有名なメロディである。弦楽器に金管、木管が加わると、響きの豊かさ、奥行きの深さが違う◆今月は海上保安庁音楽隊と石垣第二中のジョイントコンサートもあり、素晴らしかった。来月5日は陸上自衛隊中央音楽隊も市民会館で演奏する。離島の離島とはいえ、コンサートの掘り出し物は多いのだ。

2014年

1月

29日

「中華圏をターゲットに」 養殖ビジネス展開に期待も 農水産業成果発表

八重山地域農林水産業成果発表会で報告を聞く人たち=28日午後、八重山合同庁舎
八重山地域農林水産業成果発表会で報告を聞く人たち=28日午後、八重山合同庁舎

 八重山地域農林水産業成果発表会(主催・同地域農林水産業推進会議)が28日、八重山合同庁舎で開かれ、県の関係機関が最新の研究成果など5件を報告した。タマカイ(方言名・アーラミーバイ)の養殖については、中華圏をターゲットにした新たなビジネス展開の可能性が示された。

 タマカイの養殖に取り組んでいるのは県水産海洋技術センター石垣支所。発表によると、種苗生産には2010年に成功したものの、稚魚がふ化後10日以内に大量死したり、ふ化後9日目以降に成長が停滞したりする課題に直面している。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

29日

「神開き」で神司誕生 「地域に貢献」と抱負 宮鳥御嶽の小川さん

宮鳥御嶽の神司に就任した小川さん
宮鳥御嶽の神司に就任した小川さん

 石垣市石垣の宮鳥御嶽で、新しい神司を誕生させる儀式「神開き」が18日にあり、元公立小学校校長の小川喜美江さん(63)が神司に就任した。小川さんは「大任だと思う。これまでは子どもの教育に携わってきたが、今後は幅広く地域のために誠心誠意、貢献したい」と抱負を語った。


 宮鳥御嶽の神司は3人いるが、うち1人が体調不良で現役を退いていた。後任は代々、小川さんの実家である西石垣家の血筋から出すことになっており、小川さんは昨年から、神司の就任に向けた研鑽を積んできた。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

28日

「反中山」大浜氏旗印に結集 事務所続々  選挙ムード徐々に 市長選

 任期満了に伴う3月2日の石垣市長選に向け、立候補を予定している現職、中山義隆氏(46)、前職、大浜長照氏(66)の両陣営とも、各地域に次々と事務所を設置しており、選挙ムードは水面下で徐々に盛り上がりつつある。今選挙は、保革の争いだった従来の市長選とは様相がやや異なる。中山氏を支える勢力に対し、中山市政に反発する保革相乗りの反現職勢力が大浜氏を旗印に結集する構図。2月23日の告示へ向け、前哨戦が活発化する。

 中山陣営は平得の後援会事務所のほか、730交差点に自民党支部の事務所、旧離島桟橋近くの琉球銀行支店裏に、勝手連の支援組織である八重山維新の会事務所を設置している。同窓生の事務所も活動を開始する予定。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

28日

サンゴ礁回復で協議 石西礁湖の被度減少

 石西礁湖自然再生協議会(会長・土屋誠琉球大学教授)の第17回協議会が27日、八重山合同庁舎で行われた。環境省那覇自然環境事務所による石西礁湖の現状報告で、「近年、石西礁湖サンゴ群集は全体として顕著な回復傾向がみられない」と述べ、サンゴの加入が期待できない場所での再生を進める必要があるとした。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

 

2014年

1月

28日

ヤマネコまた事故死 今年2件目に「異常な事態」 西表島干立

 環境省西表野生生物保護センターは27日、西表島干立の県道白浜向け車線の路上で22日、国の特別天然記念物であるイリオモテヤマネコが交通事故で死亡したことを発表した。事故は今年に入って2件目。1カ月足らずでの発生に、環境省那覇自然環境事務所は「異常な事態」とし、「法定速度を守ってスピードを控え、野生動物の飛び出しに十分注意してほしい」と呼びかけている。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

27日

山中(男子)久保田(女子)初V 4251人出走 完走率92・2% 石垣島マラソン

過去最多4151人が出走した石垣島マラソン=市中央運動公園
過去最多4151人が出走した石垣島マラソン=市中央運動公園

 第12回石垣島マラソン(主催・市など)は26日、市中央運動公園を発着点に、石垣島を西回りに半周するコースで行われた。この日、ランナーはスタート直後の雨に苦しめられたが、後半から天気は持ち直し、フル、23㌔、10㌔の各種目に過去最多の4000人台を突破。4251人が出走した。結果、フルマラソンで、男子は山中裕司選手(42)=埼玉県=、女子は久保田文選手(49)=竹富町=が、ともに初優勝を飾った。完走者は3919人、完走率は92・2%だった。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

27日

友好の種 満開の花に 友好都市提携で祝賀会 石垣―北上

かけはし交流祝賀会で乾杯する参加者(26日夜)
かけはし交流祝賀会で乾杯する参加者(26日夜)

 岩手県北上市と石垣市の友好都市提携を祝う「かけはし交流祝賀会」が26日夜、石垣市内のホテルであった。岩手から約120人、石垣市から約80人の計200人が参加し、友好交流の発展を誓い合った。

 

 石垣・岩手かけはし交流協会の高木健会長は「交流が5年、10年と満開の花を咲かせ、私たちに夢と希望を与えてくれることを期待したい」と開会のあいさつ。石垣市職員有志の「赤馬節」で座開きした。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

27日

「海沿い気持ちよかった」 10キロコース完走 道端アンジェリカさん

10キロコースを59分で完走した道端アンジェリカさん=26日午前、市中央運動公園
10キロコースを59分で完走した道端アンジェリカさん=26日午前、市中央運動公園

 モデルの道端アンジェリカさんは10㌔コースに挑戦、完走した。「自然が多く、海沿いの道が気持ちよかった。東京では匂いを感じながら走ることはないから」と大会の感想を語った。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

26日

南北2500㌔に「かけはし」 北上・石垣が友好都市提携 産業と教育、人的交流に期待 末永い友好を確認

末永い友好を確認した提携締結式=25日、市民会館中ホール
末永い友好を確認した提携締結式=25日、市民会館中ホール

 岩手県の種もみ緊急増殖事業を契機に交流が始まった岩手県北上市と石垣市の友好都市提携締結式が25日午後、石垣市民会館中ホールで行われ、高橋敏彦北上市長と中山義隆石垣市長らが互いに提携書に署名した。日本列島の南北に2500キロ離れた両市の間にこの日、20年の歳月を経て「かけはし」が完成。新たな交流の一歩を踏み出すとともに、末永い友好を確認した。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

26日

「汗水節」最古の楽譜寄贈 現在の歌い方と違いも

「汗水節」のガリ版刷り楽譜を玉津教育長に手渡す三木氏=25日午後、市教委
「汗水節」のガリ版刷り楽譜を玉津教育長に手渡す三木氏=25日午後、市教委

 八重瀬町教育委員会は25日、市出身の作曲家、宮良長包が作曲した「汗水節」の昭和4年ごろのガリ版刷り楽譜を石垣市教育委員会に寄贈した。市史編集委員会の三木健委員長がこの日、市教委で玉津博克教育長に手渡した。同曲の現存する楽譜では最古で、現在、一般的に知られている同曲とは歌詞や譜面に違いがあり、三木氏は「正しい歌い方を引き継いでほしい」と話している。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

26日

ICT教育の成果発表 アイパッド 活用法に課題も 竹富小中

アイパッドを活用して発表する中学生たち=25日午前、竹富小中学校
アイパッドを活用して発表する中学生たち=25日午前、竹富小中学校

 タブレット型端末「ipad(アイパッド)」や校内無線LANなどのICT(情報通信技術)教育環境の整備が完了した竹富町の竹富小中学校(前上里徹校長)で25日、竹富地区学力向上推進報告会と学習発表会が行われた。中学生がアイパッドを活用して学習成果を発表。町教育委員会によると、生徒によるアイパッドを活用した発表は町内で初めての試みで、県内でも珍しいという。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

25日

インフラ整備推進に期待 黒嶋会長「産業界に明るいきざし」 建産連懇親会

八重山建設産業団体連合会の新春懇親会で鏡割りする関係者(24日夜)
八重山建設産業団体連合会の新春懇親会で鏡割りする関係者(24日夜)

 八重山建設産業団体連合会(黒嶋克史会長)の第33回新春懇親会が24日夜、石垣市内のホテルで開かれ、建設業関係者など約200人が参加。新石垣空港アクセス道路などのインフラ整備推進と、地元優先受注に期待した。懇親会で掲げたスローガンは「工事発注の平準化・新規事業の早期着工」「若年層の教育・雇用拡大」「公共工事は地元業界の実情に合わせて分離、分割」など7項目。

 黒嶋会長はあいさつで、期待される主要事業として新空港アクセス道路のほか港湾整備、火葬場建設、市役所新築、与那国町の自衛隊駐屯地建設を挙げ「産業界にとっては明るいきざし」と強調。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

25日

かけはしツアー142人が来島 きょう友好都市提携調印式 石垣・北上

岩手・沖縄かけはし交流ツアーの一行が来島した=24日午後、新石垣空港
岩手・沖縄かけはし交流ツアーの一行が来島した=24日午後、新石垣空港

 第12回石垣島マラソン大会と友好都市提携調印式参加のため、岩手・沖縄かけはし交流ツアー一行142人が24日、農協観光JTAチャーター便で来島した。新石垣空港では、石垣・岩手かけはし交流協会(高木健会長)や市観光交流協会(宮平康弘会長)、石垣市職員などが出迎えた。岩手・沖縄かけはし交流協会(福岡勝夫会長)によると、ツアー一行以外にも岩手からの石垣島マラソン参加者がおり、一行と合わせて約160人が来島。石垣・北上両市の交流の新たな一歩に関係者は期待している。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

25日

3月2日に世界タイトルマッチ 大浜出身の廣虎選手

 市内大浜出身で、キックボクシングの現WPMF日本チャンピオンの廣虎(ひろと)選手(30)の世界タイトルマッチが3月2日、県内で初めて沖縄市のミュージックタウン音市場で行われる。応援ツアーを企画している実行委員会(平良勝幸代表)らが24日、大濱信泉記念館で会見し、多くの市民の参加を呼び掛けた=写真。
 廣虎選手は3月2日、WPMF世界ウエルター級王座決定戦で、タイ王者のゴン・ポーパオウィン選手と対戦。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

24日

石垣市役所の新庁舎建設の…

 石垣市役所の新庁舎建設の基本構想策定委員会で、津波浸水予想図が委員会の資料から削除された。同委員会は新庁舎の基本構想の策定だけで、建設位置は決定しない。そのため、予想図が移転先を誘導する恐れがあるというのだ◆筆者の私的な見解だが、移転先次第で、どんな役割を担う庁舎になるか決めるべきだ。移転先を想定しないで基本構想に取り組む委員は、想像力に欠ける◆予想図が移転先を誘導するという委員は現庁舎の場所での建設を望んでいるとしか思えない◆石垣市が津波に襲われた場合、現庁舎周辺はがれきに埋まり、身動きが取れない状況に陥ることは、東日本大震災の映像を見れば、誰しも容易に想像できる◆人の命を守ることは当然、最重要視されるべきことだが津波襲来後、孤立する島民への支援物資の受付窓口となるべきなのが市役所◆電源を確保し、島外との連絡を取り支援物資を管理することまで考慮すべきだ。「電源確保のため太陽光発電を」という声が聞こえそうだが、パネルを設置するスペースが、庁舎への避難可能な市民の人数に影響する。津波は一瞬だが、その後の生活は長く続く◆様々な角度から災害を考え、移転先を優先し、基本構想を練るのがベストだと思うのは筆者だけだろうか。

2014年

1月

24日

憲法観の相違明確 中山氏加憲、大浜氏護憲 市長選

 23日告示、3月2日投開票の石垣市長選では、立候補を予定している現職の中山義隆氏(46)、前職の大浜長照氏(66)の憲法観の相違も明確になっている。中山氏は「自衛隊の位置付けを憲法で明確にするべきだ」と、憲法に自衛隊に関する条項を加える「加憲」を主張。これに対し大浜氏は「平和憲法のおかげで日本は戦争に巻き込まれなかった」と、護憲の立場を堅持する。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

24日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて⑧ 長崎純心大学 石井 望准教授

 久米島と尖閣諸島との間の黑潮に、歴史上のチャイナ國境線が存在したと、チャイナ側は主張する。その通りなのだらうか。

 【チャイナ主張】
 古くから尖閣の東側に「中外分界」が存在した。「中」はチャイナ、「外」は外國であるから、尖閣の東側まで全てチャイナの領土・領海である。

 【史料】
 清國・費錫章『一品集』 西暦千八百八年
 詩題「黑溝洋」、原註「中外分界處」
 詩句「無端破我遊仙夢、鉦鼓喧天過黑溝。」
 〔端(はし)無くも破る、我が遊仙の夢。鉦鼓天に喧(かまびす)しく黑溝を過ぐ。〕

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

23日

満員の聴衆を魅了 海保音楽隊と二中が演奏会

海上保安庁音楽隊(上)と石垣第二中吹奏楽・マーチングバンド部が迫力ある演奏会を繰り広げた=22日夜、市民会館大ホール
海上保安庁音楽隊(上)と石垣第二中吹奏楽・マーチングバンド部が迫力ある演奏会を繰り広げた=22日夜、市民会館大ホール

 海上保安庁音楽隊と石垣第二中学校の「ジョイントコンサートIn南ぬ島2014」(主催・石垣海上保安部、海上保安協会八重山支部)が22日夜、市民会館大ホールで開かれた。吹奏楽の力強い調べが会場に響き渡り、満員の聴衆を魅了した。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

23日

記念泡盛「かけはし」発売 北上・石垣 友好都市で 請福酒造

末長い「かけはし交流」の願いを込めた漢那蕙子専務
末長い「かけはし交流」の願いを込めた漢那蕙子専務

 1993年の岩手県の大冷害で、石垣市との米の種もみ増殖事業を契機に、かけはし交流が始まり21年。今月25日、岩手県北上市・石垣市友好都市提携を記念して、請福酒造㈲(漢那憲隆社長)は、限定記念泡盛「かけはし」(容量720㍉㍑、4号瓶)を24日から発売する。泡盛は、岩手県産「かけはし」で仕込んだ「南雪」、八重山産「ひとめぼれ」を使用した「やいま」を仲良く半分ずつにブレンド。手作りの蒸留製法で、制作した漢那蕙子専務は「末長い、かけはし交流になってほしい」と願いが込められている。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

23日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて⑦ 長崎純心大学 石井 望准教授

 あちこちの雜誌・新聞・インターネットには、尖閣諸島までの距離を示す地圖が載ってゐる。そこには石垣島から魚釣島までと、臺灣(たいわん)から魚釣島までとが百七十キロの等距離に描かれる。更には那覇からと、チャイナの温州からとで比較し、温州の距離が近い形になってゐる。日本の外務省ホームページまでその距離圖を載せる。まるでチャイナ側の主張を助けるかのやうだ。しかし歴史的に正しい距離の取り方ではない。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

22日

「ふるさとは遠きに…

 「ふるさとは遠きにありて思うもの」とは室生犀星の詩だが、島を出た若者たちが将来、有為な人材としてUターンしてくれなければ、島は発展しない。遠くから思ってもらうだけでは困る◆石垣市教育委員会の調査によると、市に大学などの高等教育機関が設置された場合「進学したい」と答えた高校生は1割しかいない。「一度は島を出たい」という願望が圧倒的に強いのだ。若者が冒険心を持つのは当然であり、親の世代としては、むしろ喜んで若者たちの背中を押してやるべきだろう◆しかし島外に出た子どもたちがUターンする割合はどのくらいなのだろうか。感覚的には、決して多いとは思えない。竹富町、与那国町では、Uターンする若者の減少が過疎化の大きな要因になっている◆新成人に将来の夢をインビューすると、ほとんどが「いつか島に帰りたい」と話すのだが、それはリップサービスなのか、あるいは都会での生活に慣れてしまうと「遠きにあるふるさと」そのものを忘れてしまうのか◆もちろん島外で真価を発揮する人材もいるし、人それぞれ事情はあるだろうが、島に住む我々としては、若者が本当に「帰りたい」と思える魅力ある地域づくりを進めなくてはならない。人口の増減は実際、地域の活力を測る物差しの一つだろう。

2014年

1月

22日

「尖閣で政府主催慰霊祭を」 戦後70年で要望へ 遭難事件で伊良皆議長

 石垣市議会の伊良皆高信議長は21日、八重山日報社のインタビューに応じ、戦後70年の節目となる2015年に、尖閣列島戦時遭難事件の慰霊祭を魚釣島で開催するよう政府に働き掛ける意向を示した。魚釣島では1969年、石垣市が慰霊碑を建立し、慰霊祭を開催したが、その後は中国などの反発に配慮し、現地での慰霊祭開催を見送っている。

 

 伊良皆議長は「戦後70年を迎えるに当たって、遭難者のみ霊を慰めたい。政府主催の慰霊祭を魚釣島で開催できるよう取り組みたい」と述べた。
 死者を悼む気持ちは万国共通であり、他国による慰霊祭の批判は人道的に許されないとの認識を示した。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

22日

自公で「一致団結」 中山氏、再選に決意 自民支部旗開き

中山市長の再選を期して自民党の県議、市議団を先頭にガンバロー三唱をする自民党支部旗開きの参加者(21日夜)
中山市長の再選を期して自民党の県議、市議団を先頭にガンバロー三唱をする自民党支部旗開きの参加者(21日夜)

 自民党石垣市支部(支部長・砂川利勝県議)の新春旗開きが21日夜、多数の支持者を集めて市内ホテルで開かれた。3月の市長選で、中山義隆市長の再選に向け自民、公明の市議が一致団結をアピールした。


 中山市長は「2020年の東京五輪が決定した。(五輪までの)10年間は、あの時代が石垣市にとっての転機だったと言われるような黄金の10年を作りたい」と決意表明した。

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

22日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて⑥ 長崎純心大学 石井 望准教授

 明治二十八年一月十四日(今の尖閣諸島開拓の日)に、日本政府が尖閣を領有するよりも數百年前に尖閣海域を渡航した琉球國人は、「三十六姓」と呼ばれる。彼らはなにものだったのか。

第六囘 尖閣の水先案内をした福建三十六姓は琉球に入籍してゐた

 【チャイナ主張】
 福建琉球間の尖閣航路で水先案内をした「三十六姓」は、琉球に住み着いて以後も福建に戸籍財産を持ってゐたから、チャイナ人である。チャイナ人が尖閣を發見(はっけん)したことになる。
 【史料】
 『皇明實録』嘉靖二十六(西暦千五百四十七)年十二月
 「蔡璟既永樂中從夷、何得於中國置産立籍。」
 〔蔡璟、既に永樂中に夷に從へば、何ぞ中國に於いて置産立籍するを得るか〕
 〔釋辭〕
 蔡璟(さいえい):三十六姓の祖先の一人とされる。
 永樂(えいらく):明國初期の年號。西暦千四百三年から千四百二十四年まで。
 夷(い):異邦人。ここでは琉球國人を指す。
 中國:世界の中心の國。ここでは明國を指す。
 産:不動産。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

21日

「環境活かし産業と連携」 実践的な教育求める 大学誘致へ来月報告書

高等教育機関等誘致可能性委員会の第3回会合が開かれた=20日午後、市教委
高等教育機関等誘致可能性委員会の第3回会合が開かれた=20日午後、市教委

 石垣市に大学や専門学校などの高等教育機関を誘致する可能性を検討する高等教育機関等誘致可能性委員会(委員長・下地芳郎琉球大観光産業科学部教授)の第3回会合が20日、市教育委員会で開かれた。誘致に向けた方向性として「市の環境を活かし、産業と連携した実践的な教育を行う」ことなどを盛り込んだ報告書を取りまとめた。同委員会は報告書を2月中旬に市長、教育長に提出する予定。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

21日

重粒子線治療の有効性強調 最先端がん治療を紹介 県医師会健康セミナー

多くの市民が訪れたセミナー=19日午後、市商工会ホール
多くの市民が訪れたセミナー=19日午後、市商工会ホール

 沖縄県医師会健康セミナー「最先端がん治療 切らずに治す重粒子線がん治療」が19日、石垣市商工会ホールで開かれた。放射線医学総合研究所重粒子医科学センター長の鎌田正さんによる重粒子線がん治療についての特別講演や県医師会副会長の玉城信光さんによる講演、参加者からの質問に応えるパネルディスカッションが行われた。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

21日

知念市議が中山氏支援 市長選

 2月23日告示、3月2日投開票の石垣市長選で、市議の知念辰憲氏(59)は20日記者会見し、現職の中山義隆氏を支援する考えを表明した=写真。中山氏が再選されれば与党連絡協議会入りを求める考え。


 中山氏支援の理由として「中山市長の4年間の実績を評価した」と述べ、具体的には食肉センター、給食センター建設などの各種ハード事業や、子育て支援などの政策を挙げた。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

21日

水牛車運営業者の移転求める 竹富島で住民集会

 竹富町竹富島で水牛車観光を運営している有限会社竹富観光センター(小底朝吉代表取締役)の水牛車営業所移転問題で、竹富公民館(大山榮一館長)は20日、移転要求決起集会を竹富島まちなみ館で開いた。40人が参加し、早期移転を求めて「竹富島の『うつぐみ』の精神を結集して、移転が完了するまで闘う」とした決議文を採択した。また竹富島の聖域・文教地区を守る住民の会が声明文を発表した。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

19日

センター試験始まる 八重山地区で113人受験

大学入試センター試験に臨む受験生たち=18日午前、八重山高校
大学入試センター試験に臨む受験生たち=18日午前、八重山高校

 2014年度大学入試センター試験が18日から2日間の日程で始まった。県内では13会場で実施され、志願者は前年より188人少ない6323人。このうち、八重山地区の試験会場となる八重山高校では113人が試験に臨んだ。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

19日

野鳥観察を満喫 石垣市が新春探鳥会

新春探鳥会で、群れを作るカルガモなど野鳥を観察する参加者=18日午前、バンナ公園の石垣ダム
新春探鳥会で、群れを作るカルガモなど野鳥を観察する参加者=18日午前、バンナ公園の石垣ダム

 石垣市は18日午前、毎年恒例の新春探鳥会を開催した。地域住民ら22人の参加者は、バンナ公園、名蔵アンパル、平田原の3ヵ所を巡った。バンナ公園の石垣ダムでは、カルガモが群れを作り、参加者は双眼鏡やカメラを構え、野鳥観察を満喫した。


 新春の石垣市には、越冬や渡りの中継のため多くの野鳥が飛来する。この日は青空が澄んで、絶好の野鳥観察日和。あちこちで野鳥の鳴き声が響いていた。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

19日

電子カルテ 来月導入 全職員がリハーサル 八重山病院

電子カルテ導入に向けたリハーサルで、新規患者の受け付けを行う職員=18日午後、八重山病院
電子カルテ導入に向けたリハーサルで、新規患者の受け付けを行う職員=18日午後、八重山病院

 県立八重山病院(依光たみ江院長)は、患者のカルテをパソコン上のデータとして管理する「電子カルテ」の運用を2月1日から開始する予定で準備を進めている。18日には職員やボランティアを患者に見立てたリハーサルがあり、会議室に模擬病室を設置して、データのやり取りなどを訓練した。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

18日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて⑤ 長崎純心大学 石井 望准教授

 明治二十八年一月十四日(今の尖閣諸島開拓の日)に、日本政府は尖閣を領有した。しかしそれより遙か三百六十一年前の五月十日、第一尚氏王統時代に琉球國人は既に明國使節を案内して尖閣海域を渡航してゐた。

第五囘 最古の「釣魚嶼」は誰が命名したのか

 

 【チャイナ主張】
 「釣魚嶼」の最古の記録は晩(おそ)くとも明國(みんこく)の嘉靖(かせい)十三年(西暦千五百三十四年)である。それ以前から明國側が見つけて命名してゐた。釣魚嶼はチャイナ名であり、特に「嶼」(しょ)は福建の常用字だ。日本の地名に「嶼」は存在しない。
 【史料】
 明國・陳侃『使琉球録』 嘉靖十三(西暦千五百三十四)年五月十日
 「過平嘉山、過釣魚嶼、過黄毛嶼、過赤嶼。」
 〔平嘉山を過ぎ、釣魚嶼(魚釣島)を過ぎ、黄毛嶼(久場島)を過ぎ、赤嶼(大正島)を過ぐ。〕
 〔釋辭〕
 平嘉山(へいかさん):今の臺灣島の北側の島。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

18日

「海上保安官の誇り」 大泉彰さん 人事院総裁賞祝う

人事院総裁賞の受賞祝賀会で乾杯する大泉上席飛行士(16日夜)
人事院総裁賞の受賞祝賀会で乾杯する大泉上席飛行士(16日夜)

 海上保安庁のパイロットとして初めて無事故飛行2万時間を達成し、人事院総裁賞を受賞した第11管区海上保安本部石垣航空基地の大泉彰上席飛行士(59)の受賞祝賀会が16日夜、市内ホテルで開かれ、各界の関係者多数が参加して「すべての海上保安官の誇り」などと大泉さんの快挙を祝った。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

18日

1期米 田植え始まる 5月上旬に収穫予定 平田原

1期米の田植えが始まった(手前は苗)=市内新川平田原
1期米の田植えが始まった(手前は苗)=市内新川平田原

 県内の米どころ石垣市内で一期米の田植えが17日、新川の平田原の水田で始まった。ほかより一足早く田植えをしているのは石垣市新川の仲新城淳さん(77)。昨年12月1日にハウス内で育苗し、約15センチに成長したコシヒカリの苗を田植え機で2・4ヘクタールの水田に植え付けた。


 仲新城さんは「昨年は大型台風の襲来で1080万円の損害を受けた。今年は、作付けも良く、大豊作を期待している」と話した。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

17日

恣意(しい)的な報道ほど…

 恣意(しい)的な報道ほど困ったものはない。「尖閣諸島開拓の日」の1月14日、石垣市が式典を開き、その様子は翌日の中国国営放送でも報道されたが「釣魚島(尖閣の中国名)が石垣市に属するという妄言の式典」という紹介だった。14日は開拓の日ではなく、日本が尖閣を「盗み取った」日だと強調した◆また、安倍首相が式典に「尖閣の領有権をめぐり、解決すべき問題は存在しない」というメッセージを送ったことだけを報じ、中山市長が「中国との友好親善を積極的に展開したい」と呼び掛けたことには、残念ながら一言も触れなかった◆中国紙は式典開催について「第二次世界大戦後の国際秩序に挑戦する危険な行為だ」とも批判した。石垣市は世界の平和を乱す悪者だと言わんばかりである。中山市長は式典を通じ、平和と友好を願う気持ちを世界にアピールしたのに、肝心の中国国民には、全く逆のことが伝わっている。これが独裁政権に牛耳られたメディアの恐ろしさである◆だがそれだからこそ、中国国民との民間交流が必要だ。お互いの顔を見て、胸襟を開いて語り合えば、誤解が解けることもあるだろう◆竹富町には「隔ての海を結びの海に」という美しい言葉がある。21世紀は、東シナ海を中国、台湾、日本の平和と共生の海にしなくてはならない。

2014年

1月

17日

行きたい場所52選で18位 石垣島に世界が注目 国内ではトップ、アジアで3位 NYタイムズ

砂浜と波と美しいサンゴの島として世界18番目に行きたい場所として石垣島が選ばれた(資料写真)
砂浜と波と美しいサンゴの島として世界18番目に行きたい場所として石垣島が選ばれた(資料写真)

 ニューヨークタイムズ紙に掲載された「2014年に行きたい52の場所」に石垣島が第18位に選ばれたことが16日、分かった。52選中、日本国内トップのランクイン。国内2位となる野沢温泉(長野県)の41位を大きく上回った。アジアでは8位のベトナム、11位の台湾に続く3番目となる。砂浜と美しいサンゴの島がLCCの就航で大阪からひとっ飛び―などと紹介。今後、観光地としての石垣島が世界的規模で注目されるきっかけになりそうだ。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

17日

ペットの終生飼育を 辻 維周

無責任な飼い主によって捨てられた猫たち
無責任な飼い主によって捨てられた猫たち

 新しい年も開け、商店では新春大売り出しの幟も見受けられるようになった。あるペットショップの店先でもSALEの文字が躍っている。


 ここで知っていただかなくてはならないのが、沖縄県は全国有数の殺処分数の多い県であるということである。平成23年度のデータによると、保健所引取り数は犬、猫合計で「飼い主から」が502件、「所有者不明」は6146件の合計6648件、そのうち殺処分数は5728件で、全国第2位と不名誉な記録を作ってしまった。


 また於茂登親水広場の流水域には、外来種のブルーギルやカダヤシ(特定外来生物=採取、飼育、移動禁止)、グッピー、金魚、ミシシッピアカミミガメなど、飽きたり大きくなりすぎたりして、放流したとみられる多くの外来種が見られる。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

17日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて④ 長崎純心大学 石井 望准教授

 明治二十八年一月十四日(今の尖閣諸島開拓の日)に尖閣を領有するまで、日本政府は十年間「無主地確認」を進めたと言ふ。その動きは十年間だけだったのか。

第四囘 明治七年、大久保利通がほぼ無主地確認を北京で通告した

 

 【史料】
 『淡水廳志』卷十五引『蕃社紀略』、明治四年刊
 「山以西民蕃雜居、山以東有蕃無民。於東西之間分疆畫界。界外蕃或歸化、或未歸化。」
 〔山以西は民蕃雜居し、山以東は蕃あり民なし。東西の間に於いて疆を分かち界を劃す。界外の蕃、或は歸化(きか)し、或は未だ歸化せず。〕
 〔釋辭〕
 淡水:臺灣(たいわん)島の最北端の地名。
 山:臺灣島を南北に貫く中央山脈。
 蕃(ばん):先住民。
 民:清國人。
 疆:境域。
 界:分界線。
 【解説】 この史料は臺灣島を概論し、中央山脈を分界線として、東側は清國外、西側は清國内としてゐる。
 明治七年、日本が臺灣島東南部の牡丹社に出兵した際、北京で談判した大久保利通は、臺灣の地誌の記載にもとづいて臺灣東部が清國の統治外であることを指摘した。談判の記録は外交史料『同治朝籌辦夷務始末』卷九十七に見える。大久保が引いた書は、『續修臺灣府志』(ぞくしうたいわんふし)及び『淡水廳志』(たんすゐちゃうし)所引の鄧傳安(とうでんあん)『蕃(番)社紀略』(ばんしゃきりゃく)である。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

16日

尖閣「接近禁止」か 全国紙報道、地元で波紋

一般人が乗り込んだ漁船(右端)、日本の巡視船、中国公船(左端)が入り乱れる尖閣海域(昨年6月)=仲間均市議提供
一般人が乗り込んだ漁船(右端)、日本の巡視船、中国公船(左端)が入り乱れる尖閣海域(昨年6月)=仲間均市議提供

 漁業者以外の一般人が「漁業」名目で漁船に乗り込み、尖閣諸島海域に出港することを政府が法規制する方針だと全国紙が報じ「尖閣の地元」石垣島でも波紋が広がっている。尖閣の実効支配アピールや取材のため、一般人が漁船をチャーターして出港する行為も規制され、尖閣には事実上、漁業者以外は「接近禁止」となる可能性が大きいためだ。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

16日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて③ 長崎純心大学 石井 望准教授

 百十八年前の一月十四日(今の尖閣諸島開拓の日)、政府は尖閣が「無主の地」だと確認した上で、日本の領土に編入した。無主地確認の過程はどうだったのか。

第三囘 明治政府は尖閣が清國内だと考へたのか

 【チャイナ主張】
 外務卿(外務大臣)井上馨は、清國から尖閣を盜む事が露見するのを恐れて、領土編入を延期させた。その結果、十年後にやっと「先占」(せんせん)と稱(しょう)して尖閣を盜んだ。しかし國際法の先占の原則は、殖民(しょくみん)主義者が先住民を侵奪するために作り出した論理である。日本が尖閣に於いて先占の法理を主張するのもまた、チャイナに對する侵奪行爲を正當化するものである。

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

16日

ポンポン船を作ったよ! ユーグレナが出前授業 伊野田小

手作りの「ポンポン船」を水槽に浮かべる児童=15日午前、伊野田小学校
手作りの「ポンポン船」を水槽に浮かべる児童=15日午前、伊野田小学校

 株式会社ユーグレナ(本社・東京都、出雲充代表)は15日、石垣市立伊野田小学校(西原貴和子校長)の3年生から6年生の児童15人を対象に、理科の出前授業を開催した。主任研究員の足立秀行さんが講師を務め、ユーグレナ(ミドリムシの学名)が含有する油を燃料にした「ポンポン船」を作る実習を行った。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

15日

友好と平和 国内外に発信 尖閣開拓の日で式典 石垣市

石垣市の尖閣諸島開拓の日式典が開かれた=14日午後、市民会館中ホール
石垣市の尖閣諸島開拓の日式典が開かれた=14日午後、市民会館中ホール

 尖閣諸島(登野城)を行政区域とする石垣市は14日、尖閣諸島開拓の日式典を市民会館中ホールで開いた。中山義隆市長は「東アジア、特に中国との友好親善交流は双方にとって有益。積極的に展開し、非核平和都市、核廃絶平和都市宣言に示されている平和を希求する思いを、国内外に発信したい」と述べ、中国などとの友好関係構築や平和の発信に意欲を示した。

 中山市長は、尖閣国有化後、中国との緊張状態が続いていることを指摘した上で「琉球の歴史では、隣国台湾とは経済や漁業、技術の相互供与によって深い友好関係があり、中国とも海洋交易などを通じ、経済、人材を含め親愛なる友人としての互恵交流がある」と友好関係の重要性を強調した。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

15日

「いかなる妥協もせず」 尖閣で首相メッセージ

 石垣市が14日に開いた尖閣諸島開拓の日式典に、安倍晋三首相(自民党総裁)は「尖閣の領有権をめぐり解決すべき問題は存在せず、その帰属について議論の余地はなく、いかなる妥協も行わない方針を今後も貫いていくことを誓う」とするメッセージを送った。西銘恒三郎衆院議員が代読した。


 メッセージで安倍首相は、中国の領海侵入や防空識別圏設定について「力を背景にした現状変更の試みを断じて容認せず、引き続き冷静かつ毅然とした態度で対応していく。漁船の操業の安全確保に全力で取り組む」と強調。「今後ともわが国の領土、領海、領空を断固として守り抜くため、国の総力を結集する」と改めて表明。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

15日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて② 長崎純心大学 石井 望准教授

 一月十四日の「尖閣諸島開拓の日」はどんな由來があるのか。それについてチャイナ側はどう主張してゐるのか。

 

第二囘 明治十八年、日本人が上陸したと上海の新聞が報道した。清國政府は動いたのか

 

 【チャイナ主張】
 明治十七年に日本人は尖閣に上陸し、日本政府は内密に調査を開始し、侵奪を企圖(きと)した。その舉動(きょどう)が清國の警戒心を呼び醒まし、上海の新聞『申報』で報道された。そのため日本側はすぐに尖閣を盜むことができず、十年間延期してから盜んだのである。
 【史料】
 明治十八年九月六日 上海『申報』記事
 「臺灣東北邊之海島、近有日本人懸日旗於其上、大有占踞之勢。」
 〔臺灣(たいわん)東北邊(へん)の海島に近ごろ日本人有りて日旗を其の上に懸け、大いに占踞(せんきょ)するの勢有り〕

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

14日

「はしご乗り」ポーズ決める 12個人6団体に感謝状 市消防が出初式

はしご乗りで、トリを務めた女性団員3人が「火の用心」などの垂れ幕を披露した=12日、市中央運動公園
はしご乗りで、トリを務めた女性団員3人が「火の用心」などの垂れ幕を披露した=12日、市中央運動公園

 石垣市消防出初め式が12日午後、市中央運動公園で開かれた。市民の無病息災を願い、県内唯一の消防団によるはしご乗り、AED48isgの新曲披露、消防署員の展示訓練を実施したほか、人命救助など功績のあった12個人6団体に感謝状が贈られた。

 

 式典で、中山義隆市長は「昨年は防災計画見直しを行った、今後も消防職員、消防団など一体となり、より一層の安全、安心なまちづくりにまい進したい」とあいさつした。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

14日

「市民本位のまち取り戻す」 大浜陣営が事務所開き 市長選

後援会共同代表らを先頭に、大浜氏の必勝を期しガンバロー三唱する支持者=12日午後、後援会事務所広場
後援会共同代表らを先頭に、大浜氏の必勝を期しガンバロー三唱する支持者=12日午後、後援会事務所広場

 2月23日告示、3月2日投開票の石垣市長選で、前職、大浜長照氏(66)の後援会事務所開きが12日、真栄里の事務所で多数の支持者を集めて開かれた。国頭村立東部へき地診療所で医師として勤務している大浜氏は、電話で「市民本位の石垣市を取り戻し、笑顔が輝く市を作っていこう」とメッセージを送った。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

14日

「シイラ」と名づけ放鳥 衰弱のカンムリワシ野山へ

放鳥されたカンムリワシの幼鳥「シイラ」=12日午前、やいま村
放鳥されたカンムリワシの幼鳥「シイラ」=12日午前、やいま村

 環境省石垣自然保護官事務所は12日、衰弱で保護されたカンムリワシの幼鳥を発見現場付近のやいま村から放鳥した。カンムリワシは発見者に「シイラ」と名付けられ、元気な姿で飛び立っていった。


 シイラは昨年12月12日、市内元名蔵の水田で、飛べずに動けなくなっていた所を保護された。その後、たまよせ動物病院で治療を受け、やいま村のケージでリハビリを行ってきた。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

12日

初セリ高値 活況続く 子牛平均49万、最高74万 八重山、黒島

高値取り引きとなった初セリ。60万円超の価格に生産者の顔もほころぶ=11日午後、八重山家畜市場
高値取り引きとなった初セリ。60万円超の価格に生産者の顔もほころぶ=11日午後、八重山家畜市場

 八重山家畜市場の初セリが11日開かれ、子牛の平均価格は49万8532円で、前年の初セリを8万5556円上回る高値取り引きでスタートした。子牛の販売総額は1億7548万3350円で、前年を4600万円余上回った。竹富町の黒島家畜市場セリも子牛の平均価格は49万3074円で前年を9万7060円上回り、両市場とも昨年来の活況が続いている。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

12日

尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて① 長崎純心大学 石井 望准教授

右上の赤色「釣魚臺」が尖閣の魚釣島、中央の黄色が臺灣島。島内に臺灣縣・諸羅縣・鳳山縣が記載されてゐる。
右上の赤色「釣魚臺」が尖閣の魚釣島、中央の黄色が臺灣島。島内に臺灣縣・諸羅縣・鳳山縣が記載されてゐる。

 筆者は今年(平成二十六年)二月末に福岡の出版社「集廣舍」(集広舎)より『尖閣反駁マニュアル百題』を出版する運びとなった。その内容の一部分を數日(すうじつ)に分けて連載する。尖閣論議で負けたくない人は是非ご覽頂きたい。(最終日に贈り物のお知らせがあります。)第一囘は、「尖閣を臺灣(たいわん)と別色に塗る地圖なのに、「臺灣に屬する」と主張」

 

 【チャイナ主張】
 日本の江戸時代の林子平(はやししへい)の地圖(ちづ)は尖閣を福建省と同じ赤色に塗ってゐるから、日本人は尖閣をチャイナ領土とみなしてゐた。日本側は臺灣(たいわん)が福建と異なる黄色だから無効だと主張するが、島内に福建の「臺灣縣」(たいわんけん)、「諸羅縣」(しょらけん)、「鳳山縣」(ほうざんけん)を記載してゐるので、臺灣が福建に屬(ぞく)することに疑ひは無い。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

12日

カピバラまたも出現 逃走から10か月、新川川に安住?

 11日午前8時30分頃、新川川河口にカピバラが出現=写真。昨年3月18日の大雨で、市内の観光施設から逃げたあと数回確認され、石垣市消防本部が大捕物を演じたが、いずれも失敗。昨年暮れから目撃情報が八重山署に通報されていた。


 カピバラはネズミの仲間では世界最大の種で、南アメリカ東部のアマゾン川流域を中心とした温暖な水辺に生息。和名はオニテンジクネズミ(鬼天竺鼠)。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

11日

枝肉初セリ、高値維持 最高116万円、平均96万

出品された枝肉の品質を確認するJA職員=10日午前、八重山食肉センター
出品された枝肉の品質を確認するJA職員=10日午前、八重山食肉センター

 JAおきなわ八重山地区畜産振興センターの石垣牛枝肉初セリが10日、八重山食肉センターであり、10頭が出品され、平均価格は96万7002円(前年比10万119円増)、最高価格は116万6400円(同12万7220円増)と、前年から続く高値水準を維持した。昨年の新石垣空港開港で観光客が大きく伸び、石垣牛の需要が高まっており、JA石垣牛肥育部会の仲大盛吉幸部会長は「いい値段で取り引きができた」と話した。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

11日

「無党派層を結集」 大浜氏支持の勝手連結成 市長選

 3月2日投開票の石垣市長選で、前職の大浜長照氏(66)を支援する勝手連が発足した。10日、呼び掛け人らが真栄里の事務所で記者会見し「無党派層を結集し、市民党的立場で選挙運動を担う」と発表した。呼び掛け人は仲山忠篤氏、崎枝純夫氏、川上博久氏、崎原吉正氏ら6人。勝手連の名称は「大浜長照を支援する会」。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

11日

大浜氏支持を決定 自治労市職労 市長選

 石垣市役所の職員団体、自治労市職労(新盛克典執行委員長)は10日、市役所で臨時総会を開き、3月の市長選で前職、大浜長照氏を支持する方針を決めた。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

10日

今年は「歩いて快適な人生」を…

 今年は「歩いて快適な人生」を目標にした。久しぶりに於茂登山に上ったが、途中から体の限界を痛感した◆幼年のころ、楽しみな学校行事の一つに遠足があった。そのころは歩くことに何の不満もなく、せっせと目的地を目指したものだ。ところで文明社会の急速な発展は、人類が歩かずして、行きたい所へ行けるという歴史の進歩でもある。エスカレーターやエレベーターの何と便利なこと。ついつい歩くことが億劫になる◆そんな文明化時代の大きな落とし穴が肥満であり、肥満が引き起こすさまざまな病気なのだ。そこで「歩く」健康法は当初、歩幅を広く取りながら1日10分(約10㌔)から始め、徐々に時間と歩行距離を延ばし、ちょっときつい程度となる1日40分(約4㌔)へとつなげていく◆この方法でウォーキングを続けると、早足を40分続けても疲れない。階段を30段、普通の足取りで昇っても、心臓の動悸がない。危険からとっさに身をよけられる。この3点にパスすれば、しめたもの。あとは健康状態を維持するだけである。それで運動不足と肥満解消となれば幸いだ◆年をとっても自由に歩けることは、人生の楽しみを増やすことでもある。そのためにも、足腰が元気なうちに、歩く習慣をまず身につけたいものである。

2014年

1月

10日

竹富町史「新城島」を発刊 焼物とジュゴンの関わりなど記述

竹富町史編集委員会は町史第5巻「新城島」の発刊を発表した=9日午後、町長室
竹富町史編集委員会は町史第5巻「新城島」の発刊を発表した=9日午後、町長室

 竹富町史編集委員会(登野原武委員長)はこのほど、町史第5巻「新城島」を発刊した。竹富島、小浜島に続き、島じま編第3弾。10年がかりで完成したもので、新城島出身で、専門部会長でもある登野原委員長は「このように新城島についてまとまった文献がなかったので、歴史を記録に残せて嬉しい」と喜んだ。町史編集委員会は今後、鳩間島、波照間島、西表島、黒島を編集、発刊していく予定。9日、町役場で記者会見が開かれ、発表された。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

10日

プロレベル歌手認定を報告 来間高子さん市長表敬

プロレベル歌手認定を中山義隆石垣市長に報告した来間高子さん=9日午後、市長室
プロレベル歌手認定を中山義隆石垣市長に報告した来間高子さん=9日午後、市長室

 一般社団法人日本歌手協会(田辺靖雄代表理事)のプロレベル認定歌手オーディションに合格した来間高子さん(53)が9日午後、石垣市役所を訪れ、中山義隆市長に認定を報告した。中山市長は「よい楽曲と出会えたら世に出られると思う。頑張って下さい」とエールを送った。来間さんは「これからもみなさんの心に響く歌を歌い続け、八重山から全国に発信したい」と意気込んだ。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

09日

女性3人が「はしご乗り」 12日に消防出初め式

先輩団員の指導で、懸垂幕を掲示する(右から)三輪千夏さん、登野盛雅美さん、生駒さつきさん=7日午後8時半過ぎ、市消防本部
先輩団員の指導で、懸垂幕を掲示する(右から)三輪千夏さん、登野盛雅美さん、生駒さつきさん=7日午後8時半過ぎ、市消防本部

 12日、市中央運動公園で開催される出初め式で、ハイライトのはしご乗りを行う、石垣市消防団(新垣能一団長)の練習が年末から始まっている。団員らが気合いを入れて励んでいる。

 はしご乗りは、2004年に25年ぶりに復活。以後県内では石垣市消防団だけが毎年行っている。全団員が仕事を持っているため、練習は夜8時過ぎから。


 消防本部の一角にロープを張って垂直に固定した6メートルの登りはしごの上に、命綱を付けて立つ。竿の直径は10センチに満たず、緊張して震えると、はしごが大きく揺れる。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

09日

領土編入以前の尖閣諸島における熊本県人の活動㊦ 尖閣諸島文献資料編纂会 國吉 まこも

 南島探験より無人島(尖閣諸島)への航路が記されている略図。
 南島探験より無人島(尖閣諸島)への航路が記されている略図。

 ▽読売新聞が報じた熊本県漁業集団「図南軍」の活躍記事より
 「図南軍」とは熊本県より尖閣諸島を目指して遠征してきた漁業者集団の呼称である。野田正、山隈惟男をリーダーに十数名の天草漁夫で結成され、2艘の漁船を有す。


 伊沢弥喜太と、この図南軍との直接の関係は見出せない。伊沢は西表での見聞より尖閣を目指すことになったが、野田らは熊本県にいながら尖閣を有望な漁場であると認め出発している。両者の出発点は全く別であることに注意を払わなければならない。


 図南軍の活動が、東京で発行される読売新聞(1893年9月より1894年2月、4回に亘る)でも報道されている事も興味深い点であるが、これは同年9月15日より発刊された琉球新報の報道に因るものであると筆者は考えている。根拠は、同じ頃の九州日日新聞に図南軍の活動記事について、琉球新報によるとの説明があるからである。ともかく、この漁業集団の活動を簡単に紹介したいと思う。


 6月13日の九州日日新聞特別広告欄で、野田正、山隈惟男の両氏が今回図南の壮挙を企画したので送別会を鎮西館で行う旨の告知がなされている。送別会がどの様なものだったか、記事がないので知る由もないが、その後の8月8日尖閣諸島目指して熊本を出発したことが同紙に報じられ、その後、島原を経て鹿児島に15日着し、17日には奄美大島に向かう予定であるとの続報がなされている。


 8月31日夜、図南軍の一行は那覇港に到着。翌9月1日には笹森儀助と面談している事が『南島探験』に記されている。同書によると野田らの計画は当初より沖縄県当局に知られ、本島滞在の節は有志者よりの饗応が屡々なされたそうである。


 読売新聞の記事によると、奈良原知事もその一人であったようである。知事は一行を旧御物城に招いて酒宴を開き―壮快なる図南軍の発途を送るの演説を為し、次に自ら薩摩琵琶の一曲を声高らかに朗吟し、夫より船旗授与式を行い、漁船二艘に、第一舜天丸、第二舜天丸の名を命じ、終て酒杯の間に豪談し、翌一日右一行は風雨に乗じて那覇港を発し激浪怒涛を衝いて、尖閣群島に向かいたりと。―


 八重山に無事着した一行は、石垣島近海で第一舜天丸による試漁を実施したところ、立ちどころにサメ20尾以上を漁獲したという。そうして順風を待ち、9月30日魚釣島へ向けて石垣島を出帆した。その後、尖閣での試漁を終えた一行は石垣島に帰帆。野田、山隈の両氏は漁獲による製造品(鱶鰭、油、魚肚、干肉、干皮など)を携えて、汽船大有丸で本島那覇に帰港、尖閣遠征の結果を県庁に報告した。図南軍が製した品々を見た県庁の人々及び在覇の商人等は、その見事さに感嘆したという。


 さて、この野田ら図南軍の活動は、別方面に波及する事となる。その後の1894年2月の読売新聞記事によると、野田の報告―(尖閣諸島は)水産の利、拓殖の便は勿論、地味米麦に適し、島中所々に淡水湧出するが故に人類の生活に差支えなけれども、未だ何人も移住せし模様なく、又何国の版図に附属せるの形跡もなしと云えり。―この報告を受けた県庁では、内務省に照会(すなわち冒頭に記した1893年11月2日付の領土編入上申である)し、それに応える形で時の政府は1895年1月14日付で尖閣諸島領土編入を正式に閣議決定した。


 奇しくも伊沢の活動は領土編入後の尖閣諸島開拓へとつながり、図南軍の活動は尖閣諸島の領土編入へとつながった事になる。故郷熊本を遠く離れ、ここ八重山、そして尖閣諸島に影響を与えた2つのケースを想っていただければ幸いです。(おわり)

2014年

1月

09日

校庭のやぎも祝福 特技は「タイヤ乗り」

「メェメェ」と鳴き、石垣市立大本小学校創立56周年を祝福するやぎ=8日午後、同校校庭
「メェメェ」と鳴き、石垣市立大本小学校創立56周年を祝福するやぎ=8日午後、同校校庭

 石垣市立大本小学校で開催された創立56周年記念集会では、校庭のやぎも祝福。会場まで「メェメェ」という鳴き声が響いていた。年齢は2歳。名前は〝ゆきだるま〟。由来は赤ちゃんの頃、おなかが丸々と太っていたから。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

08日

新春恒例の初春の交歓会…

 新春恒例の初春の交歓会、八重山観光新春のつどいに参加した。昨年来の「新空港開港効果」による大幅な観光客増で、景気回復に対する期待感が高まっているためか、出席者の顔は輝き、例年にない活気が会場に満ちているようだった◆開港1年目の昨年は観光客数が94万人台だと試算されているし、今年からは早くも100万人時代が視野に入っている。観光業、農業、商工業、サービス業と、新空港効果をじわじわ浸透させていくことで、八重山全体の経済振興が図られる◆そのためにも、観光の好調をある程度長期的に持続させる必要があるだろう。新空港という抜群のツールをせっかく手に入れたのだから、それをどう生かしていくか、八重山住民の知恵の出しどころである◆そして今年は市長選、議員選、知事選がある。候補者はいやでも新空港開港後の展望を描かなくてはならないし、有権者としても、候補者のビジョンをじっくり吟味できる。あるいは有権者の側から、積極的に候補者に提言するのもいいだろう。住民にとって、選挙こそは「開港後」の戦略を練る絶好のチャンス。選挙の当たり年が開港の翌年に来たということも、八重山の強運を示している◆候補者の声に耳を傾け、しっかり判断し、確実に投票所に足を運ぶ一年にしよう。

2014年

1月

08日

「新年度に教科書切り替えを」 県教委の対応見極め判断 竹富町への直接是正要求

 竹富町が教科用図書八重山採択地区協議会の選定に従わず、独自に東京書籍の中学校公民教科書を採択した問題で、文科省は町に直接、採択のやり直しに向けた是正要求を行う方向で検討を進めている。町に是正要求するよう文科省から指示を受けている県教育委員会の対応を見極め、最終的に判断する。新年度がスタートする4月からは、町の公民教科書を育鵬社版に切り替えさせ、違法状態の解消を図りたい方針。これに対し県教委は、是正要求に対する疑問点をまとめた質問状を文科省に出す方針を決めており、質問状の内容を15日の定例会で決定する。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

08日

領土編入以前の尖閣諸島における熊本県人の活動㊥ 尖閣諸島文献資料編纂会 國吉 まこも

 写真は1908年ごろ撮影された久場島での一コマ。中央の母娘(長女真伎1901年生)と左隣に写る父弥喜太。
 写真は1908年ごろ撮影された久場島での一コマ。中央の母娘(長女真伎1901年生)と左隣に写る父弥喜太。

 与那国を経由する理由は、同島より永井が手配していた食料―米俵を受け取るためである。
 与那国からは1昼夜で尖閣に航したそうである(11月9日午後1時出帆、翌10日午前8時魚釣島着)。無動力の帆船時代とはいえ、順風を得れば八重山からはそう遠くない島々であった事が窺えよう。


 無事島に上陸した伊沢らは直ちに海岸に漂着する木材で2軒の小屋を仕立て、風雨を凌ぐ準備を整えた。島には水が湧き出で、野生の大根等の野草も少なからずあり、アホウドリ、カツオドリを始めとする海鳥、野鳥が群生しており、食料調達については問題なかったようである。


 殊にアホウドリは夥しく群生―遠く之を望めば全島白紙をはり廻わしたる如く、到る所信天翁ならざるなし。山に入らんとするときは、木片を以て之を払い除かざれば通行するを得ず。手を以て之を捕ゆるに、其易きこと、落ちたる物を拾うが如く、其実際は決して想像の及ぶ所に非ず。―


 当時、魚釣島でのアホウドリは取り放題であった。記事によると、当時その羽毛は1kg当り25円程度で取引されたという。伊沢は同行の糸満人に命じて、1日アホウドリ捕獲に専念させた所、彼は日の暮れる前に千羽以上のアホウドリを捕獲したそうである。領有後の久場島におけるアホウドリ捕獲状況を琉球新報(1900年6月25日付『無人島の遺利』)が報じているが、この時は1日で300羽とある。当時の魚釣島はアホウドリの一大繁殖地であり、おそらく久場島の及ぶ所ではなかったのであろう。


 伊沢は羽毛を採取する傍ら、その肉を燻製干肉に製して、八重山に送ったところ「余程旨かりし」との好評を得た。また島での食事の際、肉を煮て卵とじ(アホウドリの親子丼か)にすれば頗る美味だと述べている。


 漁業については、サメ、サワラ類が豊富なこと、また近海に出れば30kg前後のアラ(ミーバイの1種か)も立ちどころに数本釣れたそうである。周囲はカツオの群れも夥しく、試みにカツオ節を製したところ、頗る見事な節を得た。が、渡島の主なる目的はアホウドリの羽毛であったので、漁獲物については余技に留まり八重山に送ることはなかったという。


 明治26年の渡島の際に、伊沢は羽毛採取に留まらず、漁業においても活動しようと計画を立てた。必要な漁具についてはのちに石垣島より送致する確約を松村、永井から得て、糸満人と出稼人を率いて渡島し羽毛採取に取りかかった。が、待てど暮らせど石垣島より約束の漁具は届かない。


 業を煮やした伊沢は同年4月頃、一旦魚釣島を糸満人と共に出帆、石垣島に帰島し松村等に面会する。事情を聞いたところ、漁具については手筈が整わず準備出来ていないことを知る。ともかくも島に残した出稼人を迎えに行くことに決し、6月4日船頭として雇った鹿児島県人満石、有川2名を伴い、尖閣目指して石垣島を出帆した。


 当初、海上は少し時化ているも、嵐の襲ってくる様子はなく、翌日には魚釣島に付く筈であったが、夜が明けても眼に入るのは大海原のみである。翌6日、遠く西方にぼんやりと島の姿が見えた。これは台湾に違いないと船の進路を向けるが、嵐の襲来に遭い、ここに至って伊沢の船は完全に遭難することとなる。石垣島を出帆して漂流する事10日間。6月14日船は中国大陸清国温州府に属する1孤島に流れ着いた。


 清国に漂着した伊沢ら一行は、一路福建省を目指すも、その間に再度の漂流や同国地方官吏の懇切丁寧な応対、同地日本人団体の援助もあって、冒頭に記した様に、無事帰国。長崎港へと降り立つわけだが、今回はその部分は割愛させていただく。一つ言うならば、地方官吏の伊沢らへの応対は、清国領土である無人島尖閣で、許可を得ることなく、不法に羽毛採取及び漁業等を行った者に対するそれとは思えないものである。


 なお、記事の中で、伊沢は再度沖縄県八重山に渡り、尖閣での活動を続ける決意を述べているが、有言実行、尖閣の領土編入後は古賀辰四郎による同諸島開拓の一翼を担う事になる。また、魚釣島に残された出稼人はその後、夜光貝採取で渡島した別の糸満人らによって保護救出されていることも付記する(南島探験より)。


 余談だが、1856(安政3)年生の伊沢はこの年37才。未だ独身であったが、尖閣での開拓の間に妻を娶り、久場島で2人の娘を授かったそうである(高橋庄五郎著『尖閣列島ノート』より)。
 さて、話は変わって、伊沢ら3人が長崎港に降り立った9月11日を遡る事10日、9月1日、沖縄本島那覇港には尖閣を目指す熊本県人の集団の姿があった。彼らの名は「図南軍」という。(つづく)

2014年

1月

07日

「現地」「移転」議論活発化へ 14年度中に建設位置決定 新庁舎の検討作業進む

 市役所現庁舎の老朽化を受け、早期の建て替えを迫られている石垣市は、2014年度に新庁舎建設基本計画を策定し、新庁舎の建設位置を決定する。中心市街地の空洞化を恐れ、現庁舎周辺での建て替えを求める声、東日本大震災の教訓を受け、庁舎の高台移転を求める声の双方があり、市企画政策課は「難しい問題。慎重に検討したい」と話す。市役所の立地は市の将来像にもかかわるだけに、議論が活発化しそうだ。

 

 市は3月までに新庁舎建設基本構想を策定する予定で、素案では新庁舎建設の基本理念に「みんなが集う石垣市のランドマーク」を掲げた。市民同士や観光客が交流を深める「集える市役所」を目指すとしている。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

07日

領土編入以前の尖閣諸島における熊本県人の活動㊤ 尖閣諸島文献資料編纂会 國吉 まこも

画像は九州日日新聞10月8日付2面より
画像は九州日日新聞10月8日付2面より

 今年も尖閣諸島開拓の日式典が開催されるが、これは1895年1月14日付の閣議決定にちなんだものである。開拓の日と名付けられてはいるが、この日付を以て尖閣諸島の開拓が始まったというわけではない。閣議決定の文面を読めばわかることだが、同諸島で漁業を試みる者が現れた結果、明治政府は領土編入したわけである。


 同諸島における人々の営みは領土編入以前から開始されており、時の政府がこれを追認した日付に過ぎない、これを念頭に入れて置かなければ、式典を開催する意義も半減する事は言うまでもない。


 さて、政府の閣議決定は沖縄県の要請―具体的には明治26年11月2日付の沖縄県上申に応える形で為されたものである。明治26年頃の尖閣諸島における漁業状況、人々の活動とはどういうものであったか、同年沖縄諸島を訪れた笹森儀助の名著『南島探験』による記述は広く知られるところだが、もう少し具体的な記述が当時の新聞記事に見られるので、簡単にではあるがこれを紹介することで尖閣開拓の日に手向けたいと思う。


 ▽伊沢弥喜太による『漂流談』より
 これは1893年10月、九州日日新聞に掲載された5回に渡る連載記事である。熊本県人の伊沢は1891年・1893年の領土編入以前、2度尖閣においてアホウドリ羽毛採取及び漁業活動に携わった経験を持つ。九州日日の連載記事を下敷きに、他幾つかの資料を交えて、同時期の尖閣諸島における人々の活動を紹介したいと思う。


 1893年9月11日、清国上海より入港した郵船横浜丸より長崎港に降り立った3人の漂流人たちがいた。鹿児島県指宿の人満石良助、同県悪石島の人有川岩助、そして熊本県宇土郡住吉村の人伊沢弥喜太である。


 記事によると、伊沢は1891年頃から沖縄県八重山島より尖閣諸島に渡航して、陸海の物産採獲事業を営んでいたが、のちの1893年6月4日尖閣を目指して石垣島を出帆した際に運悪く海上暴風に遭い、清国に漂着。種々の苦労を経ながらも、清国地方官吏の懇な応接により、無事祖国に送還される事となった。


 ここで、そもそも伊沢が何故沖縄及び八重山に来る事になったかを略述する。伊沢は1885年5月熊本鎮台分遣隊の看護兵として、沖縄県に赴任した。その後は翌1886年県立病院の薬局に転職、翌1887年には三井西表炭坑所属の薬局に職を替えるも、同炭坑は1889年末に一時閉鎖される。勤め先を失った伊沢は沖縄本島国頭の病院に職を得るが、熊本より父が急病との知らせを受け、急遽帰郷。その看病は予想以上に長期に渡り、翌1890年沖縄に戻ったものの、同病院の職を辞さざるを得なかった。


 伊沢が西表炭坑に務めていた時、尖閣の事を耳にしたという―台湾を距る遠からざるの所に、児場島と称する無人島あり。信天翁群族せり。嘗て人あり。其鳥の羽毛を抜きて之を横浜に送りしに、頗る外人の好評を得たり。又た其周囲の近海には魚族群生して漁獲の利、甚だ多し―。


 職を失した伊沢は八重山西表島に立ち寄るも同炭坑は以前閉鎖状態である。この時に至り伊沢の脳裡にアホウドリが群れる尖閣の島が思い起こされたのだろうか、―余は一びは探検の為め之れ(※尖閣)に渡航せんと志しも、時期未だ至らず、準備熟せざりしかば、遂に其志を達するを得ず。常に以て憾みと為せしが、幸いにして今回は炭鉱事務所員三谷伊兵(※正しくは伊兵衛か)、鹿児島人松村仁之助、同永井喜左衛門(※南島探験には喜右衛門とある)の三人、余の志を賛じて其計画を助けんと誓えり―。


 三谷、松村、永井という3人のパトロンを得た伊沢は、炭坑で使用されていた石炭積み船(5t)及び資金の提供を受け、八重山に遠征していた糸満人6人(サバニ一艘、サバ釣船1艘)を伴い尖閣を目指すこととなった。1891年8月、石垣を出帆した伊沢らは、まず西表に渡り、そこから与那国を経て、尖閣に渡った。(つづく)

2014年

1月

07日

八重山路線9万人余が利用 年末年始航空利用

年末年始は9万人余が八重山関連路線を利用した=12月31日、新石垣空港
年末年始は9万人余が八重山関連路線を利用した=12月31日、新石垣空港

 日本トランスオーシャン航空(JTA)、琉球エアコミューター(RAC)、全日本空輸(ANA)は6日、年末年始(12月20日~1月5日)の利用実績を発表した。期間中、八重山関連路線を9万1069人が利用。特に各路線とも羽田(東京)―石垣路線は各社とも好調だった。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

05日

市長選 事実上スタート 中山、大浜氏の一騎打ちへ 今月上旬に事務所開き

 2月23日告示、3月2日投開票の石垣市長選は、現職、中山義隆氏(46)、前職、大浜長照氏(66)が昨年末に相次いで出馬表明し、一騎打ちの公算が強まったことで、事実上の選挙戦がスタートした。4日に市内ホテルで開かれた初春の交歓会では中山、大浜両氏とも会場で精力的にあいさつ回りするなど、水面下で火花を散らしている。中山陣営は8日、大浜陣営は12日に後援会事務所開きを行う予定。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

05日

来月22日からキングス公式戦 高松ファイブアローズと対戦 3年連続の開催

八重山開催をPRした関係者=市役所
八重山開催をPRした関係者=市役所

 プロバスケットボールbjリーグの琉球ゴールデンキングスの公式戦が2月22、23日の2日間、石垣市総合体育館で開催されることが決まった。3年連続3回目の八重山開催。過去2年間は4戦全勝と不敗神話がある縁起が良い会場。5日午前、市役所で安永淳一琉球ゴールデンキングス取締役や八重山バスケットボール協会の太田義彦副会長、スポンサーとなる㈱ユーグレナの出雲充社長、中山義隆石垣市長が出席し、記者会見が行われた。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

05日

新春を名曲で彩る ストリングスがコンサート

次々と名曲が披露されたYAEYAMAストリングスの第6回定期演奏会=5日午後、市民会館大ホール
次々と名曲が披露されたYAEYAMAストリングスの第6回定期演奏会=5日午後、市民会館大ホール

 YAEYAMAストリングスの第6回定期演奏会「ニューイヤーコンサートIn石垣」が5日、石垣市民会館大ホールで開かれた。石垣市民吹奏楽団や沖縄本島で活動する音楽家をゲストに迎え、新春にふさわしい名曲を次々と披露した。


 第1部は音楽監督の庭野隆之さんの指揮による弦楽合奏「春の歌」(メンデルスゾーン作曲)で幕開け。続くヴィヴァルディの「四季」では、屋比久潤子さんが華麗なバイオリンソロを聞かせた。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

05日

「ベテランの私に任せて」 前職大浜氏が出馬表明 市民要望に応えるまちに 市長選

返り咲きに向けて出馬表明する大浜氏(30日午後)
返り咲きに向けて出馬表明する大浜氏(30日午後)

 3月2日投開票の石垣市長選で、前職の大浜長照氏(66)は12月30日、市内ホテルで記者会見し、4年ぶりの返り咲きに向け出馬表明した。「混迷している石垣市の状況を、ベテランの私に任せてほしい」と決意を語った。返り咲きを果たした場合は「市民の要望に応えられるまちづくりを思い切ってやっていきたい」と強調。保革を超えた運動体の構築に意欲を示した。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

05日

社会に貢献する大人に 新成人500人余 希望胸に 夢に挑戦 抱負続々 石垣市

振袖やはかまと、晴れやかな衣装で成人式を迎えた=市民会館
振袖やはかまと、晴れやかな衣装で成人式を迎えた=市民会館

 石垣市の成人式が4日、市民会館大ホールで開かれ、故郷で式典を迎えようと島内外から新成人515人が参加した。市民会館周辺は振袖、はかま、スーツ姿の新成人でにぎわい、久し振りの再会を抱き合って喜び、記念撮影をする姿が見られた。新成人の代表らは「社会に貢献できる人になりたい」などと抱負を述べ、大人の仲間入りにあたっての決意を新たにした。

 

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

2014年

1月

05日

縁起良い「元旦ベビー」 飯田さん夫妻第二子 元気よく

元旦に誕生した飯田さんの第2子。助産師の大底みどりさん(右)と一緒に=4日午後、県立八重山病院
元旦に誕生した飯田さんの第2子。助産師の大底みどりさん(右)と一緒に=4日午後、県立八重山病院

 1月1日生まれの「元旦ベビー」が今年も誕生し、家族や関係者は新春から喜びに包まれている。県立八重山病院では1日の正午、飯田祥史さん(43)、麻紀さん(36)夫妻=真栄里=の第2子で女の子が体重2986グラムで誕生した。同院での元旦ベビー誕生は4年連続。


 1月6日が予定日だったという飯田さん。大晦日に家族でカウントダウンをして、桃林寺へ初詣にも行ったという。「まさか元旦に生まれるなんて思ってなかった」と笑う。

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html