2016年

9月

02日

感染症対策で米国から感謝状 仲井眞知事との思い出② 元沖縄県福祉保健部長 宮里 達也

 私は、平成21年から23年の3年間、沖縄県福祉保健部統括監・部長として、前仲井眞知事のおそばで仕事をする機会があった。その時の経験について県民、特に八重山地域の皆様方に是非ともお知らせしなければならないと考え、今回、数回に分けて投稿することとした。
 平成21年のことは皆さんすでに記憶も薄れていると思う。その年のゴールデンウィーク前の4月後半、メキシコにおいて新型インフルエンザ発生、多くの若い人が重症化し死亡者が相次いでいるとのニュースが流れた。WHO【世界保健機関】もフェーズとかパンデミックとかいった一般には聴きなれない言葉を用いて、特別の警戒が必要との見解を世界に呼びかけた。
 そのニュースが流れた朝一番、知事室へ緊急の呼び出しを受けた。知事は非常に緊張した表情で私たちに問いかけた。メキシコで流行しているインフルエンザへの県の対応はどうなっているかといった内容であった。当初、検討・協議であるといったものではなく、叱責に近いものであった。
 私は医療技官の責任者の立場から積極的に発言した。沖縄県の医療は地域の医師会の皆様を基礎として、民間病院、県立病院、大学病院の連携はしっかりしており、メキシコの医療環境とはまったく違う。また、スペイン風邪の被害を引き合いに過度の恐怖を語る人もいるが、当時の医療状況と現在はまったく違う。今回の事態もいたずらに恐怖するのではなく、沖縄の医療に期待し、被害の最小化に努めるべきです。知事におかれましは県民の不安を和らげるメッセージに努めるべきです。おおよそそういった内容の説明をした。
 当初、知事は相当に厳しい表情であったが途中から穏やかになった。説明も一段落したので立ち上がり、「失礼します」と告げ退室しようとしたところ知事から予期しないお言葉があった。「貴方のお顔は麻生総理に似ていますね。人に安心感を与える声ですね」
 私は、本当にずっこけて、〝ゴツーン〟とテーブルに頭をぶつけてしまった。その様子に立ち会っていた多くの幹部職員も全員、笑ってしまい当初の緊張が解けた。普通「全力を尽くして対応してください」といったことを話すのでしょうが、仲井眞知事は、まじめな内容であればあるほど、独特の言い回しをするお方だなーとその時感じた。
 一方、国の対応は深夜の厚生労働大臣の記者会見や水際作戦に見られたように、過度に国民に不安を与えたように感じた。そういった社会状況にも影響されたのでしょう。「アメリカで恐ろしい病気がはやっている。米軍基地のある沖縄県は、また基地の被害をこうむらなければならないのですか!」県にはそういった内容の声も届いた。
 私は、知事のお許しをいただき、新聞紙上に「今回の事態は基地問題ではなく、疫病対策という人道の問題である!」そういった内容の投稿をした。日ごろ人権を声高に主張する人たちの覚悟のなさを残念に思った。
 新型インフルエンザ対応に際しては、事柄の関係上米軍とも緊密に連絡しあたった。日本におけるほとんど意味のない混乱ぶりとは反対に、米軍関係者は、流行が本当に深刻化し、東アジア地域で混乱が生じた際の医療支援計画、食糧支援計画を立案していた。私は米軍基地問題について云々する立場にないが、日本の混乱ぶりと比較し彼らの世界的視野での考え方を知り、大いに恥ずかしい思いをした。
 そういった経緯もあっての事であろうが、事態が完全に収束した時、私は米国総領事から感謝状をいただいた。私の終生の誇りである。