2016年

9月

04日

八重山病院新築を強く指示 仲井眞知事との思い出④ 元沖縄県福祉保健部長 宮里 達也

 前回まで、統括監へ指名される際の面接時のことや、新型インフルエンザ対応へのこと、さらに病院事業局長指名のいきさつ等の少しばかり風変わりなエピソードについて話してきた。
 特に八重山諸島の人々にどうしても伝えたいことがまだある。八重山病院新築のいきさつである。
 平成23年だったと記憶しているが、病院事業局にとっての長年の懸案事項であった県立宮古病院の新築移転の事業にほぼ目途がついたころ、私は伊江病院事業局長の部屋を訪ねた。八重山病院をどうするかについて話し合うためであった。
 私自身、琉球大学に所属していたころの昭和58年、少しの期間であったが八重山病院に所属していたことがある。八重山病院の設備等の事情はよく知っていた。当時から特に手術場などは、地域の基幹病院としてはあまりに貧弱で問題があるように強く感じていた。また、耐震構造上も問題があり、前年には特別に予算を確保して耐震補強工事も行っていたが、近代医療を行うには新築するしかないのは明らかであった。
 さすがに11年も八重山病院長として赴任し、苦労してきた局長である、私以上にそのことを心配しておられた。しかし、長年の懸案だった宮古病院の新築の工事に取り掛かったばかりの時期である。ご自身でそういった話題を持ち出すことは困難な状況であった。まさか福祉保健部の責任者からそういった話題が持ち込まれることは予想してなかったようである。目を輝かせて喜ばれた。
 二人で大まかな作戦を立て、5年後をめどに成し遂げようということになった。非公式ではあるが、総務部関係者のところにその話題をもっていったところ、「10年後の検討事項ですね」けんもほろろにそう言われたりした。
 そんなことは最初から想定されたことであった。通常こういった事業は住民運動が先行しなければ成し遂げられない。良くも悪くも、八重山は宮古に比べてこの種の問題にのんびりとしたところがある。しかし、当然ではあるが、情報を上げると市長や議員をはじめ関係者が一生懸命訴えるようになり、一気に具体的な検討課題になった。
 住民の皆さんには是非理解していただきたいのですが、この問題に関しても仲井眞知事は特段の関心を示していただいた。特に、平成25年の7月大型台風が八重山地方を襲った。老朽化した病院にも甚大な被害が発生した。雨漏りや自家発電の機能が十分でない中で停電も発生し、病院機能そのものがダウンした。当時の本竹副院長(現中部病院長)が被害の状況を録画していた。
 被害のニュースが本島に伝わると、すぐに仲井眞知事は現地八重山に飛んだ。病院にも視察に入った。病院で被害発生直後の状況を映した映像を目にし、本当に驚かれたようである。帰任後これではいけない、八重山病院の新築は県政の最優先課題であると予算担当関係者にも強く指示された。
 現在八重山病院の新築工事が進んでいる。前例に比べ、特段の速さで事は進んだ。そのことに少しばかり関わった私としても大変うれしく、新病院の完成を心待ちにしている。
 私はすでに県庁を去った身であるが、このことには今でもずっと気に留めている。私の得た情報では、予期しない不発弾問題などがあり、八重山病院新築事業は資金確保等で必ずしも順調ではないようである。住民自身もよく情報を集めて、さらなるバックアップをして是非立派な病院を造っていただきたい。