2016年

9月

06日

昔気質、茶会めぐり激怒 仲井眞知事との思い出⑤ 元沖縄県福祉保健部長 宮里 達也

 仲井眞前知事が八重山地域のことに並々ならない思いがあったことの一端を紹介してきた。
 知事という要職にあり年長者でもある方の、その人柄について私などが云々することは大変失礼であることは十分承知しているつもりである。しかし昨今の米軍基地にからむ政治状況と、繰り返されたマスコミのイメージ報道で、彼は県民から非常に誤解されている様に感じ心配している。敢えて彼の人柄について私の考えを述べてみたい。
 仲井眞知事は、とてもまじめな方で、特に沖縄への郷土愛は並々ならぬものがあった。反面、「麻生総理に似ていますね」とか「ご下命ですか」の発言にみられるように、私のような直線的な発言をする人とはちがって、少しはぐらかした変な物言いをする方である。そういったところを彼独特のユーモア感じてもらえればよいのだが、誤解を生むこともしばしばあったのも事実である。
 もう一つエピソードを紹介したい。数年前、全国的に〝たな卸し会議〟といった行革が流行した。もちろん行革はとても重要な視点でもあるが、民主党政権下マスコミをにぎわした「一番でなければいけないのですか?」といった少し思慮に欠けるものが沖縄でもあった。
 福祉保健部では百寿者への祝い事業が行革になり、前年数百万円の事業費が数十万円に減額された。そのため百寿者全員への知事からの記念品の贈呈と数人の代表者の自宅訪問ができなくなった。そういった事情で、その年は代表者を招待しての識名園における知事主催の茶会をする計画に変更した。
 事業前日、担当課長が知事説明を行った。ところが担当者の予想に反して、知事が納得せず立ち往生してしまった。秘書から私のところへ電話があり、至急知事室に来るよう求められた。
 私が到着した時、知事は顔を真っ赤にして担当者をしかりつけていた。何故知事が怒っておられるのかよくわからなかった。よくよくお話を伺ったところ次のような理由であった。百寿者は長年にわたって沖縄県に貢献してきた立派な方々である。そのような大先輩の方々を、私ごとき後輩が呼びつけるような失礼なことはとてもできない。また、私は百寿者のお宅を訪問して、仏壇の前で献杯を受け長寿をあやかりたいのにそれができない。
 知事のお話を聞いて、私も大変困った。私のような凡人が全く想定してない理由であったからである。しかし、全ての段取りが終了した後であり、事業変更などできない。私は率直に「知事のお気持ちを理解できてなかったことをお詫びします。しかし、すでに多くのボランティアの方々の協力も得ながら事業計画は進んでおり、変更することはとても不可能です。また、知事は単なる一県民ではなく、県民の代表者であり、昔でいえば国王にもあたる立場です。そんな方が『百歳おめでとう。長年ありがとうございました』と声をかけ、一緒にお茶を楽しむことは、とてもうれしいことですよ」そのように説明してやっと納得していただいた。
 これまで述べてきた経験から私は、仲井眞知事は先輩方を大切にする昔気質のとても真面目な方だと改めて感じた。一方、そういったことを理解しない職員などからは、「気難しく、わけのわからないことを言う人だなー」と誤解され煙たがられたのも事実である。