2016年

9月

07日

沖縄差別は誤解、恩人への感謝を 仲井眞知事との思い出⑥ 元沖縄県福祉保健部長 宮里 達也

 八重山や宮古などの住民にとって医療は最も大切なものの一つである。地域の医師会の先生方と県立病院が連携を強化して、良質な医療を提供できなければ安心して暮らすことはできない。
 高良前副知事から子供のころの二つの悲惨な経験を聞いたことがある。子供のころ親の仕事の関係で離島に住んでいた。兄弟が百日咳を発症、呼吸困難となった。サバニで本島の病院に搬送中お亡くなりになったという。また、隣に住む若い夫婦が臨月になり陣痛が始まった。しかしながら時間がたっても苦しむばかりでなかなか生まれない。予期せぬ難産となってしまった。復帰前の話で、米軍ヘリを依頼した。しかし、運悪く台風接近の悪天候で島にどうしても着陸できなかった。妊婦は陣痛の苦しみの中で力尽き母子ともに死んでしまったという。
 八重山と宮古には県立の総合病院を整備し、また各離島には診療所がある。加えて万一の救急搬送に備え、自衛隊と海上保安庁に特別の配慮をお願いしている。これは現場の命がけの善意と使命感があって維持されている。そういった体制があるため、かつて副知事の経験したような悲しいことはなくなり、離島でも安心して暮らせるのである。
 離島の県立病院経営にとって最大の困難は人材の確保である。とりわけ産婦人科医の確保はなかなか見通せなくなったりする。
 平成23年の新春早々、当時の八重山病院長が緊急の記者会見をひらいた。4月からの産婦人科医の確保ができないため、妊婦検診を含め、産婦人科を閉鎖することを発表した。これは八重山の新聞は当然、本島のマスコミでも大きく取り上げられ、大騒ぎとなった。
 福祉保健部の私の部屋や、病院事業局長のところには市長、議員、市民団体など多くの関係者が押し掛けてきた。どなたもとても心配して、八重山病院から産婦人科がなくなることは許せないと口々に主張していた。
 病院事業局長や私としてもその思いは同じなのだが、具体的な人員の配置計画がなかなか組めなく苦慮していた。皆さんには信じてもらえないかもしれないが、日ごろ図太く見える私も心配で夜も眠れなくなった。
 そんな状況の時、知事から私の携帯に電話が入った。「私(仲井眞知事)の昔からの友人で、政府関係者にも顔の利く人から電話があった。八重山という国境の街の病院に産婦人科がなくなるのは東京にいる私にとっても大変心配である。もし、沖縄県が希望なら、親しいお付き合いのある順天堂大学関係者に働きかけて特別に産婦人科医を派遣することを検討してもらってもいいのだが」といった内容で、私や現場の意向を聞きたいとのことであった。もちろん有り難い話で、伊江局長にも伝え、どうにか4月からの産婦人科閉鎖は回避できたのである。
 おそらくそういった事があったことを知る八重山住民はほとんどいないであろう。今回あえてこのエピソードを紹介したのは、最近、〝沖縄は差別されている〟そういった内容の発言を、市民活動家ばかりでなく県の要人の口からも発せられるようになっている。私は、そのことがとても心配で不愉快でもあるからである。
 心ある人々は、東京にあっても遠く離れた沖縄や離島のことを心配してくれているのである。そういった方々への感謝の思いを忘れたら、地域の発展はとても望めないと思うのである。