高齢化社会 宮良 長和

 産経新聞に高齢化社会との見出しがあるので、てっきり我が国のことだろうと考え、又かと思ったが、ちょっと読み進めてみると少し様子が違う。高齢者人口の人割が新興国、途上国に集中していると書いてある。はっと目が覚める思いがして読み直した。高齢化社会が望ましくないのは、我が国だけがそうなっては困るからであって、世界中が一斉になるのであれば、これは又別問題である。


 何故なら我が国だけなら、経済の衰退で国力が落ち外国から馬鹿にされるだけでなく、そこを狙って外国からどっと有象無象が入って来て、我が国の秩序ある社会が引つ掻き回される懼れもある。しかしそうではなく世界的現象だとすれば、一転して大いに慶賀すべき傾向と云わなければならない。その理由をこれから述べる。


 大体現在の世界の人口は多過ぎる。養老孟司さんによれば、この地球上の適正人口は驚くなかれ実に一億人だそうである。それ位の人口なら、資源の争奪もなく、戦争も起こらず、平和に暮らせる由。勿論環境問題も同時に解決する。


 勿論一朝一夕に住みよい社会が実現するわけではなく、理想社会が到来までには移行期としての多くの困難や混乱は覚悟しなければなるまい。しかし戦争が出来なくなり地球の将来を心配しないで済む社会が到来するのであれば、どんな困難でも耐えられないことはないだろう。


 現在地球上の人口は現在六十億、百年後には百億になるかもしれない勢いだと、つい最近まで云われていた。それが一転して、世界的に高齢化少子化が進み、人口が減るという話ならば、こんなに歓迎すべき現象はないと云わなければならない。


 そして環境経済問題よりも何よりも真っ先に我が国を取り巻き、隙あらば、と狙っている近隣諸国、中国、朝鮮、ロシアに、真っ先に高齢化が進んで国力が落ち、かの国の横暴で強欲な指導者達が、何億もいる国民に先駆けて一日も早く高齢になり老衰することを希うものである。昔イラク戦争の頃、世界平和の為にはブッシュやフセインが一日も早く老いばれたほうがいいと、新聞に書いたこともある。


 さて、いつも再軍備賛成、自衛隊歓迎を主張して左翼の顰蹙をかっているが、何も戦争が好きだからではない。外国人が勝手にこの島に上がり込んで来て勝手なことをされたら困るからである。こちらも年を取って体力が無くなり、戦争をする元気などとっくの昔になくなっている。それ故相手も同時に弱って戦争などしかけて来られない状態になったらこれ以上のいいことはない。世界中が老人だらけになったら期せずして世界平和は到来する、というのが持論である。貧しくてもかまわないではないか。


 高齢化したら経済は沈滞する。老齢年金、高度の医療、社会福祉にも差し支える。これだけではなく現在の贅沢も続けられなくなる。携帯、車、パソコン、テレビも思うように手に入らなくなるかも知れない。果たして現代の若者達がそんな生活に耐えられるだろうか。贅沢三味な生活を捨て去ることが出来るかどうかが、問題である。


 戦後六十年続いた平和と繁栄の中で育った人間は、それが災いしてひ弱で逞しさに欠けている。再軍備絶対反対もこれと無縁ではないだろう。彼らが現在の贅沢三味の生活を捨て自給自足の農業社会で生き抜けるかどうかが問題である。それより彼らはこれら文明の利器と心中する方を選ぶのではないだろうか。


 我々の母なる地球も人間共の飽くことのない開発に次ぐ開発で痛めつけられ、気息奄々といっても過言では無い。そして強欲な人間共も元気な若者が充満している限り、自然から強奪し、国家同士での戦争や略奪を止めないだろう。そうとなればこの地球を救い、人類が戦争を諦めるのは少子高齢化、人口減少でこの地球上の人口が一億くらいの適正な範囲に落ち着くのが早道である。


 そうならない限り地球村の高木さんがいくら頑張っても、一部の心ある人々が努力しても無駄である。何しろ人類は活力があり過ぎる。強欲で闘争的な人間共にはうんざりした。
 世界的高齢化、少子化、人口減少の到来を待ち望む者である。