「明和」しのび 防災誓う タフナー原で慰霊祭 200人参列 「大切な命 守る」

遭難者のめい福を祈念し献花する参列者=24日午後、宮良
遭難者のめい福を祈念し献花する参列者=24日午後、宮良

 

 1771年(明和8年)に八重山を襲った「明和の大津波」の犠牲者9300余のみ霊を慰める明和大津波遭難者慰霊祭(石垣市主催)が24日、市内宮良のタフナー原にある明和大津波遭難者慰霊之塔で開かれた。行政関係者や一般市民ら約200人が参列。遭難者のめい福を祈念し、防災に対する認識を新たにした。

 

 参列者全員で黙とうを捧げ、中山義隆市長は「今般の教訓を踏まえ、今年1月に市地域防災計画を改訂した。各種災害が発生した際は各地域の実情に即した計画のもと、市民の生命と財産を守るために行政として万全の対策を迅速に講ずるよう努めていく」と式辞。


 代表献花に続き、砂川奈芹さん(大浜小6年)が「今日の日を機に」、浦内桜さん(白保中3年)が「明和の大津波」、新垣武康君(八重山商工2年)が「私たちにできること」と題して作文を朗読した。


 このうち、砂川さんは「1人1人の大切な命を守るために、防災への意識を高めていきたい」と強調した。


 大東吟道会八重山支部(石垣ハツ支部長)は牧野清さんの「慰霊の塔に寄す」の詩吟を奉納。関係機関・団体代表や一般参列者が献花し、静かに手を合わせた。


 明和の大津波 1771年4月24日に発生した大地震で、八重山の島々に大きな被害をもたらした。記録によると、宮良牧中では波の高さが85・4㍍に達し、遭難者は石垣島で8813人と当時の島内人口の32・2%に達した。犠牲者数は、八重山諸島全体で黒島293人、新城島205人などを合わせて9313人とされる。牧野清さんら有志が中心となり83年、期成会が慰霊之塔を建立し、慰霊祭を開いてきた。慰霊祭は93年から市主催になった。