慶良間で何が起きたのか② ―人間の尊厳を懸けた戦い― 上原 正稔

 二〇〇八年八月上旬、170回に達した頃、ぼくの連載を担当している記者が「編集部の方からパンドラの連載をそろそろ終わってくれないかと言ってきた。」と伝えた。ほかの連載が予定されているからだそうだ。ぼくは、いよいよ来たか、と思った。ほかの連載が予定されている、というのは嘘だ、と知っていた。だが、ぼくは「それじゃ、八月一杯で終わろうな」とあっさり言った。新報社内のギスギスした雰囲気にうんざりしたからだ。そこで、『最終章―そして人生は続く』を短くまとめることにした。最終章四回目にぼくは一フィート運動の醜い内幕を暴露する原稿を出した。案の定、編集部は書き換えるよう指示してきた。そこでも、ぼくはあっさり折れ、差し障りのない話にまとめた。だが、最後の五回目(181回)にぼくは「慶良間で何が起きたのか」について短くまとめ、原稿を出した。もちろん、今度も編集部は書き換えを指示してきた。だが、ぼくの腹は決まっていた。これで終わりだ、書き換えることは絶対ない、と通告した。編集部はぼくの友人であった社長を入れて鳩首会談を開き、最後の原稿はボツにすることになった。こんなわけで読者がこの原稿を目にすることもなく、「おわり」を告げるぼくの声を聞くこともなかった。前代未聞のできごとだった。


 三年間の連載を不本意に終えて間もない2008年10月、うらそえ文藝誌の星雅彦編集長から連絡が入り、会うことにした。彼の雑誌で「集団自決」の真相について対談したい、と言うのだ。彼はぼくと新報の〝喧嘩〟を耳にしていた。ぼくは星さんの顔を知っていたが、話したことはなかった。彼も長い間、〝鉄の暴風〟が間違いだらけであることを知っていて、ぼくの「パンドラの箱」が中断した後に、琉球新報に〝鉄の暴風〟について小論を出したところ、編集方針に反する、ということで不採用になった、ということだ。そして、まもなく、彼が長年担当してきた新報の美術評論も外された、ということだ。新報の担当者に理由を聞くと、「星さんの文章は難しいからだ」とすぐバレる嘘を言った、というのだ。実は沖縄人にはこうした小さな嘘を平気でつくという習性があるのは確かだ。ぼくはこうして、『うらそえ文藝』で「人間の尊厳を取り戻す時、―誰も語れない〝集団自殺〟の真実」を発表した。そして、同時に「集団自決をめぐって」と題する星さんとの対談の中で、沖縄タイムスと琉球新報を痛烈に批判した。ぼくの愛読者には申し訳ないが、ぼくが再び、両紙で連載することはないだろう。ぼくは既にルビコン川を渡ってしまったのだ。ぼくはこれからも赤松さんと梅澤さんの名誉を回復することに全力をかけて戦いを続けていくだろう。それが沖縄の子どもたち、そして子孫たちに真の誇りを伝えていくことにつながるからだ。今、ぼくは人間の尊厳をかけた「戦争」の真っ只中にいる。


 以下は「慶良間で何が起きたのか」短いながらも読者が理解しやすいようにまとめたもので、2009年「うらそえ文藝」で発表した「人間の尊厳を取り戻すとき」に若干手を加えたものである。


  はじめに―僕はこの二十数年、戦争を「人間が試される究極の舞台」として物語を書き、読者に伝えてきた。だから、反戦作家ではない。それどころか、僕は戦争の物語から「人間とは何か、そして自分とは何か」知ろうとしてきた。そして人間について多くのことを学んだ。


 人はよく戦争とは醜いものだと言う。だが、僕は最も醜いはずの戦争の中に最も美しい人間の物語を発見し、それを読者に紹介してきた。暗黒の世界に一条の光が差し込むと、その希望の光は真夏の太陽よりも眩しいものだ。米須精一、グレン・ネルソン、グレン・スローターの三人組が洞窟に隠れている住民数千人を救出した話、轟の壕で玉城朝子さんとい美しい女性が数百人の住民と兵士を説得し、投降させた話など例を挙げればキリがない。僕は数々の戦争の物語を伝えてきたが、まだ伝えていない大切な物語がある。それは慶良間の〝集団自殺〟の話だ。そこには誰も語らない、語れない物語がある。そこには、〝希望の光〟が残されているのだろうか。


 慶良間の〝集団自決〟をめぐる論争
 2007年沖縄では沖縄タイムスと琉球新報が「慶良間の集団自決は軍命令によるものだ」というキャンペーンを張り、ほとんどの読者は「赤松と梅澤が自決を命令した」と思い込んで「安心」している。この問題は、渡嘉敷の海上挺進第三戦隊長であった故赤松嘉次さんの弟、秀一さんと座間味の海上挺進第一戦隊長であった梅澤裕さんが「自決命令を出していない」として、その名誉を傷つけたとする「沖縄ノート」の著者大江健三郎さんと出版社の岩波書店を訴えたことに起因する。だが、その真の原因は五十年間のロングセラーを続けている沖縄タイムスの『鉄の暴風』に在ることは誰の目にも明らかだ。


 一九五〇年沖縄タイムス、(販売元朝日新聞)は『鉄の暴風』を2万部発刊した。この本によって「赤松大尉と梅澤少佐は集団自決を命令した極悪人」であることが「暴露」され、そのイメージが定着した。一九七〇年、曽野綾子さんが赤松さんら第三戦隊の隊員らに取材し、現地調査を行い、『ある神話の背景』を著(あらわ)し、「赤松嘉次さんは集団自決を命令していない」と発表した。だが、沖縄の人々が曽野綾子さんの真実の言葉に耳を傾けることはなかった。僕もその一人だった。ちょうど、孵化したばかりの雁の雛が、最初の目にした動物を母親だと思って、ついて行くように、若い頃植え付けられた先入観を払拭することは困難なのだ。      (つづく)