春の叙勲 岩下志麻さんら4110人 沖縄から50人受章 八重山から 古見新整さん 宮里英伸さん

 政府は29日付で2012年春の叙勲受章者を発表した。今回最高位の旭日大綬章には作家で元経済企画庁長官の堺屋太一(本名・池口小太郎)さん(76)ら4人、瑞宝大綬章には元東北大学長の阿部博之さん(75)ら2人が選ばれた。俳優の岩下志麻(本名・篠田志麻)さん(71)や人間国宝で狂言師の野村万作(本名・野村二朗)さん(80)、俳優の白石加代子(本名・深尾加代子)さん(70)には旭日小綬章が贈られた。


 受章者は、旭日章が897人(うち女性38人)、瑞宝章が3213人(同317人)で計4110人(同355人)。女性は全体の8・6%だった。民間人は1772人で全体の43・1%を占めた。


 旭日大綬章は堺屋氏のほか、大橋洋治全日空会長(72)、島村宜伸元農相(78)、須田寛JR東海相談役(81)。瑞宝大綬章はほかに松尾稔元名古屋大学長(75)が受章した。


 学術研究分野では民法が専門の平井宜雄東大名誉教授(75)が瑞宝重光章に決まった。産業振興分野からは松橋功・元JTB社長(79)、石川忠司豊田自動織機相談役(70)が旭日重光章を、喜岡浩二カゴメ会長(70)が旭日中綬章を、それぞれ受けた。
 大綬章は天皇陛下が、重光章は野田佳彦首相が5月8日に皇居で授与する。


 沖縄県在住者の受章者は50人(旭日=19・瑞宝=31)。うち石垣市在住で受章を受けるのは、元那覇公共職業安定所長の古見新整さん(81)=登野城132の2=と元登野城小校長の宮里英伸さん(82)=石垣325=の2人。

教育人生の集大成に 瑞宝双光章教育功労で

宮里英伸さん

 「これまで元気にやってこれたのは地域のおかげ。宮鳥御嶽に感謝したい」。八重山農林高校を卒業後、当時の琉球政府代用教員に採用された。最初の赴任地は、密貿易でごった返す与那国島。島の中学校で教べんをとった。給料が安く、痩せイモとモズクが主食。父兄からの差し入れで体力を維持していたという。


 以来、八重山の小・中学校11校を巡り、子どもたちの成長を手助け。西表島の小学校では地域で初めて勤労体験を導入し卒業証書の紙すきを企画。石垣市の大本小では、音読学習に力を入れた。


 コメが食べられるようになったのは教員になってから10年ほどたってからという。貧しい中でも教職の道を捨てなかったのは「教育への情熱。子どもたちと一緒に成長していける喜びがあったから」。1990年、登野城小校長で40年の教育の歩みにピリオドを打った。受章は「教職人生の集大成。ありがたく受けたい」。今後はのんびり、趣味の美術鑑賞と陶芸作品の収集を楽しむつもりだ。

伝えたい仕事の喜び 瑞宝双光章行政功労で

古見新整さん

 受章の報を受け、すぐに13年前に亡くなった妻・澄さんの仏前に手を合わせた。「私は、10年以上も那覇に単身赴任していて苦労を掛けた。一緒に受章を喜びたかった」。1956年、琉球政府に採用され3年後、八重山公共職業安定所に転勤。以来30年余、労働行政にかかわってきた。


 石垣市ではパイン工場の女子工員不足、本島では、復帰前後の軍雇用員大量解雇にともなう、本土への就職斡旋が思い出深い。当時は連日、深夜まで残業が続いたという。


 「沖縄の失業率は、本土復帰から今に至るまで高いままだ。失業者を一人でも少なく、仕事の喜びを、より多くの人に伝えるのが職安職員のやりがい」。
 在職中、仕事を得た求職者からお礼や近況報告の手紙が届くのが何よりの喜びだったという。


 「(受章を)私が受けていいのか不安もあるが、雇用の改善にこれからもOBとしてかかわっていきたい。就職は社会人の第一歩。雇用の無いところに自立はない」。竹富島出身。