海保石垣40周年 急患搬送2583件 無事故 藤井基地長 「即応体制確保」

復帰直後の海保石垣航空基地(同基地提供)
復帰直後の海保石垣航空基地(同基地提供)

 1972年5月15日の沖縄県本土復帰に伴い、第十一管区海上保安本部石垣航空基地として発足した。40周年を迎えた同基地は急患搬送2583件(14日現在)を無事故で遂行し、今年度末には新空港供用開始とともに移転する。藤井伸弘基地長は「航空機の安全運航推進はもちろん、移転に伴う即応体制の確保と、隙間のない通信・機体運用体制を図りたい」と話している。

 

 海保石垣航空基地の前身は72年2月4日に海上保安庁から琉球政府厚生局医務部に職員が派遣され、急患輸送・巡回診療を業務とする「琉球政府厚生局石垣医療航空事務所」。


 当時は、6人職員体制で、3月1日小型ヘリコプター2機(ヒューズ500型)が配備、急患輸送業務が開始。


 5月15日の本土復帰までの2ヵ月半までの急患搬送実績は24件27人だった。
 本土復帰直後の1973年8月には、第十一管区海上保安本部長と沖縄県知事とで「沖縄県内における急患輸送等の救援に関する申し合わせ」が締結され、同管区の巡視船艇、航空機からの急患の搬送と緊急医療要員、医療器材の輸送が実施されている。


 1998年には離島住民の命綱としての役割が認められ、人事院総裁賞に輝くなど、昨年末には2500件。今年5月14日現在で累計2583件、2638人を無事故で急患搬送をしている。


 藤井基地長は「急患搬送は、国境海域のしょう戒、先島地域での海難対応に並ぶ大きな柱」と、認識しており、「安全運航推進など職員一丸となって職務を遂行したい」と話した。

 

 来年3月7日までには、新空港供用開始とともに施設を移転。「1分1秒も無駄にせず関係機関と連携し、急患発生時の措置したい」と述べた。


 現在、同基地は藤井基地のほか、47人の職員体制。ビーチクラフト350を2機、アグスタ139を2機の計4機で国境を抱える南西諸島周辺海域の警備救難業務と、離島住民の救急患者輸送を24時間体制で業務運航している。