ウイグルと尖閣棚上げ論 ㊤ 徳松 信男

 静岡に住む友人(大学教授)が静岡新聞の社説をファックスで送ってきた。長年購読してきた静岡新聞の社説をたまには読みたいと思いコンピューターで検索しても出てこないとあきらめていた矢先だった。静岡新聞は県人口370万人の中で1、2を争う県紙である。


 社説の「核心核論」欄で何とタイトルは「ウイグルと尖閣~常に日中の大局念頭に」とあるので吸い込まれるように読んだ。


 中国の温家宝首相は訪中した野田佳彦首相に対し、亡命中のウイグル人組織の独立運動や尖閣諸島の領有権を巡って「中国の核心的利益と重大な関心事」を尊重するよう強く要求した。これに対し野田首相も、日本の固有の領土であると反論し、尖閣問題が再燃したと伝えられた。新彊ウイグル自治区の独立を求める亡命ウイグル人組織の世界ウイグル会議が今月14日から17日まで東京都内で代表大会を開催した。日本は同会議主席のカーディル氏に中国政府の不許可要請にも拘わらずビザを発給し、欧米以外で初の大会が予定通り行われた。温首相はこれに対し激しく抗議したという。日本は民主主義国家であり自由が認められているのだから、発給しない理由はない。社説でもこの点について中国にきちんと説明すべきであると言う。正論であるが、説明しても理解されないだろう。同紙の社説についてこの点に異論はない。


 ところが尖閣諸島については、同紙は「東京都の尖閣購入方針の表明により、中国側の反発を招いた。日本が実効支配を強化すればするほど中国は対抗措置を講じて日本を脅かす。尖閣問題は棚上げにしておくのが良い。ここ数年『東シナ海を協力・友好の海とする(2008年5月の日中共同声明)』目標から遠ざかる一方だ。日中両国は共同声明の原点に立ち帰るべきだ」という。大いに異議ありだ。


 そもそも尖閣諸島は古来琉球が航路や漁場として最も多く利用してきたものである。1895年明治政府がどの国にも所属していないことを確認した上で日本領土に先占の法理によって編入した。以来75年間如何なる国も尖閣諸島の領有権を主張したことがなかった。1968年に国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が尖閣諸島周辺の海底調査をし、69年にその調査結果を公表した。その中で、同諸島周辺に豊富な石油資源の可能性を指摘した。その後1970年に、台湾そして中国が尖閣諸島の領有権を主張しだしたのである。その後台湾、中国人が次々と不法上陸し、違反操業や領海侵犯を繰り返すようになった。中国による棚上げ論と言うのは、平和な海に、様々な紛争を起こすことによって問題を作り出しその問題を一時的に解決するようなやり方で提案されたものである。今南シナ海で起きている中国とベトナム、フィリピンやその他の諸国との領土紛争を見ても、棚上げ論は尖閣諸島を奪い取る手段であると認識すべきである。中国は1971年に尖閣諸島の領有権を主張したが、これには触れられずに日中国交正常化が1977年になされた。1978年の棚上げ論の直前の4月12日には突然100数十隻の中国籍武装船団が尖閣諸島周辺の領海を侵犯し、尖閣諸島は中国の領土であると意思表示を行った。鄧小平はこのような事件は2度と起こさないと約束し、日本記者クラブで、領有権を一時棚上げにし、10年でもかまわないと提案した。(つづく)