復帰四十周年で見た日本の視野狭窄症状 拓殖大客員教授 惠 隆之介

 スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットは、生前、「政治家は歴史の視点をもて」と強調していた。


 これこそが政治家の必要十分条件であると私は思う、歴史はほぼ百年単位で繰り返す。歴史を学習すれば、必然的に未来予知が可能となり、大衆を指導できるのである。


 このため、欧米のリーダーや王族は歴史教育を最優先して受ける、エリザベス女王が最初に学んだ科目もやはり歴史で、かつ英米関係史であったと言う。


 昭和五十年代まで、わが国でも人物を評するとき、「確かな史眼を持つ人」と言うフレーズが多用されていた。


 ここで注意すべきことは、沖縄の平和教育と欧米の歴史教育とは根本的に異なると言うことだ、沖縄のそれは被害者意識を根底にした叙情の世界でしかないのだ。


 翻って現在、わが国ではリーダーがいなくなった。お笑い番組の影響か、日本政治家は人気取りと、近視眼的な問題に固執するようになっている。


 世はまさに幕末の様相を呈しているが、これではわが国に坂本竜馬のようなリーダーが再現するか、はなはだ心もとない。

 

我が国の危機がもう一つある。
国民層に、英語を初めとする外国語を解する層が極めて少ないことである。その結果一種の情報鎖国国家に陥っている。


 先日、大阪で講演する機会があり、宿泊先のホテルで英字新聞を求めたら、「置いていない」とのことであった。そのホテルは五十階建てで、「国際ホテル」と銘打っていたのである。


 未だ我が国では、東京以外の地方都市で英字新聞の入手は困難であるのだ。
 ところで、先週五月十五日昼、那覇市内で、NHKニュースセンター九時でお馴染みの大越健介キャスター一行に復帰四十周年の感想を求められた。


 開口一番、私は、NHKが百年一日のごとく復帰直後同様の報道を繰り返していることを指摘した、さらに以下のことを強調した。


 「復帰四十周年にして沖縄を取り巻く情勢は劇的に変化している。とりわけ南シナ海や東シナ海における中国の脅威については、近隣諸国の新聞は一面で報じているが、国内マスコミは殆ど言及しない。しかも、沖縄の米軍基地を評価するどころか、単体で、しかも恣意的なコメントを挿入して報道している。これでは国民の政治判断が混乱する。古今東西、人、物、金の流れは安全と自由が保障されない限り、決して集約しない」


 大越氏は感服した表情を浮かべ、「必ずニュースで放映する」と約束したが、この部分はすべてカットされていたのである。


 復帰記念式典にも問題があった。復帰を「屈辱の日」と評する勢力は論外であるが、保守層にも国際基準で総括できるセンスが乏しかった。


 私は昨年より四十周年記念式典を、米国施政を総括し、日米両国政府に感謝する式典を挙行すべきと主張していたが、保守層でさえ賛同者が少なかった。


 このため今月十九日、沖縄市民会館で、有志とともに、「日米友好促進・感謝フェスティバル」と銘打って独自で式典を開催したのである。


 保守層も、沖縄の日本復帰を、「異民族支配からの開放」であったかのように表現している。


 実は米国政府は沖縄統治二十七年間に十億ドル以上の援助を行っており、戦前の日本が七十余年かけて達成できなかった近代化を果たしたのである。


 また石垣、与那国、尖閣諸島は台湾に狙われていたが、米軍のプレゼンスのお陰で日本の主権(復帰までは潜在主権)が守られ、現在に至っている。


 米国統治の遺産は、道路(国道五八号線)、橋梁などのインフラをはじめ、琉球大学、看護学校、米国式医師インターン・システムなど、現在に引き継がれている。


 その中で、米国施政下に確立された公衆衛生看護システムこそは今の日本でさえ確立できないプライマリィ・ケアー(予防医学)の先駆であったのだ。


 このシステムにより戦前より県民を悩まして来たマラリア、結核、ハンセン病等を撲滅され、戦前寿命が四十七歳であった沖縄は復帰時七十八歳という最長寿県を達成したのである。要するに米国統治のお陰で、現在の繫栄があるのである。


 願わくば、本稿を読まれる若人が国際的視野を持ち、かつ大志を抱き、海外に雄飛されんことを祈念している。