明和の大津波の教訓を今一度 産経新聞社顧間 桃原 用昇

 東日本大震災から早1年余が経ちました。復興の目途は、いまだついていません。石垣市民から義援金、総額約6500万円(4月9日現在)が寄せられたことに、改めて心から敬意を表します。


 私には石垣に生まれ育った者として、この東日本大震災と明和の大津波が重なってしまいます。明和の大津波の研究家の正木譲氏は、「八重山では、240年前の1771年(明和8年)に起きたこの大津波災害の後、人口が激減しました。津波以前には約29000人だった人口は、津波で9400人余の命が奪われ、約19000人が生き残りました。大津波の後も衛生環境の悪化による疫病の流行などで人口は減少し続け、津波による田畑の塩害で食糧生産も大幅に落ち込んで島中が疲弊した悲惨な状態が続きました。大津波災害から100年後までも八重山の人口は減少し続け、明治の初め頃には大津波以前の人口の約40笏(約12000人)になってしまいました。このことは、大規模災害の後遺症がいかに長期にわたり継続するかを物語っている」と、語っておられました。約3人に1人が亡くなるという、まさに八重山の歴史上最大の悲劇といえるかと思います。


 明和の大津波が起きた240年前と言いますと現在の70代の方々の5、6世代前のこと、決して遠い過去の出来事ではないのです。最近の東大、千葉工大、産業技術総合研究所の共同研究で、石垣島の津波石の年代測定から、150年から400年同期で繰り返し大津波に襲われてきた可能性が高いことが判明しています。千葉工大の後藤和久先生は「近い将来、石垣島を再び大津波が襲う可能性は否定できない。最悪の事態を想定した対策を考える必要がある」と訴えます。


 しかし、石垣市民の間に明和の大津波の記憶が風化している現実と、歴史的事実を知らない多くの若者達を見るにつけ、危惧の念をいだかずにはいられません。今、仮に30メートル級の大津波が発生したら、石垣市民の生命、財産、安全、安心は、如何にして確保されるのでしようか。皆さんは自分や家族の命を守れると思いますか。


 今年3月に発表された石垣市の防災計画では、約3000人の死者が想定され、埋立地の液状化の危険性も指摘されています。この防災計画の内容は、市民はどこまで知っているのでしようか。石垣市は100年の大計を見据えた根本的な対策が必要かと思います。緊急時の市民の生存や、水、電力、ガスといったライフラインの確保、病院、消防、警察、市役所の海抜20メートル以上の高台移転、埋立地にある小学校2校、幼稚園2園、保育所3園、貴重な古文書の安全確保、食料の備蓄、電柱の地下埋設等々、すべて予算の伴うことですので優先順位を決め着実な実施が望まれます。


 そのためにも今一度、東日本大震災と明和の大津波を対比してみることを切望いたします。多くの市民レベル(小中高校生含む)で明和の大津波の歴史的事実を学び、研究し、過去からの警鐘、教訓として自然の猛威に真勢に向かい合うことが、石垣市民・行政にとって何にもまして最重要課題と思います。


 「歴史は繰り返す」という教訓があります。ここに石垣でも起こりうる大震災を考える1つの教材として、写真集「日本人の底力」(産経新間出版発行、定価1500円)500冊DVDブック「被災地から伝えたいテレビカメラが見た東日本大震災」(扶桑社発行、定価1900円)55冊をお贈りします。今後の防災対策、防災教育に有効に活用されることを期待しています。