魚釣島での慰霊祭に賛否 戦時遭難者を追悼 都の〝購入〟に期待と批判 尖閣諸島

戦時遭難者に思いをはせ、恒久平和を誓う列席者=尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑、新川
戦時遭難者に思いをはせ、恒久平和を誓う列席者=尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑、新川

 尖閣列島戦時遭難者慰霊祭(遺族会主催)が遭難した日にあたる3日、慰霊碑=新川=であり、遺族ら50人が参列、犠牲者を追悼するとともに、恒久平和を誓った。東京都が尖閣列島の魚釣島購入の動きを見せる中、遭難体験者の高齢化も進み、遭難現場となった魚釣島で慰霊祭開催に賛否が交差した。

 

 慰霊祭は毎年7月3日に開催。読経の中、遺族ら一人ひとりが焼香し、犠牲者を追悼した。


 あいさつで、慶田城用武会長は「尖閣の領有権問題は、周辺の資源開発なしには解決しない。武力ではなく外交努力で解決してほしい。不戦を誓い恒久平和へ不断の努力を続ける」と述べた。中山義隆市長も戦時遭難の惨事を繰り返さないと強調。援護法実現に市も力を尽くすとした。


 一方、下地リツ子さん(65)=宮古島市=は、亡き夫・博さんの代理で初めて列席した。博さんは、魚釣島遭難慰霊碑の建立メンバーの一人だったという。博さんが今年3月80歳で他界し、魚釣島慰霊碑の建立メンバーはいなくなった。「夫はよく魚釣島での体験を話してくれた。もし行けるなら、魚釣島で慰霊祭をして夫に報告したい」と語る。


 魚釣島の慰霊碑は1969年、遭難体験者らが建立。以来、領有権問題の激化などから現地での慰霊祭は営まれていない。


 体験者の石垣正子さん(78)と仲島直子さん(79)も「遭難時は、毎日食べ物を探すのに精いっぱいで、周りを見る余裕はなかった。魚釣島が今、どうなっているかこの目で見たい」とそれぞれ思いを語り、東京都の購入の動きに期待を寄せる。


 尖閣遺族会の会員は現在86人。魚釣島購入の動きに慶田城会長は「紛争に油を注ぐようなもの」と批判。遺族会として魚釣島での慰霊祭開催は希望しないとし、会員の間でも意見が分かれている。


 [尖閣列島戦時遭難]沖縄戦の組織的戦闘が終結(6月23日)した後、石垣から台湾へ疎開途中の舟2隻が米軍機からの攻撃を受け、1隻が沈没。残った1隻が魚釣島に漂着した。遭難者は約1か月間、飢えに苦しめられ餓死者も発生した。銃撃や溺死者が45人、魚釣島での死者は8人とされているものの正確な数字は分かっていない。