「明和大津波」風化懸念 市民に危機管理意識欠如 産経新聞 桃原用昇顧問(70)

 東日本大震災が起きたとき、石垣市に生まれた私は当然、明和の大津波が脳裏に浮かんだ。大津波を調査研究した牧野清さんの本を入手し、つぶさに読んだ。240年前と今が重なった。


 私はさっそく、東日本大震災の写真集を市教委に贈呈するなど、防災意識の高揚に取り組んだが、なぜか防災についての本格的な議論が沸き起こらない。東北に対する義援金は積み重なったが、足元をどうするかという議論がない。


 明和の大津波を取材するため石垣市に来た産経新聞の記者が「大津波の記憶は風化している。津波に対して全国で最も無防備な街」と私に語った。それを聞いて、私自身、市に対してものを言わなくてはならないと強く思った。


 私を憂慮させた決定打は市の地域防災計画だ。県の被害想定報告書で想定されている石垣島東方沖地震では、震度6強で「埋立地を中心に液状化の危険度が極めて高い地区が見られる」と注意を促している。3~7分程度で津波が到達し、2932人の死者を想定している。これだけの津波が想定されながら、市議会でも防災対策について議論がなかった。


 私が調査したところ、埋立地にある小学校、幼稚園、保育所は7つで、約千人の子どもが通っている。この子たちは誰が守るのか。
 八島小や新川小の避難場所は平真小や石垣中となっているが、防災計画では津波は3~7分で到達するのに、避難には約20分かかるらしい。とても間に合わない。具体的にどうするかという議論が起こらないのが理解できない。


 学校や幼稚園、保育所は津波が来ても安心できる場所になくてはならない。高台の学校、幼稚園、保育所に統合すればよい。学校を建て替えるのではないから、莫大な予算はかからない。


 明和の大津波が風化している原因は学校教育にもある。私も小、中、高校で教わった記憶がない。先生も知らなさすぎる。


 先生向けのセミナーを開いてはどうか。八重山博物館には学芸係長で島袋綾野さんという一級の学芸員がいる。講師をお願いしてはどうか。


 玉津博克教育長に市長、市議会、市職員、児童生徒、市民参加の「石垣島における津波痕跡めぐり」を企画してほしい。


 マスコミにも問題がある。明和の大津波について、慰霊祭の報道だけで終わっている。行政に対し、問題点を指摘する姿勢が欠如している。市民の生命、財産の安全、安心にかかわる最優先案件だけに今、立ち止まって、まちづくりを見直すべきだ。


 市役所を現在と同じ美崎町で建て替える案があるが、今どき、標高2㍍の低い場所に市役所を建て替えるのは、危機意識の欠如だ。全国紙、テレビなどで報道され、市民が全国の笑いものになる。


 災害の際、市役所は防災センターであり、市長は最高司令官だ。市役所を、被害をこうむらない場所に作るのは常識だ。八重山は津波の常襲地帯であり、津波は必ず繰り返す。市役所は一部地域の利益代表であってはならない。5万市民や、これから増えていく子どもたちの生命財産の安全、安心の確保こそ最優先すべきだ。市役所を美崎町で建て替えるなら、歴史の教訓や自然の脅威を認識していないと言わざるを得ない。


 隣の宮古島市では、昨年10月に姉妹都市の静岡県藤枝市と災害時相互支援協定を締結し、市民データ(業務執行上、必要不可欠の文書など)を相互保管している。民間業者にも大切なデータを預けるなど、災害に備えた危機管理体制がしっかりしている。


 石垣市では、まだこうした事業を実施していない。市長は厳しく指示を出し、市民へのタイムスケジュールを早期に示すべきだ。

 

 私は東京新聞で、116年前の1896年6月15日に発生した明治三陸地震の古い写真が掲載されているのを見た。関係者にお願いして、提供していただいたので八重山の住民にも見てほしい。


 写真に写っている岩手県大船渡市や釜石市などは、116年前に津波に遭い、約2万人の死者を出しながら、同じ海岸地区に街を再建し、また、約2万人の死者を出した。市役所、学校、病院などの行政施設を海岸沿いに作ったことが一番の問題だ。116年前と現在の写真を比べれば分かるように、同じことを繰り返している。これは人災だ。


 歴史の教訓があったのに、海抜の低いところに施設を作った当時の市長、村長、市議会の責任は非常に大きく、万死に値する。まちを高台に移転していれば被害も少なくて済み、復興対策も、もっと早かった。


 7月、国の中央防災会議の作業部会がまとめた提言でも、病院や社会福祉施設、学校などは高台移転や建物の高層化などを検討するよう求めた。

 

 石垣市は50年間、海に向かってまちづくりをしてきたが、今後のまちづくりでは、新石垣空港開港後、現空港の跡地利用は避けて通れない。


 来年3月に広大な土地が空くのだから、当然、市役所、病院、消防署、博物館、警察、税務署、裁判所も、そこに移動すればいい。明和の大津波は、フルスト原の近くまでは達しなかった。市役所移転が津波対策の第一だ。