原子力発電賛成 宮良 長和

 東京では原子力発電反対のデモが連日行われている由。しかし、私は原子力発電に賛成である。その理由をこれから述べる。


 もしこの地球上に我が国一国だけが存在すると仮定したら、原子力発電どころか、電気も新幹線も航空機も無くても、少なくと私にとっては死活の問題ではない。私は原始社会、自給自足の農業社会でも生きて行く自信がある。


 しかし世界の現状はどうか。今や我が国は、中国、南北朝鮮、ロシア等の強欲な国々に取り囲まれ、彼等は隙あらば、我が国を乗っ取ろうと虎視眈々としている。既に北方領土はロシアに、竹島は韓国に奪われている。北朝鮮では、拉致された人々が泣いているのに、軍隊が無いから連れ戻すことさえ出来ない。そして現在は中国が尖閣を狙ってている。次は日本本土であることは間違いない。


 私は平和憲法さえ守っておれば、外国から侵略されることはないという、能天気な護憲論者に組することは出来ない。しかるべく軍備を備え、いざとなれば、死守する覚悟がなければ国土は守れないと考える。


 しかし覚悟だけでは不十分である。昭和十九年の大戦末期には、いよいよ敵が上陸して来て本土決戦になるかもれれないと、銃後の婦人会では竹槍訓練さえ行われた。ちゃんと新聞に写真も出ていた。しかし竹槍で戦えるか。そんなものが現代戦に通用するわけはないだろう。現代では、それなりの軍備が必要である。軍備には金がかかる。


 もし原子力発電を無くしたら、我が国の経済は一転して落ち込む。これまでのような生活水準も維持出来なくなる。しかし、そんなことは、少なくとも私にとってはどうでもいい。それより軍備に十分予算を回せないのが問題である。


 成る程放射能には害があるかも知れない。しかし広島、長崎で原爆に遭った人々の中には、現在まで健在な人々もいる。福島でも直接今度の放射能で死んだ人は一人も居ないと言う。弊害は遅れて出るのかも知れないが、とにかく大した害ではない。亡くなった人は、強制的な疎開による環境の激変が原因の由。たとえ放射能に害があるとしても、外国に占領され、チベットやウイグルのようになるよりは遥かにましではないか。


 原子力発電反対の面々にお聴きしたい。軍備なしでどの様にして国を守るつもりか。話せば解ると思う人々は大挙してかの国々に出かけて行って、直接指導者に会い、交渉してみてはどうか。北方領土、竹島を返せ、尖閣に近寄るな、と交渉してご覧になっては如何。せせら笑われるのが落ちである。万が一、成功して帰ってくれば旅費は全額私が負担してもいい。


 私は戦争はも勿論、放射能の害も、その他の公害もない世の中にするには、むしろ現代文明をとことんまで推し進めていった方が早道であると考える。現代文明によって地球環境が極限まで悪化し、地球上は砂漠と化し、食糧は不足し、海は汚物に満ち溢れ、酸素も不足して呼吸も困難となれば、如何に強欲な人類といえども、戦争どころではなくなる。その時こそ一致団結して、地球を守らなければならないと立ち上がるだろう。気息奄々としながらでは戦争どころではない。期せずして世界平和も実現する。
 以上が私のやけっぱちな結論である。