ふるさと市民の願い ―災害に強い市役所を高台へ移転する英断を―③ 玻名城英介

 この想定予測の精度で町づくりを進めるのか、石垣市の防災計画はこの予測によって策定しているのか。それで杞憂は払拭できるのか。東日本大震災で「想定外」という責任転嫁があったが、評論家佐高信が「国家(行政)権力は国民を騙すのが仕事」と吐いた言葉を思い出す。


 平成22年4月1日から施行された「石垣市自治基本条例」によると、危機管理と災害予防について(第31条)、「市は、緊急時に備え、市民の身体、生命及び財産の安全確保及びその向上に努めるとともに、総合的かつ機動的な危機管理体制を強化するため、市民、事業者等、関係機関との協力、連携及び相互支援を図らなければならない」とし、「市民、事業者等及び市は、災害を予防するため、防災の町づくりを推進しなければならない」と謳っている。市政運営の最高規範である当条例を制定したのは、いわずもがな、市(行政)・市議会・市民であり、三者協働して町づくりの権利と責務を果たすとしている。


 不肖私は、「ふるさと市民」(筆者造語)を自称している。八重山で培ったDNAが体から抜けないからである。


 そこで私は、明和の大津波を教訓として、いつ、何時起こるかもしれない大地震・大津波に対して、後世からそしりを受けないように、また、人災といわれないように、「ふるさと市民」の願いとして、常に事前の防災・減殺の視点に立って、次のことを提言したい。


 1点目は、公共施設を高台へ移転すること。特に災害前後の司令塔となる老朽化した市役所を現空港跡地(海抜24m)に移転することは、津波による壊滅的被害を受けるおそれのある極限状態を想起した場合、当然の帰結であり、市民や来島者の生命の確保を何よりも優先する英断である、現空港跡地には行政を中心とした、複合的な町づくりが必要である。


 2点目は、高台にある農振地域を一部解除するとか、市内の耕作放棄地(遊休農地226ヘクタール)を活用できないかということである。現空港よりもより高台をめざせということである。これは市の農業振興に関わる難しい問題だが、関係機関との調整や法改正についてコンセプトの違いはあると思われるが、そこをプロデュースするのが行政力だと思う。時間がかかることをやって後悔するより、やらないで後悔する方が大きい。


 3点目は、防災に関連する条例や諸計画を短期的・長期的視点に立ち、単なるビジョン的な作文ではなく画餅にならないように、具体的な計画や道筋が見えるように策定してほしい。そして高台移転までの防災に関する当面のインフラ整備を推進することである。特に、学校の耐震化を急ぎ、同時に低海抜校(県教育庁の基準でいえば、海抜10m未満の学校)に、気象庁からの地震速報を直接受信し校内に放送できる「緊急地震速報システム」を整備すること等である。


 以上が「ふるさと市民」の願いである。人間は1人づつ全部違うニーズと価値観を持っている。それをどうまとめるかが行政の仕事である。その時行政や市議会が外部のブレーンや利害関係者の意見に振り回されるようになったら、すでに当事者能力を失った証拠となる。オストリッチ症候群になってはならない。歴史の教訓に背くと、何世代も住民の苦難は続くことになろう。


 桜坂の俗に年金通りと言われている場末のスナックで用昇氏や唐真弘安氏(那覇市議)、安里国昭氏と泡盛を飲みながら、ふるさと八重山の夜明けを語り合っていると、いつのまにか3合瓶3本が空になっていた。(おわり)
                  (在沖八重山郷友会連合会相談役)