夕暮れどき、石垣島の山のふもとから…

 夕暮れどき、石垣島の山のふもとから眼下に視線をやると、サトウキビ畑が金銀に輝く姿が見えた。八重山日報の創業者、故・宮良長欣はこの光景に感動し、自ら連載する予定のコラムを「金波銀波」と名づけることを決めた。当時の村山信夫編集長の話だ◆宮良のコラムは諸事情で実現しなかったが「八重山らしさ」を象徴する光景として、サトウキビ畑を脳裏に浮かべたのは興味深い。八重山は元来、農業の島なのだ。農業は食糧を生産し、命を支える。八重山を訪れる観光客も、地元の特産品に舌鼓を打ち、また八重山に来たいと思う。農業と観光はどちらも八重山の主要産業だが、基盤となるのは農業だ◆ところが、農業のイメージは芳しくない。「仕事が大変、汚れる、生活が苦しい」。ある農家はそう嘆いた。八重山農林高校が学科を再編し、学科名をすべて横文字に変えたのも、そうした農業のイメージを払拭したい思いがあったためだろう◆生産、加工、販売を一貫して行い、ビジネスチャンスを広げる「六次産業化」も脚光を浴びている。農業は脳業であり、頭脳プレーも求められる分野だ。有為な人材が続々農業を志し、八重山が「金銀」に輝く未来を夢見たい。[このコラムはきょう以降、月、水、金曜日に掲載します]