「次は3回戦だ」 宮良監督の実家で歓声

浦添商の得点シーンで、大喜びで踊り出すす関係者。左は感激の表情を見せる母の順子さん=16日午後、石垣市石垣の宮良監督の実家
浦添商の得点シーンで、大喜びで踊り出すす関係者。左は感激の表情を見せる母の順子さん=16日午後、石垣市石垣の宮良監督の実家

 浦添商が滝川第二を破った16日、石垣市石垣にある宮良高雅監督(43)の実家では、母の順子さん(73)や、高雅さんが八重山養護学校(現・八重山特別支援学校)勤務時代に同僚だった教育関係者らが集まり、テレビを前に大歓声。「次も頑張って」と応援のボルテージを上げた。


 浦添商は序盤から順調に得点を重ね、快音が響くたびに、集まった人たちはパーランクーを打ち鳴らして喜んだ。高雅さんがテレビの画面に映るたび「かっこいい」と拍手。投手交代や代打の起用など、高雅さんの采配も要所で冴えた。勝利の瞬間、集まった人たちは、モーヤーで喜びを爆発させた。順子さんは終始落ち着かない様子で観戦。勝利が決まると、そっと涙をぬぐった。


 順子さんによると、高雅さんは小学校3年から野球を始めたが、試合に出ることができず、ボール拾いの日々だった。それでも野球を続け、興南高校で甲子園を目指したが、当時、全盛期だった沖縄水産に阻まれ、出場を果たせなかった。


 監督として甲子園出場の夢を実現し、快進撃を続ける高雅さんの姿に、順子さんは「浦添商の子どもたちが甲子園に連れて行ってくれた」と感謝した。


 高雅さんの小学校時代の担任で、八重山養護学校では同僚でもあった大田綾子さん(63)は「子ども一人ひとりの特性を見るのは、養護学校の教師には欠かせない。養護学校での経験が(野球部監督として)生かされた」と語った。