唐人墓160年回忌慰霊祭を前に㊤ 田島 信洋

 明和の大津波後、飢饉と疫病にくりかえし襲われていた島で、「事件」は起こった。今から160年前のことだった。異国人と大勢の唐人が崎枝村の赤崎に上陸してきたのである。この事件に定まった名称は未だにない。


 島の役人は異国船に乗って帰国するよう唐人を説得したが、彼らの多くは拒み、島に留まった。その本当の理由を知った首里王府は、異国船が再度やってきたら、できるだけ唐人を捕えさせよという指示を出している。


 島民は在番を通じて島の窮状を訴え、「事件」の対応に当たっていた特使の伊野波里主親雲上は、その声を無視できず、異例の要請書を作成し、首里王府へ届けている。いかに宗主国の民とはいえ、唐人は招かれざる客人であった。


 私が『石垣島唐人墓の研究―翻弄された琉球の人々』(郁朋社刊)を文字通り世に問うてから一年になる。そのなかで専門家の研究を批判したが、反応はなかった。160年回忌慰霊祭を実現してもらうためには論争の決着が不可欠であると私は考え、今年のはじめ、公開質問状を市当局、唐人墓修繕改築期成会、関係者、県内マスコミ各紙、専門家諸氏に対し提出した。しかし、名指しで批判されながら、専門家からは回答も反論もなかった。


 期成会が解散していない「今」を最後の機会ととらえ、事件の全貌を知ってもらうために、あえて私は上記の本を出版した。そして、唐人墓研究に関わってきた島の人間の務めとして、市当局、同期成会、台湾華僑総会八重山分会に要請書を送り、慰霊祭の挙行をお願いした。


 執り行う際には、首里王府から派遣されていた眞栄田里主親雲上や唐人の世話に当たって亡くなった糸数仁屋らの御霊に対しても追悼の意を表して欲しい、唐人墓建立をきっかけに本格的に始まった研究の成果を取り入れて、できれば島民の視点から事件を見直した案内板を、碑文を補足説明する形で設置するよう求めた。


 聞くところによると、東郷清龍新会長の下、期成会が再々発足し、11月の石垣島まつりにあわせて、慰霊祭の取り組みが始まったようである。提案者として嬉しい半面、どのようなメッセージが発信されるのか、懸念材料は残る。唐人墓は、東西冷戦の時代に、中国寄りの研究者によりアメリカを非難する格好の材料として利用された。事務局によれば、福建へ慰霊団の派遣を打診しているという。その計画に大賛成であるが、その前に大前提がある。


 たとえば、福建師範大学の徐恭生氏は「ロバートバウン号の船上で福建出身の中国人労働者が暴動を起こし、琉球国の人民と政府の支援の下で勝利を獲得した」と述べている。 中国(台湾)側が自国民の立場から唐人墓をとらえるのは当然であるが、私たちには私たちの立場、すなわち、島民の視点が、どれだけ確保されているだろうか。


 それがなければ、明確な主義主張をもつ中国の人たちに、石垣市民の曖昧な態度や善意は誤解を与えるかもしれない。尖閣諸島のことで、日中(台)関係が微妙に揺れている時期であり、あるいは政治的に利用されないとも限らない。この点を忘れた慰霊祭は将来に禍根を残す可能性さえある。


 そこで、慰霊祭を前に、唐人墓について広く市民に考えてもらうために、以下、先に私が提出した公開質問状の要旨を八重山日報紙に掲載してもらうことにした。長文であるにもかかわらず貴重な紙面を割いて頂いた日報紙に対しお礼を申し上げたい。


専門家諸氏への公開質問状(要旨)
 石垣市唐人墓を年代以外すべて誤って紹介している観光ガイドブックがある、と初めて指摘したのは、国学院大名誉教授の山下重一氏である。調べてみると、たしかに誤った記述が多い。


 たとえば、南山舎の『やえやまGUIDE BOOK』は、唐人墓をイギリス兵に処刑された唐人の御霊を祀る墓だと紹介しているし、『沖縄・離島情報』(林檎プロモーション刊)は、祀られている唐人128人全員はイギリス兵によって殺害されたと記している。実際には、逃げるところを射殺された唐人は3人で、残りは病死と病苦による自殺である。旅行情報サイト「まっぷる」などの紹介は南山舎の記述とほぼ同じ内容であり、残念ながら、誤った情報の発信源は地元である可能性が強い。(注・南山舎は改訂版で書き改めたという。しかし、デタラメな情報を発信し続けた地元出版社としての責任は免れない。)


 山下氏の指摘を受け、私は唐人墓について問題提起を続けてきた。それに対し、唐人墓を紹介している市史編集課の元職員・得能壽美氏(法政大学沖縄文化研究所)は「検討に値しない」、「いちいち個人や組織が答える必要はない」、課長だった松村順一氏は「出版社などが内部で検討すべき問題」だと言い放っている。


 唐人墓は石垣市民の貴重な財産であり、島の観光名所である。それでいいわけがない。島民を翻弄し、琉球国を引きずり回した国際的な事件である。検証しないでいいわけがない。両人は専門家である前に公僕である。一市民である私の声に対し、果たして適切な対応だったのか。誤りを指摘してもらったのだから、お礼の言葉があってもおかしくない。(つづく)