白保の偉人 内外へ発信 「新安里屋ユンタ」を作詞 歌碑建立へ期成会発足

「星克先生の詩作を内外に伝えたい」と歌碑建立を発表する前盛会長(前列中央)ら期成会役員=白保公民館
「星克先生の詩作を内外に伝えたい」と歌碑建立を発表する前盛会長(前列中央)ら期成会役員=白保公民館

 「サァー君は野中のいばらの花か」。字白保出身の政治家で作詞家としても知られる星克(ほし・かつ)が作詞した「新安里屋ユンタ」の歌碑を建立しようと期成会が発足。役員が5日、白保公民館で会見し事業計画を発表した。600万円を目標に寄付を募り、歌碑で名曲を後世に刻む。期成会は「来年は新空港も開港する。この時期に、地元の誇り星克先生の詩作を内外に伝えたい」と意欲を膨らませている。

 

 星克は1905年、当時の白保村生まれ。戦前は小学校教員として教べんをとり、戦後は当時の大浜町長を務めた後、八重山群島議会議員から立法院議員を経て、立法院議長に就任。復帰まで保守の重鎮として活躍した。作詞家としても知られ、戦前の教員時代に「新安里屋ユンタ」を作詞。作曲を宮良長包が担当して34年、大阪コロムビアレコードから発売されると、全国的なヒットとなり、今に伝えられている。77年、72歳で亡くなった。


 白保公民館で会見した期成会の前盛立会長は「星先生は詩作にも才能を発揮し、八重山の歌心を刻んだ創作をして、音楽活動にも貢献した。歌碑で功績を末永く顕彰したい」と意気込む。星家の隣に住んでいた宮国文雄さん(65)は「子供たちを自宅に集め、教育するなど、星先生は優しく思いやりのある紳士だった。白保の豊年祭の仮装行列を企画したのも星先生。人望の厚い人物だった。まさに白保の誇り」と懐かしむ。


 歌碑は、白保公民館敷地内に、新空港開港前の来年2月中の建立を予定。石垣島産の閃緑(せんりょく)岩に、黒の大理石プレートを据え歌詞を5番まで刻む。浄財が目標額を上回れば胸像の制作も検討する。寄付金の振り込みは郵便貯金=口座名「新安里屋ユンタ歌碑建立期成会」。問い合わせは電話86・7125前盛会長宅まで。