石垣市の児童生徒の学力向上を喜ぶ㊤ 徳松 信男

 8月30日付の本紙一面に「全国学テ、6科目で県平均上回る過去最多、冠鷲PJ奏功」の見出しは多くの石垣市民が喜びを持って見たニュースである。いつも児童生徒の学力について語られる時沖縄県は全国で最下位、石垣市は沖縄県で最下位と言われたものであった。これを聞くたび肩身の狭い思いをしたのは教育関係者だけでなく多くの市民であるのは間違いない。芸能やスポーツ関係では八重山の児童生徒は全国的に活躍してきているが、学力が低迷したままの状態が2、30年も続いてきた。その意味で4月に行われた今回の全国学力テストの結果は市教育委員会の冠鷲プロジェクトによる取り組みが功を奏したと言っていい快挙である。


 全国学力テストは小学6年生と中学3年生が、前者は国語A、国語B、算数A、算数B、理科、後者は国語A、国語B、数学A、数学B、理科を抽出により受験した。Aは知識、Bは応用力が問われる問題で、石垣市からは小学校6校(抽出率30%)、中学校5校(抽出率55.6%)が参加した。


 学力テストの結果を詳しく見ると小学校6年生で、5科目中2科目で県平均を上回るが3科目は下回っている。平均してみると県平均にはまだ届いていない。中学3年生で見ると5科目中4科目で県平均を上回っているが数学Aだけがわずか0.8ポイント下回っているだけである。

 

▽八重山における学力の問題点
 平成19年から24年までの学力・学習状況結果一覧を見ると、冠鷲プロジェクトは平成23年から玉津教育長主導で取り組みが始まったものであるが、教育長の学力向上に対する決意は23年1月26日のロータリークラブ例会卓話で良く表明されている。その内容は文・武・芸に秀でた生徒像と学校像の理想、八重山の教育の過去・現在の分析、学力向上のための冠鷲プロジェクト、保護者の力・地域の力を教育に反映する事を目指すものである。


 文とは学校での勉強、武とはスポーツ、芸とは芸能や芸術など文化面の活動である。「現在武と芸については石垣市の子どもたちはかなり秀でているが、足りないのは学力の部分である。これは私たち石垣市の教育関係者の落ち度であり、深く反省しなければいけない」と言っている。教育関係者でここまで言い切った人は少ないのではなかろうか。


 良くいわれることであるが、高校の学力低下は中学校に、中学校の学力低下は小学校に、また小学校の学力低下は家庭にあると言う責任転嫁論が多く、こうした言いわけを当事者意識が乏しかったと断じ、「責任は自分たちにありとの覚悟で全うな教育システムを作りたい」と述べている。


 また次に八重山の教育の過去・現在・これからについて分析している。1950年代において八重山の小学校の学力調査の結果は県全体で3位であった。60年代になると、小学校では八重山は14地区で5位、中学校も5位であった。高等学校についても1960年代は高校生の学力は国費・自費で判断しているが、1位那覇高校、2位宮古高校、3位首里高校、4位八重山高校が入っている。しかし、1971年度を境にして復帰後八重山の高校生の国費合格や琉球大学の合格者数は激変して、教育の八重山は地に落ちた。


 さて、玉津教育長の見解では、学力の低い状態が当たり前になると、学力が話題になっても教師は気にしないし、地域も無関心を装った。一方1970年代以降では勉強する事への意欲や学力向上への意欲が薄れると、生徒の興味や関心は芸能やスポーツに移っていった。郷土芸能も盛んになり多くの有名な芸能人やスポーツマンを輩出している。それは素晴らしいことである。

 

 しかし大多数の生徒の学力が低下し、復帰後15年もすると八重山高校から校現役琉大合格ゼロという事態になり社会問題化した。それを受けて進路指導を重視した特別クラスが設置された。以後25年になるがその間国公立大学に年間20人前後の現役合格者を出してきている。


 玉津教育長の視点の基準が琉球大学をはじめとする国公立大学の進学にのみに向いているようである。優秀な私大や高専、海外の大学、或は苦労して何年か後で合格したもの、進学せずにそれ以上に社会的に成功した人を考慮していない。これらのデータは不十分らしい。(つづく)