喜舎場家文書を寄贈 2927点 「歴史の空白埋める」 八重山博物館

「遺言が実現したことを墓前に報告したい」と語る木場さん(右から2人目)と喜舎場さん(右端)=石垣市民会館
「遺言が実現したことを墓前に報告したい」と語る木場さん(右から2人目)と喜舎場さん(右端)=石垣市民会館

 登野城出身の郷土史家・喜舎場永珣の資料460件(2927点)が石垣市立八重山博物館に寄贈され17日、宮良信世館長らが発表した。贈られたのは古文書を中心に、研究者の間で「喜舎場家文書」として知られている資料。古文書以外はこれまで未公開だった。博物館は「八重山だけでなく琉球史全体でも貴重な資料。今後の研究に多大な影響を与える可能性がある」とし、修復の上、来年3月から一部の資料を公開する。


 資料は古文書類148点をはじめ、書籍1673点、新聞資料108点、レコード・テープ37点、写真426点、調査ノート類234点ほか。資料を保管していた永珣直系の一隆さん(元琉大教授)が今年3月、亡くなり、遺族が寄贈を決断。自宅の神奈川県から博物館へ8月、資料(94箱)が搬送された。


 石垣市民会館で会見した永珣の孫にあたる木場一壽さん(72)=那覇=は「古里に資料を寄贈するのが祖父の遺言だった。石垣市の強い要請もあり今回、寄贈が実現した。祖父も喜んでくれると思う。古里石垣島で資料を利活用してほしい」と期待を込めた。


 一隆さんの妻・幸子さん(75)=横浜=は「夫が収集した膨大な歴史資料も残されており、石垣市が望めば寄贈を検討したい」と一層の資料提供に積極的な姿勢を示した。


 宮良信世館長は「特に、寄贈された八重山の新聞資料は、大正から昭和初期にかけての原本が残されており、当時の政治経済史の空白部分を埋める可能性がある」と高く評価している。


 博物館は、資料を「喜舎場コレクション」として、修復作業をした上で、画像データを作成。保存状態のいい資料を2013年3月「新収蔵品展」で公開する。画像データは今後、博物館HPでも公開する方針。


 【喜舎場永珣】郷土史・民俗・古謡学者。1885年登野城生まれ。沖縄県師範学校を卒業後、八重山各地の小学校で教べんをとる。06年(明治39年)から、八重山諸島の歴史・民族研究を開始。伊波普猷や柳田国男ら研究者と親交を深める。71年に著作「八重山古謡」で柳田国男賞を受賞。復帰の直前72年4月、86歳で死去。92年に、石垣市から名誉市民の称号が贈られた。