尖閣防衛に重要な制空権 惠 隆之介

 今朝(10月9日)、日本本土への通勤途上、乗機が補助滑走路からランウエイに進出しようとして突然停止、約10分間、機内アナウンス無しで停止しました。


 窓外に目をやると私の乗機のすぐ前方に那覇基地所属F15戦闘機4機が密集して発進準備体制にありました。


 尖閣事件以前は、機長は気を遣い、「自衛隊機発進につき…」とコメントしていましたし、本土へ帰還を急ぐビジネスエリートたちはそれでもイラついておりましたが、状況は一変しました。


 「尖閣防空を頼む!」それぞれ離発着体制にあった民間機パイロットたちはそう思ってであろうし、私の周りに座る乗客たちは一切不平不満を漏らしませんでした。


 結局、編隊長機含め合計5機の戦闘機は秋晴れの東シナ海に次々と発進して行きました。これほど空自機が頼もしく思ったことはありませんでした。


 昭和20年(終戦の年)春、組閣直後、総理海軍大将鈴木貴太郎先輩は、国民に揮号を求められ、「征空」と大きく書かれました。
 私は今朝、この話をしみじみ思い出しました。