猶ことざまの優に覚えて 辻 維周

 先日石垣空港で許可を受けて機材を撮影していた時、思いがけない光景に出遭った。


 JTAは毎日石垣空港において、発着初便の空港職員によるお出迎えとお見送りとを欠かさずに行っている。特に出発の光景は全国の空港でも類をみないほどの素晴らしさで、空港職員が最低でも10名、最大20名以上が勢ぞろいして、出発機に対して手を振るのである。これは送迎デッキから見ると壮観であり、感動ものでもある。


 今回掲載した写真はその一コマであるが、飛行機がスポットを離れた後も職員たちはその場に残り、深々とお辞儀をし続けたり、立ち続けていたりしているのである。普通なら乗客から見えなくなった時点で引き上げてしまうに違いない。つまりこの行為は決して表面上だけで出来るものではなく、現場のスタッフの、乗客に対する心からの感謝が形になったものであろう。


 鎌倉時代末期に書かれた「徒然草」に次のような一節があるが、その部分を改めて思い出させてくれる出来事であった。


 「よきほどにて出で給ひぬれど、猶ことざまの優に覺えて、物のかくれよりしばし見居たるに、妻戸を今少しおしあけて、月見るけしきなり。やがてかけ籠(こも)らましかば、口惜しからまし。あとまで見る人ありとは如何でか知らん。かやうの事は、たゞ朝夕の心づかひによるべし。」
 (徒然草第32段後半)


 (現代語訳)「ちょうどよい時間に(ご主人様は女性のところから)出て来られたが、なお、その状況が優美に思えて、物陰よりしばらくの間見て座っていると、(その女性は)妻戸を少しおしあけて月を見る様子である。(人を送り出して)すぐに鍵をかけて籠ってしまったとしたならば、残念だっただろうに(それをしなかったので女性の心づかいがわかった)。(その男が)出て行ったあとまで見ている人がいるとは、どうしてわかるだろうか。いや、わかりはしない。このような事は、ただ毎朝毎晩の心づかいによるに違いない。」