領有主張「完全な誤り」 「中国が600年前から支配」 石井氏、学術的に反証 〝尖閣は琉球文化圏〟と指摘

18世紀に琉球人が表した「指南広義」。赤線が尖閣諸島についての記述(内閣文庫蔵)
18世紀に琉球人が表した「指南広義」。赤線が尖閣諸島についての記述(内閣文庫蔵)

 尖閣諸島問題をめぐり、ラオスで開催されたASEMの席上、中国の楊潔篪(よう・けつち)外相が「中国は明の時代より600年間、釣魚列島(尖閣諸島)を支配している」と発言したことに対し、石井望・長崎純心大准教授(漢文学)が8日までに「完全な誤りだ」と学術的に反証した。石井准教授によると、中国側の根拠となる古文書は600年前でなく、約440年前に成立。文中の記述も、尖閣が中国ではなく、琉球に帰属することを示す内容となっている。中国側の領有権主張に歴史的な根拠がないことが、改めて浮き彫りになった。

 中国外相が「600年間支配していた」と発言した根拠の古文書は、明国時代の手書き本「順風相送(じゅんぷうそうそう)」という航路案内書。文中に「釣魚嶼」という記述があり、中国、台湾両政府は、この文書が1403年に成立した「尖閣諸島発見の最古の記録」と主張している。


 「順風相送」には「長崎にはフランキ人(ポルトガル人)が在住している。別名籠仔沙機(ろうしさき)という」との記述がある。


 石井准教授によると、長崎にポルトガル人が住むようになったのは、宣教師ザビエルの鹿児島来航より後、1570年ごろで、史上「長崎開港」として知られる。従って「順風相送」は1570年以後の成立書となる。海上交流史研究家・内田晶子氏が1985年の論文の中で既に明らかにしていた。


 また石井准教授の調べでは「籠仔沙機」は広東・潮州(ちょうしゅう)語で「ラ(ナ)ンギャンサキ」と読まれ「ナガサキ」の訛りだという。


 また「釣魚嶼」の項目で記述されている尖閣諸島への航路では、船が中国の福建省を出港した後、台湾北端を経由せずに尖閣方面に到達する。これは航行に熟練した琉球人が、北寄りの直線的航路を好み、台湾まで南下しなかったことと合致。中国人ではなく、琉球人特有の航路を表している。


 同書のほか、同じ航路を載せる航路書は、18世紀に琉球人が著わした「指南広義」だけだ。中国の一般的な航路書では、尖閣方面向けは台湾経由になっている。


 石井准教授は「中国側の強調する最古の史料の年代が崩れるだけでなく、同じ史料で逆に尖閣航路は琉球文化圏であったことを示す可能性が高まった。中国政府がどう反応するのか注目される」としている。


 石井准教授は12月発行の「純心人文研究」19号で「順風相送」に関する研究成果を発表する。