甦れ!川平湾 辻 維周

海底から赤土の塊を持って浮上する中山市長(辻さん撮影)
海底から赤土の塊を持って浮上する中山市長(辻さん撮影)

 2010年7月20日、私は珍しく緊張していた。まだ市長に就任して間もない中山義隆氏を、川平湾の海底に案内し、現状を知ってもらうその日に当たっていたからである。


 川平湾の汚染は我々が石垣にやってきた2000年ごろよりもはるかに進み、COD(化学的酸素要求量)も6~10ppm(東京湾深奥部並みの汚れ)を記録することもあった。また透明度も極端に悪化しており、さらに大雨が降ると湾内の潮抜けが悪いために、水深3m付近まで塩分濃度は1%前後まで薄まり、真珠貝も相当数死んでゆくという最悪の状態に陥っていた。

 

 それまで川平湾の汚染を行政に訴え続けていた琉球真珠の仲野専務の協力を得て、調査のために潜ってみると、水深13m以深の透明度はほぼ0で、あたり一面珊瑚の死体が散らばる死の世界になっていた。


 この現状を中山市長にお話ししたところ、「ぜひ一緒に潜ってみたい。早いほうがいいので7月20日に決めましょう。」とのことであった。私はすぐさま懇意にしているカマンタ・ダイビングクラブの富岡さんに相談すると、市長の潜水調査に協力してもらえることになった。


 潜水調査当日、まず久しぶりの潜水となる市長に勘を取り戻してもらうためのリフレッシュダイビングを行い、その後、川平湾内へと船を進めた。


 富岡さんは、ボートはもちろんのこと、ご自身のほかに2名のサポートダイバーまで用意してくださり、私を含めて4名で市長をガードしながらの潜水が始まった。


 水深17mの海底に到達すると、思った通り透明度はほぼ0であり、市長もあまりの酷さに驚いた様子で、目を皿のようにして視察を続けていた。そして自ら、堆積した赤土の中に手を入れ、それをすくい取って海面まで持ち上げようとしていた。


 浮上してしばらく呆然としていた市長は、気を取り直した様子で、記者のインタビューに「海底は田圃のようだった。これは早急に手を打たねば大変なことになる」と答え、帰港する船の中でも深刻な表情をしていた。


 その後、我々も川平湾の調査を続けるとともに、その都度結果を報告しに市長室を訪れた。市長は「国立公園内にある川平湾は、法の規制が厳しいのですが、このまま放置しておくわけにはゆかないので頑張ります。」と言ってくれていた。そして前市長では成しえなかった川平湾の浄化事業が、やっと今、調査と言う第一歩を踏み出したのである。


 川平湾は市の財産のみならず、県の、そして国の宝である。国や県には下らぬ縄張り意識や建前論を排除して、一刻も早く元の川平湾に戻すよう、努力していただかねばならない。


 さらに、浚渫した赤土を有効利用するため、そのまま投棄するのではなく、市の特産品として焼き物などに加工することも決して忘れてはならない。