「軍隊は住民を守らない」を読んで 宮良 長和

 十一月十四日の日報に「軍隊は住民を守らない」との見出しで戦争体験者の話が出ていた。大阪から来た修学旅行生への平和学習として、こちらの戦争体験者が語った話である。


 書かれていることは全部真実であると思う。しかし何となく釈然としない。素直に賛同出来ない。平和学習という言葉もおかしい。何故だろうかと考えてみた。


 軍隊云々が云われるのは何かあった時に限る。不幸にして戦争が起こって島に軍隊が駐屯した際に最も望ましい形態を順に並べると
 1、軍人が戦争で多忙なのにも拘わらず、職務の傍ら住民に気を遣い親切にしてくれるだけでなく、乏しい物資の中からいろいろ分けてくれる場合だろう。
 2、次は住民を全く放置無視して本来の任務だけ果たしている場合である。
 3、最も悪いのは住民を邪魔者扱いにする場合が考えられる。去った大戦で強制疎開によってマラリアに罹ったとか畑を荒らされたなどがあるだろう。強制ではなかった、早晩戦場になるかも知れない場所に住民だけ残して、軍人だけ山に避難するわけにはゆかなかった、という考え方もある。こんなことは人によって受け取り方が違う。
 4、次に飛行場建設に駆り出されたとか、そこで怠けて、または十分な仕事が出来なくて殴られた場合もあっただろう。


 以上はこの島に我が国の軍隊が来た場合に起こり得る事態である。しかし如何なる場合にも我が国の軍隊によって惨殺されることはまず無いと考えていい。沖縄戦ではそういうことも一、二例あったと、鬼の首でも取ったように喧伝する者もいるが、例外の無い規則は無い、という諺もある。それどころか、最近では親を殺害する息子、我が子を殺す親さえいる世の中であるから、戦争中の例は驚くに当たらない。


 いずれにしても外国の軍隊に占領されるよりは遥かにましである。万一戦争になって、外国の軍隊にこの島が占領されたらどうなるか.現にチベットやウイグルやモンゴルで起こっていることであるし、読者もとっくにご存じのことであるから繰り返さない。


 世界中いかなる国の軍隊にも、国家にも、人格者はいるし与太者もいる。先の大戦中にもいろいろなことはあっただろう。しかし、だから軍隊は無用の長物というのは余りにも短絡的な考えであると思う。


 とにかく現在の沖縄は先の大戦を身をもって体験したせいか、いまだに憲法九条信奉者が多く、戦争はまっぴら、ついでに自国の軍隊までも毛嫌いする人々が多い。勢い日米同盟で沖縄に駐留している米軍も悪者、邪魔者扱いである。二、三日前の日報にも出ていたが、大新聞は、同程度の犯罪で沖縄人のそれが遥かに多くても、余り取り上げないのに、米軍の犯罪なら一、二件でも、これ見よがしに誇大に吹聴するだけでなく議会でも取り上げる。


 私は米軍もオスプレイ、抑止力として絶対必要と考える。小さな島国で育ったせいか、長いものには巻かれろの精神からか、この頃の沖縄の騒ぎ方を見ると、まるで中国の肩を持っているようにさえ見える。中国が力をつけてくると、これからは中国についた方がいいと思うのだろうか。

 

 ムヌクイシドウワガウスウという品性下劣な言葉さえある。しかし中には死んでも中国には占領されたくない、その為には軍備も必要と考える者もいるのである。万一中国に占領されたら、こんなことを書いている私などは真っ先に…後は書かないでもわかる。