八重山歴史研究会の皆さんへ㊦ 田島 信洋

 また、この部分を貴研究会は得能氏の発言だという前提で書いていますが、間違いです。出版社が内部で検討すべき問題であるとか、行政が今すぐにも対応すべき問題ではないとか述べていたのは松村氏でした。松村氏は大手出版社勤務の経験がある得能氏の知恵を借りていたのでしょうか。誰がリード役なのか想像させる、興味深い間違いでした。

 

 観光ガイドブックの掲載情報は変更される部分が多くあり、その性格上、常に改訂を求められています。市長名で要請文を届け、誠意をもって説明すれば、出版社は快諾してくれるものと信じています。

 

 改訂費用を請求されるようなアホなことまでして対応するよう、私は市当局に求めたつもりはありません。ちなみに南山舎は、私が批判している碑文の程度まで自主的に書き改めています。

 

 私は「地元研究者が田島氏の本の内容に対して無関心であること」を批判しているわけではありません。私はむしろ関心は高いのではないかと想像しています。私が批判しているのは、関係者が唐人墓について、あるいは開き直り、あるいは沈黙している現状です。

 

 私に過大評価されるような歴史の専門家ではないと謙遜しながら、一方で、学会誌へ投稿してはどうだとか、私の著書は研究者が議論を交わす論文になっていないとか、皆さんは専門家風を吹かせています。

 

 八重山歴史研究会の皆さんが相手にしない私の研究について、市民の皆さんに簡単に紹介しておきます。専門家の論文を手にとって、読み比べて頂ければ幸いです。

 

 アジア関連本で著名な神田の老舗内山書店の『図書』2000年度読書アンケートで、私の『石垣島唐人墓事件』を数多い本のなかからベスト5に挙げた専門家がいます。指摘のとおり、私の本は一般普及書の体裁になっていますが、唐人墓に関して書かれた初めての本であり、唐人墓の背後にあった事件の真相を一般の人々に広く知らしめたという点で画期的だったと自負しています。

 

 さらに、私の2冊の本は、この事件に関する英文史料、『琉球王国評定所文書』第六巻に所収された関連史料を、専門家の誰よりも圧倒的にくわしく紹介する内容になっています。

 

 評定所文書の史料を、時系列に、しかもほぼ全体を、並べなおし、事件の全貌をとらえることができるようにした唯一の本です。また、事件にかかわったリリー号艦長、サラトガ号艦長の事件報告書をすべて訳出して、琉球国側の史料と比較しながら、事件を検証した唯一の研究となっています。

 

 唐人墓期成会が石垣島まつりにあわせて計画していた160年回忌慰霊祭は頓挫しました。期成会は事業終了もできないまま、このまま年を越すと、6年目に入ってしまいます。誤って唐人墓を紹介している観光ガイドブックなどの問題は放置されたままです。

 

 八重山歴史研究会の皆さん、そもそも「史実」とは異なるとして、現在の碑文に書き改められた際、大きな原動力となったのは貴研究会ではありませんでしたか?貴研究会にはその史実を市民に提示する責任の一端がありませんか?

 

 「大規模な苦力貿易反対ののろしが打ち上げられた」と結ばれているこの碑文は、歴史の改ざんまで行われた論文などを参考資料に書かれたのではありませんか?誘惑に負けた西里喜行元琉大教授をなぜ皆さんは批判せず擁護しようとするのですか?その碑文には、唐人のみ霊に哀悼の意を表する慰霊の言葉さえ見当たらないのです。

 

 皆さんは私の反論文を掲載しないよう、地元新聞社2紙に対して堂々と懇請していますが、恥ずかしくないでしょうか。私には異様に思えます。相手の反論を封殺しようとする―いったい皆さんはどこの国の研究会ですか?寒々とした気持ちになります。市民の皆さんは貴研究会の依頼をどう感じたのでしょうか?

 

 ともあれ、貴研究会が協力を拒んでいる以上、私から皆さんにお願いすることはありません。とても残念ではあります。私に貴研究会の活動等に対する批判をした覚えはなく、したがって、批判を続けることなどあり得ません。どうぞご安心下さい。

 

 最後になりますが、いつの日か、私以外のところから貴研究会に対し唐人墓の件について問い合わせや協力依頼があった場合には、地元の歴史研究会として、賢明に判断し対応して頂くことを期待申し上げ、この手紙を閉じさせて頂きます。