「九条は守って」に飽き飽き 宮良 長和

 新聞に「国防軍に危惧、九条は守って」との大見出しで戦争被害者らが昔の戦争中の悲惨な体験を繰り返したくないと書いている。九条信奉者達はいつまで同じことを唱えるつもりだろうか。

 この問題に関しては機会ある毎に書いてきたが、又書く。何回書いても同じことが繰り返されるようだから何回でも書く。一体戦争はどうして起こるのか。相手が攻め込んで来るから起こるのであって自衛隊や国防軍があるから、又は軍備したから戦争が起こるのではない。外国の軍隊が勝手に攻め込んで来た場合に戦争になるのである。

 

 少なくとも我が国は積極的にこちらから戦争をしなければならない理由もなければ、又したいと考える者もいない。日本人はこの列島で平和に暮らせたらそれだけで十分満足している。外国を侵略する必要は全くない。

 

 それなら、なぜ外国が我が国固有の北方領土や竹島や、尖閣を欲しがるのか。それはロシアや韓国や中国に聞いてみたらいい。北の拉致問題に至っては、人間としてその心情は我々の理解を越えている。人間を勝手に拉致し、肉親を引き離して平然としている。軍隊があればそれを出動させて拉致されている人々を取り返すべきではないか。

 

 動物は腹が減ったら他の動物を襲って食うかもしれないが、人間ともあろう者が食べられもしない同じ人間をさらっていって隔離して、残された肉親を苦しめる。人間は万物の霊長と言われているが、動物の中で最低最悪の生物だろう。 日本人は少なくとも現在は、昔からの固有の領土である日本列島だけで十分満足している。それなのになぜ外国は上記の領土を、それだけでなく日本本土を占領して、自らの勢力範囲にしようと企むのか。

 

 なるほど、昔は大東亜共栄圏といって日本軍が南方や中国に攻め込んだこともあった。昔の大東亜戦争に関しては、我が国が食うか食われるかの土壇場に追い詰められたのでやむを得なかった。又、アジアを白人の支配から解き放つための戦争でもあったという人もいるし、一方では日本がアジアどころか全世界を征服するための戦争であったという人もいる。

 

 あの戦争は、最終的には我が国は負けたが、少なくともアジアでは、それまでの白人の植民地支配から解放され独立を勝ち取った国も一つや二つではない。しかし、これらの問題は今日の主題に反するのでこれ以上書かない。

 

 とにかく現在の世界情勢下では日本は、戦争をこちらから進んですることはない、しようと考える者もいない。外国が強引に攻めて来た場合は、なすがままにされるわけにはゆかないから、武器を取らざるを得ないというだけのことである。

 

 それでも戦争は嫌だ、どんなことになっても戦争には巻き込まれたくない言ってみたところで外国の軍隊が勝手に入り込んで来たらどうするのか。それでも戦争は絶対嫌、御免こうむるという人間もいるだろう。そういう人々は万一戦争になったら、無抵抗に徹すればいい。侵略者のいいなりになって居れば戦争にはならない。絶対に戦争をしたくない人は外国軍が勝手に島に、次いで家に上り込んで来たら、丁寧に家に招き入れ冷蔵庫の前に案内し、車の鍵も渡し、自分は出ていけばいい。

 

 それだけで済めばむしろ幸いである。言いがかりをつけられて乱暴されるかも知れないし、最悪の場合は殺されるかも知れない。しかし、今では向こうでもちゃんと名簿が出来ていて日本国内にいる敵味方はちゃんと解っているに違いない。なぜなら驚くべきことに我が国にも、外国軍に早く占拠されることを待ち望んでいる人々がいるというからである。

 

 沖縄には外国から軍事基地反対応援のための人物も入って来ているという。それらの人々は占領されてもいい仕事が与えられるだろうし、殺されることもないだろうが、こんなことを書いている私などは真っ先に処刑されるだろう。 そんなことまでするはずはないと思う人はチベットやウイグルの現状を見たらいい。チベットやウイグルでも無抵抗に徹したわけではなく抵抗もしただろうが、圧倒的な侵略者の力の前に屈したといった方が真実に近いだろう。

 

 とにかく戦争はまっぴら、軍備、自衛隊は無用、という人は以上のことを考慮にいれてから言ってもらいたい。最後に聞き飽きた平和憲法信奉者達の「軍隊があるから戦争になる、国防軍に危惧、九条を守って」を取り上げ、一面に堂々と掲載する新聞社も同類、九条信奉者達の、何十年たってもくじけない殉教者にも似た信仰には敬意を表する外はない。