道標 辻 維周

フィナーレを飾るテーマ曲「道標」を踊るメンバー
フィナーレを飾るテーマ曲「道標」を踊るメンバー

 今年も子供演劇現代版組み踊り「オヤケアカハチ太陽の乱」を観てきた。昨年10周年を迎え、ますます円熟味を増したこの劇は、石垣の年末の風物詩として、石垣市民に定着し始めている。


 1500年におこったと言われる、オヤケアカハチホンガワラの乱が史実であろうが無かろうが、アカハチ自身が琉球王朝に反旗を翻した逆賊であろうが石垣の英雄であろうが、長田大主と敵対関係であろうが無かろうが、それは別次元の問題である。


 それよりも石垣島出身の詩人伊波南哲氏(1902~1976)が長編叙事詩「オヤケアカハチ」を書き、それを基にしてこの脚本が書かれたわけであるが、それが大人のみならず、なぜ現代の子供の心までとらえているのか、その真意を探る必要があるだろう。

 

 八重山は琉球弧列島の一部ではありながら、古代から独特の文化を持ち、「琉球」とは一線を画する存在であったはずである。それは島言葉や郷土芸能によって容易にくみ取ることができる。ところが琉球王朝が出来てからというもの、琉球の文化が流入し、それだけにとどまらず重い年貢を王朝に納めなくてはならず、それが常に八重山住民の生活を圧迫してきた。住民はお上に逆らうわけにもゆかず、窮々とした生活に甘んじざるを得なかった。そこに登場したのがアカハチであり、長田大主であり、仲間満慶山である。

本番前、舞台裏で気合を入れる出演者たち
本番前、舞台裏で気合を入れる出演者たち

 この演劇の中でのアカハチは、石垣の住人を王朝の圧政から救おうと立ち上がったが、結局長田大主に底原で斬り殺されてしまう。しかし長田大主はアカハチの遺志を継いで、琉球王朝に直訴するという筋立てになっている。言葉にすると非常に簡単なものになってしまうが、この脚本の中にはアカハチの八重山に対する熱い想いが充満している。


 つまり八重山の人々の心の奥底には、「琉球(沖縄)」に従属していない、本来の「やいまぴとぅ」のアイデンティティー復活への願いが込められており、その願いがこの演劇のメインテーマである「道標」という言葉に表れているのではなかろうかということである。


 似たようなケースはほかの太平洋諸島にもあり、現在はアメリカ領となってしまったグアム島にも「チャモロ族」という先住民族がいる。彼らは長いスペイン統治時代を過ごし、日本の信託統治を経て、アメリカ統治となった現在でも「チャモロ・プライド」を大切にして、チャモロ文化の復活・保存を行っている。その事はグアム島内を走る車のナンバープレートの下に〝TANO Y CHAMORRO〟(チャモロの島)と書かれていることからも理解できる。


 八重山の人々もチャモロ民族のように、自分たちの先祖が培ってきた独特の文化を大切にして、「沖縄」とは違った「これこそが八重山だ」という文化を、新石垣空港に降り立つ観光客に見せてほしい。


 なりたくても決して「やいまぴとぅ」にはなれない、島外出身者からの切なる願いである。