高橋さんの顕彰碑建立 関係者が遺徳しのぶ 岩手と石垣の交流に尽力 真栄里公園に

高橋洋介さんの功績を伝えようと建立された顕彰碑と増殖事業記念碑を背に、2人の遺徳をしのぶ関係者=真栄里公園
高橋洋介さんの功績を伝えようと建立された顕彰碑と増殖事業記念碑を背に、2人の遺徳をしのぶ関係者=真栄里公園

 石垣市と岩手県の交流に尽力した元岩手県副知事・高橋洋介さんの顕彰碑が真栄里公園に建立され、26日、除幕式(期成会主催)が行われた。同じ場所で、種もみ緊急増殖事業記念碑(菅原邦典顕彰碑)の移設もお披露目され、関係者が2人の遺徳をしのぶとともに、交流事業の継承発展を誓い合った。

 

 高橋さんらの功績を伝えようと昨年4月、顕彰碑建立期成会(平田勝男会長)が発足し、浄財を募っていた。顕彰碑は、石垣島と岩手産の花崗岩を利用、絆の文字が刻まれ、交流事業への高橋さんの業績が記されている。式典には、岩手・沖縄かけはし交流協会の会員ら240人を含め、関係者多数が出席した。


 除幕式で、平田会長は「岩手の大冷害をきっかけに、石垣と岩手の交流が生まれた。現在も強い絆で、さまざな交流事業が続いている。高橋さんと菅原さんの功績を忘れることなく伝えていこう」と追悼した。

 

 岩手・沖縄かけはし交流の福岡勝夫会長は「種もみ事業が成功したのは石垣島の関係者のおかげ。東日本大震災でも石垣市から多くの支援が寄せられた」とお礼した。

 

 高橋さんの妻・ひろ江さん(64)も「交流が始まってから今年は20年目の節目。いろんな思いがよみがえってくる。世代を超え、私の子どもや孫に、高橋の思いを伝えていきたい」と感慨深げ。菅原さんの長男の哲史さんもお礼の言葉を述べた。

 

 岩手県の本田敏秋遠野市長や高橋敏彦北上市長、地元から中山義隆市長、川満栄長竹富町長、外間守吉与那国町長らも出席。高橋氏の功績と影響力の強さを示した。席上、建立に功績のあった久慈浩さんら6人に感謝状も贈られた。

 

 顕彰碑建立に合わせ、「種もみ緊急増殖事業記念碑(菅原邦典顕彰碑)」もJAライスセンター=開南=から移設され、お披露目された。

 

 〔高橋洋介氏〕岩手が記録的な大冷害で、稲作が危機的な状況となった1993年。石垣島で種もみの増殖に、当時岩手県の農政部長だった高橋さんと、石垣島に派遣された菅原邦典さん(岩手県庁職員)が中心となって取り組んだ。

 

 2㌧の種もみを半年間で100㌧以上に増やし、岩手の稲作を救済した。
 93年に、岩手・沖縄交流協会が発足、高橋さんが初代会長に就任し、さまざまな交流事業を実施した。

 

 菅原さんは2008年6月、64歳で、高橋さんは11年8月、69歳でそれぞれがんのため亡くなった。09年には「種籾(もみ)緊急増殖事業記念碑(菅原邦典顕彰碑)」が建立された。