星野に水の記念碑 開拓から63年 感謝の思い込める

 人魚伝説で知られる星野で、命を育む水へ感謝を表現する「水の記念碑」が建立され6日、関係者が集い、入魂式が営まれた。記念碑は高さ50㌢、周囲150㌢余りの花崗岩。神司が岩の表面に「あがり(東)から 命つなぐる 天のいど(井戸)」の句を記し、開拓以来60年以上、住民の暮らしを支えてきた水への感謝を込めた。

 

 星野集落の有志が昨年12月、開拓から集落の基盤となった水源地へ感謝を示めそうと、記念碑の建立を企画。集落から東へ1・5㌔ほど入った水源地・ファーナン川のほとりに碑とリュウキュマツ製の看板を立てた。


 川の上流は復帰前の高等弁務官資金で簡易ダムが整備(1954年)され、2000年まで、集落の飲料水として利用。現在も農業用水や生活雑水として活用されている。


 入魂式は、うっそうとした緑に囲まれ、川のせせらぎが聞こえる中、碑前で開始。石垣島の水脈の源流・於茂登岳の神司=名蔵=を自治会で招き、儀式を営んだ。神司が筆を手に、白色の文字で句を書き入れ、水への感謝と集落の繁栄を祈願した。


 前公民館長の金城政男さん(58)は「入植以来、63年間に渡って星野集落はこの水の世話になってきた。建立を開拓の先人たちも喜んでくれると思う。ファーナン川の水は今でも飲め、水道水とは比較にならないほどおいしい」と思いを込めた。


 星野集落は50年3月、大宜味村から山口忠次郎さんら先遣隊16戸17人が、本島から八重山へ初の入植、山林を開墾した。その後、宮古島城辺町(当時)などから移住が続けられた。現在は50世帯、150人余りが暮らしている。人魚伝説は、明和の大津波を事前に知らせ、村人を救った人魚の物語。旧野原村(星野)で言い伝えられてきた。