盧韓国大統領が恩師に発した言葉 惠 隆之介

 現在、わが国の教育会、スポーツ界では暴力的指導が問題になっておりますが、こういう話もあります。


 昭和63年、韓国大統領に就任した盧泰愚(ロタイグ)大統領は、小学校3年次の恩師佐藤彰先生を熊本に探しあてて、ご夫妻を国賓として青瓦台に招待し、「今日あるのは先生のお陰です」と会食し師恩に感謝しました。

 

 二人は感極まって抱き合って泣いたそうです。盧大統領は幼い頃、父親を事故で亡くしており、また佐藤先生も同じ境遇であったため、佐藤先生は絶えず盧少年を気にかけておられたようです。

 

 盧大統領と先生の再会は、恩師との再会というより父子の再会の印象だったと言われております。その際の記事が、文藝春秋1988年7月号に掲載されております。一部紹介します。


 佐藤先生が盧大統領に、「自分の子供のつもりで無我夢中になって(君らを)怒りもし、泣きもし、叩きもした。どうぞそれを許して下さい」と言ったところ、盧大統領は、「いや、先生に叩かれることによって愛情を感じていたのです。先生の怒りは、私達の中の悪に対する怒りであったことをみんな知っていました」と私(佐藤先生)を慰めたあとで、大統領はこう付け加えたのです。「自分の可愛い子だったら、叱り、叩くことさえある」。

 

 実はこの一節もペスタロッチ(スイスの教育家)からの引用だったのです。盧大統領は40数年前、知らず知らずのうちに(私が)しゃべっていたペスタロッチの一節を、ご記憶だったのですよ…


 余談になりますが、朴大統領の父親朴正煕大統領は日本の陸軍士官学校卒でした。朴大統領も生前戦前の日本教育を褒めておりました。日本ではあまり報道されておりませんが、田中角栄総理が日本陸軍下士官のころの上司が朴陸軍中尉だったのです。

 

 陸軍士官学校は海軍兵学校と並んで戦前難関中の難関で、今の東大、防大の比ではありません。陸軍士官学校に八重山から進学された先輩は、大桝松一大尉、伊舎堂用久中佐です。海軍兵学校は宮良眼科院長の宮良先輩です。

 

 沖教組は戦前の日本教育を、「皇民化教育だった」と批判しておりますが、その価値が解っていない証拠です。沖教組がそう言っている間、沖縄からは国際級の人材は決して生まれないでしょう。