海自指揮官達の不満 惠 隆之介

 現在、海自の後輩指揮官達の不満は頂点に達しつつあります。万一中国軍から攻撃を受けた際、あるいはその直前、憲法に従って黙して滅びるか、あるいは国家の名誉と部下の命を守るため独断で応戦し中国人を叩き潰すかです。
 思えば日中関係近代史は元寇を含め中国の攻勢と最終的に立ち上がって失地を回復せんとする日本の衝突だったと思われます。


 昭和2年3月、中国革命軍が南京で武装蜂起、暴徒化した中国軍が列国居留民や領事館を襲撃したため、列強は共同出兵(多国籍軍)、共同攻撃を呼びかけましたが、日本はそこで自分だけいい子になろうとしてこれを拒否したのです。すると中国人は日本人と日本権益だけを狙いました。


 極めつけは、在留日本人婦女子がレイプを回避しようと南京日本大使館に避難しました。我海軍陸戦隊は同大使館保護のため出動しましたが、政府(若槻礼次郎内閣)の訓令「武力使用絶対禁止」を墨守したため、無抵抗で中国暴徒の大使館乱入を許し、避難中の日本婦女子はことごとく陵辱されました。
 国民が激怒したため、若槻内閣は間もなく解散し、田中義一内閣が成立し対中国強硬外交に転じたためその不満は解消しました。

 

 軍事力をもたない国、行使できない国はバカにされ、隣国から収奪されるのです。ロシアもしかり、9日に領空侵犯したくせに(しかも北方領土記念日に)、「した覚えはない」としらばっくれております。
 私が総理なら「解った、次回からは警告なし撃墜する」と淡々と発言します。恐らくロシアは言葉を失うでしょう。