2000㌔越え「思い」届け 石垣市で追悼・復興祈念 参加者が鐘鳴らす

サイレンや汽笛の中、震災犠牲者に黙とうを捧げる古澤さん(前列左から2人目)ら=新栄公園
サイレンや汽笛の中、震災犠牲者に黙とうを捧げる古澤さん(前列左から2人目)ら=新栄公園

 復興の願い、平和の鐘に込め― 東日本大震災から2年を迎えた11日、石垣市は震災発生時刻に合わせ、新栄公園で犠牲者追悼・復興祈念式を開催した。世界平和の鐘県支部や石垣・岩手かけはし交流協会、やえやま東北人会などが協力。100人以上が集い、石垣島から2000㌔以上離れた被災地・東北へ思いを馳せた。

 

 この日は全国各地で式典が催され、石垣島が被災地から最も遠隔の追悼会場となった。式典のテーマは「わたしたちはわすれない」。子どもにも分かりやすいよう、全てひらがなで表記した。石垣島混成合唱団20人の復興祈念歌「花は咲く」で幕開け。まいふなー保育園児が手話で歌詞を表現した。


 中山義隆市長と大濵博文さん(平和の鐘県支部長)、高木健さん(交流協会長)が式辞。犠牲者を追悼するとともに復興を願い、支援の継続をそれぞれの言葉で強調した。新川小4年生と新栄町保育所園児らも会場に詰め掛け式を見守った。


 仙台市で被災し、卒業旅行で石垣島を訪れた古澤朱花さん(21)が、東北人会の依頼で体験を報告。古澤さんは「震災は悲しいだけの経験ではなく、命や家族の絆、他人を思いやる心の大切さに気付かせてくれた。石垣市からも多くの支援が東北に贈られていることを知り感謝したい」と語り「震災を忘れないで、被災地を見守り続けてほしい」と目に涙を浮かべ訴えた。


 自宅で地震に遭遇した古澤さんは、近くの小学校に避難。津波の襲来を受け、4階建ての屋上で救助を待ったという。母親と連絡がなかなか取れず母親がパニックを起こしたとのエピソードも伝えた。


 地震発生時の午後2時46分に全員で黙とう。1分間、防災無線や石垣港に停泊中の船舶から汽笛が鳴らされた。石垣島愛鳩クラブの放鳩もあり、平和の象徴のハトが青空へ飛び立った。放鳩後、出席者一人ひとりが復興の願いを込め、平和の鐘を打ち鳴らした。