1952年4月28日は…

 1952年4月28日はサンフランシスコ講和条約が発効し、太平洋戦争敗戦国だった日本が独立を回復した「主権回復記念日」。一方、沖縄は本土から切り離され、米軍統治下のまま置かれたため、県民にとって「屈辱の日」とされた◆しかし復帰後40年を経て、今なおこの日を「屈辱の日」と呼び、政府の式典に反対する声があることに、多くの県民が戸惑いを感じている。なぜなら、ほかならぬ沖縄で「屈辱の日」という言葉そのものがすでに風化しているからだ◆日本が独立を回復した「4・28」は、まぎれもなく20年後に沖縄が日本に復帰した「5・15」へのスタートラインになった。復帰が達成された時点で、「屈辱の日」という言葉の風化は始まっている。現在、この言葉が持ち出されるときには、当時の県民の思いとは違った、別の意図がある。それは、4・28式典の反対運動と基地問題をリンクさせようとする政治的思惑だ◆「屈辱の日」の歴史的事実は当然語り継がなくてはならないし、県民の複雑な思いを訴えることも必要だ。だが現在、本土の人たちに向かって「屈辱の日」だと声高に訴えることが果たして妥当なのか。屈辱感は他人に強要するようなものではない。県民の1人として、もっと慎ましさを求めたいと思うのだが。