災害の教訓後世に 遭難者の冥福祈る 市長「万全な対策を迅速に」 明和大津波

遭難者に献花する参列者=明和大津波遭難者慰霊之塔
遭難者に献花する参列者=明和大津波遭難者慰霊之塔

 1771年に八重山諸島を襲った「明和の大津波」の犠牲者9300人余の霊を慰め、その災害を後世に伝えようと、「明和大津波遭難者慰霊祭」が24日午後3時から市内宮良のタフナー原にある明和大津波遭難者慰霊之塔で厳かに開かれた。行政関係者や一般市民ら200人が参列。中山義隆市長の式辞、献花のあと、児童生徒が作文を朗読し、遭難者のめい福を祈るとともに災害に対する思いを新たにした。

 

 明和の大津波は1771年4月24日に発生したマグニチュード8クラスの大地震で、八重山の島々に大きな被害をもたらした。


 記録によると、宮良牧中では波の高さが85・4メートルに達し、遭難者は石垣島で8813人と、当時の島内人口の32・22%に当たる甚大な被害であった。


 八重山諸島全体では黒島293人、新城島205人などを合わせて9313人とされる。


 災害の歴史を後世に語り継ごうと、牧野清氏ら有志が中心となり1983年に期成会が設立、同慰霊の塔を建立し、毎年慰霊祭を行ってきた。
 93年からは市が主催して慰霊祭を実施している。


 慰霊祭では、出席者全員の黙とうが行われたあと、中山市長が「今後、災害が発生した際には行政として万全の対策を迅速に講じ、市民の生命と財産を守ることを誓う」と式辞を述べた。


 代表献花に続いて、迎里美音さん(白保小6年)が「防災に関心を持てる社会」、鳩間千華さん(大浜中3年)が「命を精一杯生きる」、小浜健悟君が「忘れてならないこと」の題名で作文を朗読し、防災意識の高揚を訴えた。


 市老人クラブ詩吟クラブ(前木テル子代表)は、牧野清作の詩吟「慰霊の塔に寄す」を奉納したあと、一般参列者が次々と献花した。


 市では、11年4月に市防災の日を定める条例を制定。この日を防災の日とし、この日から1週間を防災週間としている。


 今後も防災無線の増設や避難訓練の実施、地域防災マップ作成などの予防対策に取り組んでいくという。