玉津教育長への手紙㊤ 田村 文夫

 前略 突然のお便り失礼いたします

 一昨年8月の教科書採択問題に関連して、私は貴氏の属する採択協議会宛に抗議ファックスを二度送付しました。採択が迫った8月2日には切迫した思いで、「つくる会系を採択すれば、罪、万死に値する」と書き、二回目では「クーデター的採択で、玉津氏とその同調者は、県民に唾を吐くつもりか」と書き、貴氏を名指しで激しく責めました。


 又、中山市長には、貴氏の更迭を求める手紙も出しました。
 当時の私にとって、沖縄戦・集団自決強要の歴史の書き換えは許せないことでした。右翼的な「新しい歴史教科書をつくる会」系列の教科書は、史実を歪曲している。私は決め付けで、そう思っていました。


 私は復帰前の1969年に、本土復帰をめぐって問題になっていた沖縄関係の本を読んで、沖縄の歴史と現実に驚きました。翌年春、現地を見ようと野次馬魂で沖縄に来て、復帰協の事務所を訪ね、平和通りでカンパ活動をしていた学生達と話をし、帰京後は安保・沖縄関係の集会やデモによく参加する事になりました。


 沖縄戦と県民の犠牲を知ったことから、全基地撤去の復帰支援デモに行ったのですが、沖縄だけでなく中国・朝鮮をめぐる近・現代史を学ぶ講演会へも良く行き、そうした本も買って読みました。そして戦前の日本は、極悪の帝国主義・侵略国家だったと思いました。


 その巨悪の帝国の子孫である自分という存在を、そのまま肯定はできませんでした。当時流行った言葉に「自己否定」という言葉がありましたが、そうした心情でいました。


 「巨悪の帝国・日本軍国主義」の復活を許さず、真の民主主義的平和国家に再生させてこそ、沖縄・朝鮮・中国・アジアの人達に顔向けが出来るし、日本国と自己の肯定も可能と思っていました。


 72年の本土復帰後は、左翼運動の体質的問題点に疑問を持ち、特別な集会以外は行きませんでした。社会主義国の中国とベトナムの領土戦争・カンボジア共産党による100万の人民大虐殺・社会主義国に普遍的にみられる反対派殺害を含む粛清などは、独裁権力体制と軍事優先の暴力体質から来るものと思います。84年に沖縄に移住してからは、選挙の時に革新統一候補へ投票する程度で、基地包園行動や大規模な反戦集会に時々は参加しました。


 ともあれ「過去の全てにおいて日本国は悪だった」という左派的歴史認識を二年前も持っていた私にとって、文科省の教科書検定は通ったとしても、沖縄戦の歴史の書き換えを推し進める右派勢力の作った教科書の採択は、絶対許せないと思いました。そして、抗議文送付となったのでした。


 その私の認識が変わったのは、今回の八重山採択問題がきっかけでした。抗議の投稿後、10月過ぎから近代史をもう一度勉強しようという気持ちになったのです。日本の朝鮮・台湾への植民地支配について、「なぜ台湾は韓国ほど批判的でないのか」という疑問が常にありました。たまたま同業の友人が、右翼的で悪名高い小林よしのり氏の『台湾論』『沖縄論』を持っていました。たまには反対の立場の人の本も読んでみようと思い、借りて読みました。また別の作家の本も借りました。


 これらの本を読んで驚きました。戦前の日本の台湾統治は、自分の思っていた程極悪な支配ではなかったことを知り、救われた気持ちになりました。この『台湾論』は、地元台湾で刊行されると大問題となりました。内戦で負けた蒋介石軍が台湾にやってきて支配階級となったのですが、蒋介石軍による進歩的台湾人の大虐殺を記述した『台湾論』は、こうした「外省系中国人(現代中国支持派)」が支配するマスコミ主流に叩かれました。


 しかし、大多数を占める元々の台湾人達は、台湾の歴史教科書に載っていなかった台湾人大虐殺を記述した『台湾論』を支持し、日本統治の史実を光と影を含めて公平に評価しているので、総合的に見れば日本は善政をしたと判断し、親日的となっているのが分かりました。これに反して朝鮮では、多くの近代化事業を行い、身分・女性差別も撤廃し、多くの面で台湾よりむしろ優遇して統治していましたが、戦後の李承晩反日政権下で、全では悪政と政治判断され、極端な反日捏造教育をして今日に至っていることが分かりました。


 長らく中国の属国でいる間に「中華思想」的な優越意識と日本卑下意識が根付いていたことが、戦後の反日教育を受け入れた素地となったようです。その後、日中戦争関係の本を読み進めると、現代中国の言っている日本軍の悪行もかなり怪しいと思いました。南京事件等の、余りにもありえない数の被害者数には納得できません。日本文化と日本人なら行なわない、耳・鼻を削ぎ、目をくり抜く残虐な殺害とか「万人坑」という遺体の遺棄方法は、彼ら漢民族の伝統的方法・文化でした。


 こうして色々な本を読み進めることで、日本解体の偏向歴史観である「GHQ的日本極悪史観」に自分もどっぷり浸かっていた事を知りました。そして韓国・中国・北朝鮮三国の日本へのいわれなき非難に(歴史偽造・改蜜による不当な日本非難)の中に、今の日本が置かれていることを知りました。(従軍慰安婦問題は、一老人の虚構の証言が事実扱いされてしまい、ありえない数の奴隷狩り的強制連行と、慰安所での暴虐的な扱いが国際社会で史実として宣伝されています。とんでもない恐ろしいことです)


 歴史教科書について言えば、近・現代史歴史記述については、「米国・中国・朝鮮人を批判してはいけない」と規定した、戦後GHQの報道統制方針が、その後も報道だけでなく教育の世界でも引き継がれており、更に社会主義イデオロギーで歴史を歪曲し、「近隣諸国条項」によって中国・韓国の歴史記述に迎合した反日的に捏造された記述が史実とされ、これらの国に都合の悪い記述は書かない事で、教科書が検定されている実態を知りました。(つづく)

玉津教育長への手紙㊦