琉球独立論絶対反対 宮良 長和

 十三日の日報に松島教授の琉球独立論と「それに賛同する会」の意見が載せられているが、私はただの反対ではない。絶対大反対である。万一独立したら一番真っ先に喜ぶのはこの人々よりも中国だろう。今や我が国の周囲には強欲な中国や韓国、それに北にはロシアまで居る。万一独立したら、中国が真っ先に乗り込んで来るのは目に見えている。


 記事の中にあの小さなパラオでさえも独立しているともあった。あんな小さな島でさえ独立できるのだから、沖縄も当然と言わんばかりである。あの島は太平洋の真ん中にぽつんとあるからであって、その島が東シナ海か日本海にあったと仮定したらどうなったか、考えてみたらよかろう。もう少し地図を広げてみてからそんな話はして貰いたい。


 また、同新聞には本土は日米安保の利域だけ得て犠牲は沖縄に押し付けている、とも書いてあるが、沖縄がこれまで中国に占領されずに、また基地の収入のお蔭で潤っていることに異存のある方はいないだろう。東洋一の水族館、国立劇場、身分不相応な豪華な空港、島内の至る所に溢れる物品。全島に張り巡らされた舗装道路、何れを見ても沖縄県だけの経済力で出来るものではない。これらは殆ど基地経済と本土の思いやり予算(?)がもたらしたものではないか。それにも拘わらず我が沖縄には、それらの恩恵は当然として、基地がある為の不都合ばかり強調する。


 終戦直後から、本島にはたまたま行く程度であるから詳しいことはわからないが、昔は嘉手納も普天間も空港近くに民家は無かった。民家は基地とその周辺に住む家族や軍人を当てにして集まって来て、それが街になったというのが真相だろう。勿論、元々これらの土地には沖縄人のものではある。しかし、米国だって戦争で血を流して占領した島である。それ位の勝手はやむを得まい。


 さて、最近の沖縄は帰化人の子孫と言われる知事をはじめとして、中国に親近感を抱く人々が意外に多い。那覇の私の甥もそうである。彼を保守に改心させようと行く度に説得したり正論の会に誘ったりするが頑として応じない。最近は呆れて誘うのを止めた。日教組の教育を受けるとこうなるのかと、最近の教育の持つ影響力にほとほと感じ入っている次第である。彼らの目を醒ます絶対確実な手段は、一度中国に占領されてみることであるが、一度占領されたら最後、もう解った、これぐらいでいい、帰って下さい、と元に戻せないのが難点である。


 中国も沖縄を占領したら、真っ先に沖縄を軍事基地化するのは解りきっている。そうしても中国が基地料を几帳面に支払うとは考えられない。しかしそんな事はどうでもいい。それよりも、かの国の軍隊が乗り込んで来て乱暴狼藉を働くのは間違いない。中国がどんな社会か、中国人はどんな人間か新聞で知らないわけではないだろう。チベットやウイグルではどんなことが行われているか、抗議の自殺も相次いでいる。中国に愛想を尽かして日本に帰化した石平さんもいる。

 

 しかし我が沖縄の一部の人々は中国人は決してそんな乱暴狼藉はしない、中国人と仲良く暮らせると信仰にも似た盲信をしているとしか考えられない。軍事基地反対もマイナス面ばかり考えずに、その存在故に中国も勝手に沖縄には手出し出来ないのであるというプラス面も考慮したらどうか。左翼には基地は目障り、無用の長物そのもののようである。


 琉球はもともと独立国だったというが、封建時代は鹿児島も山口も会津もそれぞれ大なり小なり藩とはいえ独立国として振る舞っていたのである。長州藩のごときは独力で英国と戦争までしている。明治政府成立前はこれらの藩も幕府と対立し死闘を繰り広げたのであって、琉球だけが別格だったのではない。ただ、地理的に離れているので別格の度が少し大きかっただけである。言語学的に見ても元は同じ民族である。


 戦争で奪われた土地を話し合いで取り戻した例はこれまでの世界史に例がないという。沖縄は先の大戦で日米が死闘を繰り広げ、アメリカが占領した島である。それにも拘わらず佐藤首相の努力でアメリカから返して貰った。最近の知識人はアメリカの悪口をいうのが進歩的と考えているようであるが、独裁政治で無く同じく民主主義の国なので、このような話し合いも出来たのである。


 同じ紙面の金波銀波に「台風が来ただけでもスーパーの棚は空になる、だから戦争になったらそれこそ大変、だから軍隊は要らない」のだそうだ。論理の展開がおかしいのではないか。軍隊が居なければ戦争にならないのなら、こんな楽なことはない。彼ら九条の信奉者達にまずやって貰いたいことがある。無事成功して帰って来られたら旅費は私が全額払い戻して差し上げるから、まず中国に行ってかの国の首領に会い、米軍や自衛隊を無くしたら絶対に攻撃しない、日本も沖縄も占領しない、という言質を取って来てから、「だから軍隊は要らない」と言って貰いたい。そうでなければ頭が少しおかしいのではないかと言われても仕方がないだろう。


 我々が今なすべき事は、この愛する郷土を守り抜く為には、命も捨てる覚悟であり、その為の準備である。新空港、国際線の開発、観光客誘致、産業祭りはその後でいい。それ位の気概も無くて経済発展に浮かれている秋ではあるまい。


 過激なことも書いたが、私にも子供や孫も曾孫まで居る。平和を念ずることに於いて決して人後に落ちるものではない。しかしその前に肝心なことは、この愛する郷土を外国の侵略から守り抜かない限り全ては水泡に帰する。そのためには我々一人一人が郷土を死守する決意を示し、出来れば相手に侵略の意欲を喪失させる程の覚悟と準備が必要ということである。