最後の1人を救うまで 兼次 映利加

 「風は波を誘(いざな)い 波は寄せては返し 今日の希(ねが)いを 彼方へと運ぶ あなたが故郷(ふるさと)を 忘れていないように 私たちもあなたを 片時も忘れない だからどうか強く生き抜いて きっと救け出すから」


 これは北朝鮮による拉致被害者家族のために、ある支援者男性がつくった「あなたを忘れない」という歌の歌詞です。


 今回はわたしが学生の頃からボランティアで支援をしてきた、拉致問題について書いてみたいと思います。


 現在政府認定拉致被害者の数は17人(うち5人は帰国)となっています。そして昨年警察庁が公開したデータによると、北朝鮮に拉致された可能性が否定できない特定失踪者数は、868人(現在は864人)にのぼることがわかりました。この900人にも及ぶ方々にもそれぞれご家族がおられ、今も再会の希望を胸に日々を過ごしておられます。


 今から36年前の昭和52年11月15日の夕方、当時13歳の横田めぐみさんは、通っていた中学でのバドミントンの部活動を終えて帰宅する途中で拉致されました。


 増元るみ子さんの弟の照明さんは、お姉様が突然姿を消す直前に姉弟げんかをしたそうです。とうとう仲直りができないまま、35年の月日が経ってしまいました。


 1976年、金正日は工作員育成・養成のため、外国人を積極的に拉致する指令をだしました。日本だけでなく、韓国、中国、タイ、シンガポール等のアジア諸国、そしてアメリカ、フランス、イタリア、オランダ、レバノン、ルーマニア等の欧米諸国少なくとも14カ国が拉致の被害に遭っています。世界各国から、特に若者や子どもが拉致される事例が多かったのだそうです。


 北朝鮮による拉致というのは、特定の誰かを狙った犯罪であったとは限りません。


 あのとき、力ずくで無理矢理袋詰めにされ、真っ暗な闇のなか工作船で日本海を渡らなければならなかったのは、もしかしたら今ここにいるあなたや、あなたの愛する人だったかもしれないのです。


 彼の地に暮らす全ての日本人拉致被害者は、わたしたちと同じ「日本国家」という大きな家の、家族の一員です。わたしたちは大事な家族を不当に奪われ、それを知っていながら何十年もかけて、未だに取り戻すことができないでいます。この間に得たのは数百名のうちのたった5人と、偽の遺骨、そして十分な裏付けのない資料だけでした。


 わたしたちは故郷を忘れて、生きていくことができるでしょうか。親を忘れて、生きていける人がいるでしょうか。幼い我が子と引き離されて幸せのうちに生きていけるお母さんが、いるでしょうか。


 多くの方が、「拉致問題の解決は難しい」と感じていることと思います。けれども相手は国家をあげて略奪を続けてきたのです。日本も国家が総力をあげて立ち向かわねばなりません。わずかな政治家の力だけでは不十分です。残された家族の心を支えるのは、全国に住む全ての日本人です。そして拉致問題に対し前向きに取り組むことができる政治家を選んでいくということは、遠く離れたわたしたちにできる大きな支援です。


 11年前に5人とその家族が帰還したことは大きな進展でした。しかしいつまでもこの一点に満足してはおれません。北朝鮮にいる拉致被害者の、最後の一人を救い出すまで、静かな戦いは続くのです。         (東京都)