武士道というは…

 「武士道というは、死ぬことと見付けたり」という言葉で有名な佐賀藩の「葉隠」は、死を讃美した軍国主義の書と誤解されがちだ。死ぬか、生きるかという究極の選択を迫られる場では「早く死ぬほうへ片付くばかりなり」「胸すわって進むなり」と覚悟を決めることの重要さを説く。いわば戦時の哲学だ◆しかし実際には「葉隠」は、人間社会をどう生き抜くかという処世術の書でもある。奉公人(サラリーマン)である武士が、定年まで無事に勤めを果たすための心構えについても多くの紙数を割いているのだ◆たとえば次のような文章は、一般的な「葉隠」のイメージを覆す。「人間は気短かなために、大事なことに失敗してしまうことがある。いつまでも、いつまでもと気長に思っていれば、早く成功することがある。時節が到来するのだ」◆「武士道とは、死ぬことと見付けたり」という激しさとはまさに対極のこうした文章は、いわば平時の哲学だ。戦時には戦時の、平時には平時の哲学を使い分けてみせるところに「葉隠」の面白さがある。現在でも多くの愛読者を持つゆえんだろう◆どんな場面でも応用できる哲学というのは、実はそう多くない。自説にこだわらない柔軟性や、他人に対する寛容性を持って生きることもまた大事である。