命どぅ宝 辻 維周

咬傷事例があるという事で、一度は殺処分の決定が下された犬
咬傷事例があるという事で、一度は殺処分の決定が下された犬

 ある雨の夜、真栄里ダムのあたりを歩いているトイプードルの血が入っていると見られる一頭の犬に遭遇した。見ると赤い首輪が付いており、こちらの姿を見ると体をこすりつけてくる。迷い犬かと思ったが、どうする事も出来ずにそのまま帰宅した。ところが翌日、於茂登付近をぬれ鼠になりながら歩いている前夜の犬を発見し、声をかけると飛んでこちらにやって来て、開け放した車のドアから勝手に自分で乗り込んでしまった。


 保健所に連絡したところ、すぐ連れてきてほしいとのことであったため、そのまま車に乗せて連れて行った。保健所までの約20分、彼は車の助手席に大人しく座り、ほとんど身じろぎもせずお座りをし、もちろん吠える事もなかった。保健所に到着して引き渡しが済んだのち、自分は「もし飼い主が現れない場合は、自分が引き取る」と保健所の職員に明言して帰宅した。


 その翌日、担当者から話を聞いてみると、どうやらその飼い主は放し飼いの常連であったと言うが、その時点では飼い主に引き取りに来るよう連絡をしていたようだ。しかし数日経過しても飼い主は引き取りを拒否しているとのことであったので、ではうちが引き取るからと申し出ると、保健所は「この犬は咬傷事例を引き起こしているので一般譲渡は不可能で、殺処分となる」と通告してきた。保健所側は詳しくは語ってくれなかったが、医者の診断書まで提出してきたので、それなりのものであったと言う。


 結局その犬は、こちらに一言の断りもなく本島の動物愛護管理センターに送られてしまったが、犬の訓練士でもある私の教え子の奔走により、殺処分寸前で難を免れる事が出来、その犬は彼女が飼育する事になった。


 島を取材のために走っていると、当たり前のように放し飼いされた犬や、リードなしで大型犬を散歩させている飼い主、保健所の指導が入らない夜間、土日祝日だけ放されている犬など、無責任な飼い主に飼われている犬が多数見られる。保健所がいくら指導しても飼い主はどこ吹く風だとも言う。そのような飼い主のために、良識ある飼い主までが悪く見られてしまうのはいい迷惑である。終生飼育と飼育管理は飼い主の義務と言う事を忘れてはならない。飼い主はペットを選べるが、ペットは飼い主を選べないのである。


 一度失われてしまった命は、二度と戻ることはない。「命どぅ宝」と言う言葉の意味をもう一度真剣に考えてもらいたいものである。