「伊舍堂中佐に感謝」 行動共にした川瀬大尉 特攻隊員遺族が手紙 あす顕彰碑除幕

 1944年、台湾花蓮港で撮影された誠第17飛行隊の編成記念写真。前列中央(左から5番目)が伊舍堂中佐、その右が川瀬大尉。操縦士だけでなく整備員も含んでいる。
 1944年、台湾花蓮港で撮影された誠第17飛行隊の編成記念写真。前列中央(左から5番目)が伊舍堂中佐、その右が川瀬大尉。操縦士だけでなく整備員も含んでいる。

石垣島出身の特攻隊長、伊舍堂用久中佐(当時24、戦死時大尉)と隊員の顕彰碑が15日に除幕されるのを前に、隊員の1人で中佐と運命を共にした川瀬嘉紀大尉(当時24、戦死時少尉)の弟、充朗さん(71)=東京都府中市在=が、顕彰碑建立期成会(三木巌会長)に手紙を寄せた。川瀬大尉の特攻を「末代までも続く栄誉」と振り返り、中佐の卓越した統率力、指導力に感謝の念を捧げている。


 川瀬大尉は伊舍堂中佐が指揮する特攻隊、誠第17飛行隊の一員だった。
 充朗さんの手紙は7日付。伊舍堂中佐が姉妹から差し入れを受けた慰問品をすべて部下に配ったエピソードを紹介し「そのような隊長と寝食を共に過ごしているうちに兄の心に、この隊長と一緒なら喜んで死んでいけるという熱い感情が湧いたのは当然の成り行きであったに違いありません」と記している。

 

 

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