「古地図」で強引な領有主張 石井准教授が反論 尖閣で中国

【地図説明】(仏)ダンビル製作、1752年、Seconde partie de la carte d'Asie(アジア図第二)ラムゼー・コレクション(2603006番)より(www.davidrumsey.com)・中央やや上に「HAOーYUーSU」とある。尖閣と先島諸島と台湾東岸が黄土色、台湾西岸以西が桃色に近い。同コレクションは他に5749003・4607050・2310070・6830072各番でも中国は先島及び尖閣と異なる色。(石井准教授調べ)
【地図説明】(仏)ダンビル製作、1752年、Seconde partie de la carte d'Asie(アジア図第二)ラムゼー・コレクション(2603006番)より(www.davidrumsey.com)・中央やや上に「HAOーYUーSU」とある。尖閣と先島諸島と台湾東岸が黄土色、台湾西岸以西が桃色に近い。同コレクションは他に5749003・4607050・2310070・6830072各番でも中国は先島及び尖閣と異なる色。(石井准教授調べ)

 中国新華社が発行する「毎日経済」が20日、「釣魚島(尖閣諸島の中国名)が中国に属する証拠」と題し、261年前の古地図を紹介する記事を掲載。インターネットなどで話題になっている。これに対し長崎純心大の石井望准教授が21日、「中国側の主張は完全に誤り」と反論した。

 

 ―ヤフーのトップ見出しは「尖閣は中国領? 261年前の地図」となっていました。これはどのような地図でしょうか。
 「フランス人製作の1752年の古地図とのことですから、地図学者ダンビル(1697―1782)製作の「アジア地図第二部分」(1752年)を指すと思われます。別段新発見ではありません」


 ―中国領だとしている根拠は何ですか。
 「図の中に魚釣島がローマ字で「HAO YU SU」と表記されています。これが福建南部の漢字音だとしています。中国の研究者の間では、清国の福建南部の漁民が尖閣海域で操業した証拠だとするのが一般的な主張です」


 ―その主張は正しいのですか。
 「完全に誤りです。このローマ字は福建音でなく、北方音です。少し前の1719年に清朝から沖縄に派遣された使節徐葆光(じょほうこう)が琉球紀行を出版し、その中で「釣魚嶼」(ちょうぎょしょ)が記録されました。その後フランスの宣教師ゴービルが北京に居留した期間に、徐葆光の釣魚嶼を北方標準音で「TIAO YU SU」と表記しました。その「TIAO」(釣)の筆画が誤って「HAO」となり、ヨーロッパで流布することとなったわけです」


 ―なぜ福建音でなく北方音だと分かるのですか。
 「魚を「YU」と読むのは典型的な北方音です。福建南部ならば「ヒー」と読みます。また「SU」は一見すると福建南部の「スー」という読みと似ていますが、正しくは現在のローマ字で「XU」と表記される北方音です。その証拠に徐葆光の徐(現代表記XU)をゴービルは同じ「SU」で記しています。福建漁民とは無縁の話です」


 ―福建でなく北方の音でも、中国領有の証拠になりませんか。
 ―なりません。例えば現在でも「沖縄」は中国語で「CHONG SHENG」と表記され、「八重山」は中国語で「BA CHONG SHAN」と表記されますが、日本領です。漢字をただ中国語で読んだだけです。
 ―ゴービルが基づいたのが清国の徐葆光の琉球紀行だということは、中国有利ではありませんか。
 ―逆です。徐葆光の書き記した「釣魚嶼」という漢文名は、はるか前の1534年に琉球国王派遣の公務員の案内で明国使節団が尖閣海域を渡航した時の記録が最古です。「釣魚嶼」は琉球国側による命名と推測されます。


 ―1534年の後、1719年の徐葆光は既に中国領と認識していた可能性は有りませんか。
 「有りません。徐葆光の時は、福建の海岸を離れてすぐその夜に、早くも水先案内人を福建人から琉球国公務員に交替させます。清国領海内であるならば、琉球国側が水先案内をすることは常識的に有り得ませんから、清国領外と認識していたと推測できます」


 ―推測では弱くありませんか。
 「根拠はまだ有ります。徐葆光及びダンビル図より後の1787年に成立した「皇朝通典」第60巻によれば、清朝の初めの1644年以来の規定で、朝貢使節の帰国時に国境から送り出すことになっています。そして北京故宮の「中琉歴史関係档案」(中国档案出版社)には、ほとんど毎年のように、琉球の朝貢使節の帰国時に福建沿岸数キロメートルの五虎門まで送ったことを記録します。これにより国境は福建沿岸だったことが証明されます。尖閣は領土外だったと確定しています」


 ―中国側がこの程度の無意味な史料で主張するのはなぜですか。
 「領有を示す史料がないからです。中国ではこのような180度誤った史料による主張が日常的に横行しています」