対空砲火後に火柱 1機突入/猛攻約30分/特攻の状況明らかに 沖縄戦の伊舍堂隊

 1945年、沖縄戦で陸軍特攻のトップを切り、慶良間諸島沖の米艦隊に体当たり攻撃した石垣島出身の伊舍堂用久中佐(当時24)=戦死時大尉、二階級特進=らの特攻の状況が、目撃者や米軍側の資料から明らかになってきた。当時、慶良間諸島の阿嘉島にいた住民は「対空砲火のあと火柱が上がった」と証言。米軍側の資料には、猛攻は約30分続き、1機が米軍艦に突入したと記されている。

 

 阿嘉島で特攻を目撃したのは当時15歳で、少年義勇隊として徴兵されていた垣花武一さん(83)=座間味村。
 当時、垣花さんら18人の少年義勇隊は、日本兵や地元から徴兵された防衛隊とともに山上に陣地を構えていた。

 

 

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