LCCの明と暗 辻 維周

 1990年代にアメリカのサウスウエスト航空と、アイルランドのライアンエアーによって始まったLCC(格安航空会社)は、2012年になってようやく日本の空にも就航を開始した。まず3月1日に関西空港を拠点とした純国産のピーチ・アビエーションが、次いで7月1日には日本航空とオーストラリアのカンタス航空、三菱商事の共同出資によりジェットスター・ジャパンが、さらに8月1日には、マレーシアに拠点を持つエアアジア・ジャパンが、それぞれ成田空港を拠点として就航した。


 日本航空、全日空など既存の航空会社と大きく違うところは、予約は原則ホームページから行わなくてはならないが、基本航空運賃だけでは搭乗する事ができず、支払い手数料(なぜ支払いに手数料が発生するのか、よくわからないが)は必ず上乗せされ、座席を指定する場合や荷物を預ける場合には、さらにその料金が上乗せされてゆく。また搭乗手続きも原則として出発30分前(航空会社によって若干の差はある)で締め切られ、定時運航のために遅刻は許されない。機内での飲食物や毛布なども有料で、エアアジア・ジャパンに至っては自社経営の空港売店で購入したものを除き、原則として飲食物の持込も禁止していた。


 またピーチアビエーションの場合、関西や那覇では経費を抑えるため、普通のターミナルは使わずに、LCCターミナルでのチェックイン、セキュリティーゲートを通った後はランプバスでの搭乗をしなくてはならない。車椅子の乗客も特別扱いはされず、タラップの下で車椅子から降ろされ、係員のサポートを受けながら、階段を昇る必要がある。さらに限られた機材で効率的な運航を行っているため、ターンオーバーと呼ばれる、空港での折り返し時間は平均25分から30分(既存航空会社の場合には最低40分)しかないため、1度遅延が始まると、その連鎖反応で遅延が拡大してしまうこともある。そのため、最悪の場合には空港供用時間に間に合わず、最終便が欠航してしまう事もある。また、自社都合により遅延や欠航が発生した場合でも、他社への振り替えは行われず、宿泊を余儀なくされた場合でも、航空会社は一切負担しない。もちろん遅延、欠航によって乗り継ぎができなかった場合でも、同様である。


 その代わり、運賃は極限まで抑えられ、例えばピーチアビエーションで関西~石垣の最低運賃は5000円代前半(諸費用別)で乗ることが出来る。
 JAL、ANAのフルサービスに慣れてきた日本の顧客は、HPの使いにくさや簡略化されたサービスになじめず、とうとうエアアジア・ジャパンは就航からわずか1年2ヶ月余りで撤退。その後を100パーセントANAの子会社である、バニラエアが引き継ぐことになった。ジェットスターも平均搭乗率は60パーセント台後半であり、JALとカンタスから増資を受けることとなった。


 LCC2社が苦戦しているなか、唯一ピーチアビエーションだけは黒字を保ち、関西~石垣の平均搭乗率は常に80パーセント台をキープし、他の路線も好調である。


 なぜここまで差が出てしまったのかと言うと、ピーチの営業戦略が極めて日本的であり、特に女性客の心をつかむようなプロモーションを次々打ち出しているためである。例えば通常は考えもしない、何の変哲もないエアバスA320という使用機材を前面に出す戦略に出た。エアバスはフランス製であるということを殊更に強調し、折に触れてAIRBUSのロゴを露出させる。その上で「皆様がお乗りになる機材は真新しいフランス製のエアバスです」と訴える。するとピーチという会社名にはなじみが無くても、「フランス製」というブランドイメージは女性客の心をくすぐり、さらに明るい紫色の機体にAIRBUSと強調されたロゴは一層「乗りたい」という気持ちを膨らませる。


 それに追い討ちをかけるように、10月下旬には元AKBの篠田麻里子を公式カンパニーアンバサダー(会社大使)として起用し、制服も本人のデザインを採用し、さらに本人の顔写真を機体にラッピングした「マリコ・ジェット」を就航させた。この企画も代理店を通さず、直接交渉によって余分な経費を抑えたと言うのだから大した物である。ただしLCCとしてのポリシーは変わらない。


 「真新しいフランス製」という全く新しい視点での売込みと、女性客が増えれば男性客も増えると言うサービス業界での常識を航空会社にまで取り込み、LCC=安かろう悪かろうというイメージを打破したことが、現在の好調に結びついていると言うことができよう。


 今後は中国の春秋航空を初めとする諸外国のLCCが、国内線にも参入予定であるが、それが根付くかどうかは安全性や定時性はもちろんの事、日本人向けの営業戦略と提示出発率と就航率の上昇も重要な要素になってくる。
 LCC=安物というイメージを、ピーチのように払拭できるかどうかに日本の航空業界の行方が掛かっている。