尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて② 長崎純心大学 石井 望准教授

 一月十四日の「尖閣諸島開拓の日」はどんな由來があるのか。それについてチャイナ側はどう主張してゐるのか。

 

第二囘 明治十八年、日本人が上陸したと上海の新聞が報道した。清國政府は動いたのか

 

 【チャイナ主張】
 明治十七年に日本人は尖閣に上陸し、日本政府は内密に調査を開始し、侵奪を企圖(きと)した。その舉動(きょどう)が清國の警戒心を呼び醒まし、上海の新聞『申報』で報道された。そのため日本側はすぐに尖閣を盜むことができず、十年間延期してから盜んだのである。
 【史料】
 明治十八年九月六日 上海『申報』記事
 「臺灣東北邊之海島、近有日本人懸日旗於其上、大有占踞之勢。」
 〔臺灣(たいわん)東北邊(へん)の海島に近ごろ日本人有りて日旗を其の上に懸け、大いに占踞(せんきょ)するの勢有り〕

 

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