尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて⑥ 長崎純心大学 石井 望准教授

 明治二十八年一月十四日(今の尖閣諸島開拓の日)に、日本政府が尖閣を領有するよりも數百年前に尖閣海域を渡航した琉球國人は、「三十六姓」と呼ばれる。彼らはなにものだったのか。

第六囘 尖閣の水先案内をした福建三十六姓は琉球に入籍してゐた

 【チャイナ主張】
 福建琉球間の尖閣航路で水先案内をした「三十六姓」は、琉球に住み着いて以後も福建に戸籍財産を持ってゐたから、チャイナ人である。チャイナ人が尖閣を發見(はっけん)したことになる。
 【史料】
 『皇明實録』嘉靖二十六(西暦千五百四十七)年十二月
 「蔡璟既永樂中從夷、何得於中國置産立籍。」
 〔蔡璟、既に永樂中に夷に從へば、何ぞ中國に於いて置産立籍するを得るか〕
 〔釋辭〕
 蔡璟(さいえい):三十六姓の祖先の一人とされる。
 永樂(えいらく):明國初期の年號。西暦千四百三年から千四百二十四年まで。
 夷(い):異邦人。ここでは琉球國人を指す。
 中國:世界の中心の國。ここでは明國を指す。
 産:不動産。

 

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